9章 お菓子の家(前編)

 カフェ営業はアーバンと鵜久森、綺羅々に任せ、ましろと来夢、紬は林檎の引っ越し作業を手伝った。

 『一夜にして2人も仲間が増えて賑やかになったね』

 何も手伝うことが出来ない小動物はダンボール箱に乗って欠伸をしている。

 2~3時間ほどかけて荷物の移動が完了した。

 「ところで、夕飯の支度は誰がなさってますの?」

 望月来夢が御伽おとぎ街に配属になったことは事前にアーバンと紬が本部から連絡を受けていた為、昨日の夕食は来夢の分まで用意されていた。しかし、普段はーー

 「日替わりというか、まかないというか……。たまーにコンビニのお弁当とか、スーパーのお弁当とか、最近はおにぎり屋さんとか……」

 「は?」

 学校の許可を得て、鵜久森も夜のバー用の料理の仕込みや、少し接客もしている。綺羅々は料理はせずに殆どの日はゲームに熱中(たまに夕方や休日のカフェの接客はしている)。ましろは料理はお菓子作りが少々出来る程度だ。

 つまり、まともな料理を作れるアーバンと鵜久森は店の仕込みで精一杯の日が多い。

 「それはーーたまにじゃなくて、ほぼ毎日ではなくて?」

 「はい。そうです……」

 中学生時代からましろはコンビニ弁当で済ます日が多かったことを来夢は知っている。ましろの健康面を心配して、何度も自分の屋敷に招いて使用人たちが作った料理をご馳走していたことを思い出した。

 「料理ならーー私、少し作れます。ホテルのお手伝いとかやってましたので」

 「ほんと!?助かるなぁ」

 「なっ!?イギリス料理なら私だって少し作れますわよ!」

 小さく手を上げた林檎に、来夢がすかさず割り込んで料理が出来ることを主張する。

「ましろさんは甘いものが好きなんですか?」

 昨日は話をしていた最中にましろが口にしていたのはフロートやワッフルなど甘いものばかりだった。先程もスイーツなら少し作れると言っていたので、林檎は何気なく質問してみる。すると、少し以外な反応が返って来た。

 「今は甘いものは好きだけど、好きじゃないというか、好きなことに『なっている』というか……」

 「ましろさんの異常なくらい甘いものが好きな体質には、わたくしたちが昔遭遇した物語ソネットが関係していますの」

 「物語ソネットが……?」

 先日物語ソネットや組織について説明されたばかりの林檎には、口にしてもまだ馴染みのない言葉だった。

 「その話については、長話になるので私の部屋で話しましょう。ーー良いですね、ましろさん?」

 「は、はい……」

 まるで昔の頃に戻ったようなやり取り。ましろは来夢のこういった強引なところ昔から苦手だった。表に出すことはあまりなくなったが、今でも内心それは変わらない。



◇◇◇



 これは、ましろと来夢が物語ソネットに初めて関わった事件であり、お互いが初めて知り合ったきっかけでもある。


 気付いたらそこに居た。


 小学校からの帰り道。ランドセルを背負って、ひとりで下校していたましろは知らないうちに物語ソネットが顕現展開している空間に迷い込んでいた。


 いつもの並木道にしては整備がされてないし、いつもより薄暗いなとは思っていたけど。あと、いつもより家が遠くなったとはぼんやり思っていた。


 「こら!どこをほっつき歩いてるんだい!」

 「!?」


 知り合いではない。女性がましろの服の襟首を引っ張った。女性の服装は本の中の外国のおとぎばなしの絵に出てきていたような、古い時代の服装。エプロンらしき白い布はところどころほつれている。

 女性は驚いているましろの腕を引いて、森の中を進んで行く。暫くすると、木で出来た古い山小屋が見えてきた。

 腕を引かれながら、ましろはぼんやり考えていた。

 (これ、仲が良いーーとまではいかないけど、クラスメイトが話していた、漫画だったかな……異世界転生ってやつかも?それにしてはボク、死んだ覚えとかないんだけど、どういうことだろう……?)

 「ヘンゼルったら、また森の中をほっつき歩いてたから、連れて帰ってきたわ」

 ヘンゼル?ヘンゼルとグレーテルのおとぎばなしなら、図書室に本があった。

 ましろは本を読むことが好きではない為、内容は詳しく知らないが、本のタイトルだけを覚えるのは得意である。どちらかと言えば、おとぎばなしは女の子がよく読むジャンルの本だ。

 「……ああ、また帰ってきてしまったか。ーーグレーテル、ヘンゼルが帰ってきたぞ」

 グレーテル、と呼ばれた女の子は暖炉の側で何かの本を広げて読んでいた。髪は金色で青い目、ましろの母親が学費が高いと言っていた小学校の制服を着ている。黙っていればまるで外国のお人形のような子だった。

 「おかえりなさい、お兄さま」

 女の子はましろのほうに歩み寄ってくるなり、手を掴んで2階へと上がって行く。

 「ちょ、ちょっと……!ぼくはひとりっ子で妹なんていないよ!」

 「そういうもんだいではなくってよ!」

 場違いなことを言い出したましろを、女の子はピシャリと叱る。

 「だってここは異世界ってやつで……そうか、ぼくはいつの間にか死んだから、転生して妹がいることになったんだね」

 「ちーがーいーまーすーわー」

 「いひゃい」

 初めて出会ったばかりの女の子は、ましろの頬をつねって目を覚まさせ、夢ではないことを教えた。

 「異世界とか転生とか、たぶんちがいますわ。かくじつにいえるのは、ここが童話の本の中の世界ってことですの」

 女の子はましろに先程まで読んでいた本のタイトルを見せる。『ヘンゼルとグレーテル』。

 2人は正に今、ヘンゼルとグレーテルになって本の中に居る。本の中に居るからヘンゼルとグレーテルになっている、と言ったほうが正しいのかもしれないが。

 「じゃあ……キミはグレーテルじゃない……?」

 「ええ。望月らいむという名前がありますの。ヘンゼルではないあなたは?」

 「ぼく?ぼくは月影ましろだよ」

 「ましろさん、おとぎばなしのヘンゼルとグレーテルを読んだことはありますの?」

 「え。ううん、タイトルだけしか知らないなぁ……」

 女の子ーーらいむはヘンゼルとグレーテルの本をぎゅっと抱きしめた。

 「このままだと私たち、本当に死んでしまうかもしれませんわ」

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