第5話 メディアミックス!


「作家になる目標、金の力で見事実現なさいましたな。お嬢様」


 じいやの言葉に潔子は頭をかしげる。


「実現?」

「得名井様はスランプを脱し創作に励み、出版社との関係も上々。プロデビューはもはや叶ったも同然という話です」


 潔子は紅茶のカップを置いた。


「じいや、わたくしが作家になるからにはただの作家では終わりませんわ」

「それは、つまり……」


 決めポーズを取る。


「ドレッドノート級の作家、ド作家となって歴史に名を残しますわ。金の力でね」


 潔子は妖しく笑う。






 潔子が連れて来たのはそばかすの目立つ猫背の長身の女性。

 新進気鋭イラストレーターとしてデビューしながら3年前にその姿をくらませていた、かけいナナだった。


「ということで、イラスト作家を買い取りましたわ」

「天使様……ナナは一生ついていきます」

「天使ではなく潔子ですわ!」


 得名井は畳の上を転がる。


「ま、また人格権を買ったのか!?」

「悪くって?」

「非人道的だからやめろよ! また玄黄さんに怒られる!」

「怒られるのが怖くて作家なんかやってられませんわ!」


 潔子は天を指す。


「作家って、小説家だけじゃなかったんだな」


 得名井の言葉に潔子は頷く。


「わたくし、金の力でスーパーマルチクリエイターになりますのよーッ! オーホッホッホッホ!」





「帰んな、お嬢ちゃん」


 映像作家・鳥琉為嗣とりゅう いしは眉根を寄せて言った。

 

「いくら金に困ってるからって人格権を売るやつがこの世のどこに居る」

「ここに二人いますわ!」


 連れてきた得名井とナナを指して潔子は叫ぶ。


「相当な馬鹿だな。あんたらも何があったか知らないが家へ帰んな」


 ナナが潔子の袖を掴んで歯ぎしりをしている。

 廃工場を改造した鳥琉のアジトにその音が響いている。


「ナナは知っております。この男、女の敵です」


 その言葉に得名井の古い記憶が呼び覚まされた。幼い頃、テレビを席巻していた一大スキャンダル。


「『マナマナ事件』の鳥琉為嗣か!」


 鳥琉の表情がこわばる。


「有名アイドルとの不倫。名声は地に落ちマナマナの熱狂的なファンからロックオンされた。いくら名前を変えても特定され執拗に攻撃されるまでに。それでもあなたは撮るのをやめられずボロ雑巾で作ったサメを動画サイトに上げて再生数のおこぼれをもらう毎日……」


 潔子は滔々と語る。そして決めポーズを取った。


「そんなあなたの想像力を、救って差し上げると申していますの。金の力で」


 鳥琉の視線が泳いでいる。


「あ、あれは違うつってんだろ! 俺は本当に嵌められて……」

「わたくし裁判官ではなくてよ!」


 潔子の声はアジトに響いた。


「真実なんてどうでもよろしい。わたくしが聴きたいのはあなたの魂がまだ燃えているか、それだけですわ」


 潔子の瞳は燃えていた。

 鳥琉は茫然と、その瞳を見つめ返す。


「……わかったよ」


 右手を差し出した。

 その鳥琉の手を潔子は握る。


「悪魔にでもなんでも売り渡してやる」

「悪魔ではなく潔子ですわ」


 こうして、金出甲斐潔子作品メディアミックス計画がはじまった。





 ナナが腕を上げた。


「ちょっとよろしいですか。ナナは人の名前を覚えるのが苦手でして……」

「お、おう」


 急な申し出に、潔子以外がひるむ。


「よろしくお願いします。ナマケモノさんに、ペリカンさん」


 ナマケモノの得名井とペリカンの鳥琉は微妙な顔をした。



  つづく

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