第3章 2週目初配信、大荒れってアリですか?②

 と、いうことで、だ。あれから俺は様々なことを試行した。


 第2回配信、『現バトマス環境を調べてみた』———多数の荒らし行為にあい敗北。

 第3回配信、『デジタル版バトマスに触ってみた』———質問攻めにあい配信どころではなくなり、終いにはデジタル版バトマス内でエモートで煽られる。

 第4回配信、『キャプボ導入!なんか面白いゲームない?』———今は俺が喋る方が大事だと、ちなみにコメント欄にあまりにも「死」の文字が蔓延ったため、AI判定により一時的に生放送がBANされた。

 ……と、まあこんな感じで。俺の生放送は現在、まともにその放送を行うことができなくなっていた。


「これはどうしたものか……」


 俺が死んだのは事実で、でも、普通転生なんて言われても、「頭が狂ったか?」「嘘松」がいいところだろう。でも、正直転生を明かす以外にぶっちゃけいい方法が思い浮かばない。


「あー……」


 呻きながら、生放送権限を一時的に剥奪されてやることのなくなった秋城のアカウントから生放送のアーカイブをチェックする。


「本当に悪意しかねえ……」


 げんなりとしながらコメントを流し見する……そして、その中で気づく。


「ふん?」


 同一ユーザーが何回もコメントをするのはよく見る光景だが……同一ユーザーが1万円の高額スパチャ……スーパーチャット、所謂投げ銭を投げているのを発見する。


楪羽ユズリハ:どういうこと?生きてるの? 10000円』


 普通にコメントに投げればいいものを。余程俺からのレスポンスが欲しかったのか。そんなことを書いている。そうして、そんな楪羽さんのコメント……もといスパチャを追っていく。ある時は俺への説明を求めるコメントの流れの時。


『楪羽:大勢に詰問されても答えられないわよ 10000円』


 ある時は俺への殺害予告 (といっても「また地獄に落としてやるよぉ‼」的なノリのやつ)が流れた時。


『楪羽:開示請求されても文句は言えないわね。 10000円』


 そんなスパチャの数々。コメントのノリ的には俺と視聴者の中立……言ってしまえば、視聴者を萎えさせる可能性もあるコメントなのだが。俺に対する説明を求めるスパチャも送って来ていて……。


「ンー……敵でもないけど味方でもないわけねぇ。でも、それはそれとしてスパチャはご馳走様です」


 両手を合わせて一瞬瞳を閉じる。瞼を開ければ、パソコンをシャットダウンして、俺は椅子から立ち上がり、背伸びをしてからベッドに飛び込んだ。ベッドに寝転がりながら、端末を手に取る。端末のゆったーの通知アイコンが99+表記になっている……別に俺の本アカウントに何かが起こっているわけではない。秋城のアカウントにログインし、更新することを生放送で報告したら毎日とんでもない量のDMが届くようになっただけだ。まあ、それも8割は悪意に塗れた罵詈雑言で。あとの1割は俺を嗅ぎまわりたいUTube動画作成者やらからの取材依頼だった。全部パスパス。ちなみにあとの残りの1割は純粋な応援のメッセージだった。9割のメッセージが悪意と言えども、そんな純粋なメッセージが届くのだ、ついついチェックしてしまうのが人の性というものだろう。


「は……?」


 俺は勢いよくベッドから跳ね起きた。


「いやいやいや……」


 天井を見つめ、目を擦り、見間違いだろう、ともう一回端末の画面を見つめる。


「ほぉ……?」


 どうやら見間違いではなかったようだ。俺の端末のゆったーの秋城のDM一覧に表示される———鈴堂リンドウうぃんの文字。まず一番最初に———確認をしよう。


「アイコンから……ホーム画面に飛んで……」


 いくらアイコンがうぃんたその公式と同じと言っても、偽物の可能性は十分にある。こんなものに釣られた暁にはきっと———。


『秋城、偽物の鈴堂うぃんに釣られる』

『m9』

『ざまあwwwwwww』


 ———みたいなことになりかねない。故に細心の注意を払う。アイコンよし、ヘッダーよし、IDよし、フォロー一覧よし……。


「ん?待て待て待て」


 アイコンよし、ヘッダーよし、IDよし、フォロー一覧よし……。


「公式マーク……よし……?」


 名前の横にちょこんとついた水色の缶バッジのようなチェックマーク……これはアカウントが本物であることの証拠だ。


「え、本物?は、マジ???」


 語彙力が消える。元々存在していないカスのような語彙力だが……流石に消える。俺は文字通り言葉を失った。


「…………はっ」


 数十秒俺の意識は俺の部屋の天井の辺りを飛び回り、俺の体に帰還する。


「待て、待て待て待て。……何の用?」


 俺は推しているVTuberから接触された喜びよりも先に恐怖した。


「いや、本当になんの用?しかも、絶賛半……半炎上……いや、はい、絶賛炎上中のVTuberにマジで何の用……?」


 炎上している事実を受け止めたくなくて、言葉を濁すが、此処は誰が聞いているわけでもない。諦めて事実を認めて震えながら端末の画面を見つめる。


「アレかな、Vの癖に毎回毎回逃げてんじゃねーぞとか……なにアタシを差し置いて話題になってんだ……とか……?」


 誓って言おう。うぃんたそはそんなこと言わない、少なくとも放送を見ている感じはそんなこと言わない。でも、今の俺に話しかけてくる理由がない……。ただの……一回バズっただけの個人勢無名……かは怪しいが個人勢のVTuberに今を時めく勝利を運ぶ、鈴の音鳴らすVTuber鈴堂うぃんが接触してくる理由なんて恐ろしく、〝ない〟のだ。そろ、と端末を触らないように覗き込む。実はDMの一覧からでもメッセージの冒頭1行ぐらいは読めたりする。


「ま、ままままま……まあ……?」


 声が喉が震えて、音が口の中に反響する。


「い、一行読めれば?喧嘩メッセか応援メッセかぐらいは分かるっしょ……?」


 そうガタガタ震えながらうぃんたそからのDMに注目する、その注目の一行目は———。


『初めまして』


「わっかるわけねええええええええ‼」


 そこで改行されていました。部屋中に響き渡る俺の声、俺はベッドの上でブリッジをし、ベッドマットに頭を擦りつける。……そこから数秒。ぱたん、と俺はベッドに崩れ落ちる。


「ま、まあ?……うぃんたそがいくらゆるふわキャラと言えど、初めてDMを送る相手にいきなり本題に入る訳ではない……ちゃんと挨拶のできる子だった、その情報だけで今の俺はお腹いっぱいです……」


 嘘だ。むっちゃくちゃ怖い。でも、お腹いっぱいなのは事実だ。推しからDMが届いた、それでいいじゃないか、それだけでいいじゃないか。中身は閉ざして、想像すればいい。これはいわばシュレディンガーのDM。開かなければこれはもしかしたら告白のDMかもしれない、そう、閉ざしておけばいいのだ。


「でも、告白のDMなら即OKしたいわ」


 そらそう。それが男の性。好きな人からのワンチャン匂わせにはふらふらとついていきたくなる。それが男の性なのである。うんうん、と頷きながら端末と対峙する。


「……でも、うぃんたそから罵詈雑言が飛んできてたら、心折れるなあ」


 うぃんたそは言ってしまえばゆるふわキャラだ……だけどそれで終わらないのが鈴堂うぃん。うぃんたそはゆるふわとしながら———同時に毒舌も吐く、そんな3ターンキルデッキに受け札まで十全に備えたデッキのような存在なのである。例えが分かりにくい?属性過多で美味すぎってことだよ。例えばである。これはこの間のコラボ配信での出来事なのだが———。


 その日は年末の忘年会・飲酒コラボ配信だった。周りが酒を飲みに飲みまくり、ついに誰もまともな進行ができなくなった頃———うぃんたそに絡む同期の春風はるかぜイル。春風イルは酩酊しながら全然酔った様子のないうぃんたそに酒を注ぎ、飲め飲め~と酒の被害者を増やそうとしているのだった。そんなイルちゃんにうぃんたその一言。


「肝臓が喋ってて、うぃんたそ怖いよお」


 いつものふわふわウィスパーボイスではなく、若干低い……京ことばもびっくりな遠回しの「黙れ」の言葉。そうして、この回以外にも何回かうぃんたその毒舌は飛び出した。これに関しては切り抜き集が作られるぐらいに人気である。


 ———まあ、話を元に戻そう。そんなうぃんたその毒舌、放送越しになら面白いと聞いていられるが、俺に向かって投げられたらきっと俺の心は折れてしまう。故に、今俺に与えられた選択肢は3つ。


1、 おとなしくDMを開く。

2、 DMを削除してみなかったことにする。

3、 削除セカンド、秋城のアカウントごと!


「いやあ、2はねーな。うぃんたそからせっかくもらったDM、削除はねーや……」


 推しのVからDMを貰うなんて人生どう徳を積めば貰えるんですかね?俺もこんな状況じゃなかったら飛んで跳ねて喜ぶんですが。じゃあ、1かというと、それもそれで怖くて。じゃあ、3……ゆったーのアカウントを削除するのもなんかすべての方面から逃げた扱いされそうで、これからの放送が怖くてですね。


「……でも、秋城のイメージを考えるなら1だよなあ」


 24時間以内に、速やかに既読をつけ、メッセージに対して真摯に対応する。これが一番である。一般視聴者からのDMは多すぎるのでスルーさせていただくとして、あと見るからに俺の正体を嗅ぎまわりそうなUTube動画作成者もスルーさせていただく。……でも、せめて、同業……といっても規模が違いすぎるが。同業と括らせてもらう!同業のDMぐらいは返さないと誠実じゃないよな。


「……ふぅ……」


短く息を吐き出す。どんな内容であれ、それが悪意を持った罵詈雑言ならスルーでいいかもしれないが、もしこれが違った場合、それにはきちんと答えなきゃいけない。


「じゃないと、秋城のイメージが落ち、る……」


 そこまで言って言い淀む。いや、違う。秋城のイメージがどうこうじゃない、結局は俺が居心地悪くなってしまうのだ。ここで、このDMをスルーしたらその事実は棘となって、まるで喉にずっと居座る魚の小骨の様に俺の心に突き刺さり残り続けるだろう。そんなのは嫌だ。嫌だ、から、真っ直ぐ向き合うのだ。


「ま、推しには好かれたいしな」


 そんな軽口で自分を鼓舞して胸を右手でグーを作って、2,3度叩く。そうして、俺はうぃんたそからのDMをタップした。

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