第5神話   曲者三獣士①

 暫く歩き俺はドアの前に立った。


 近づくと先程遠くから見たものとは異質なオーラを解き放っており、この期に及んで怖気付いてしまった。


 確認のためそのドアに耳を当てたが、特にそれといった音は聞こえ無かった。またそれがより一層不気味さを醸し出している。

 それでもこのドアからの誘惑には勝てず、俺は意を決してドアをノックした。




 コン、コン




 静かな廊下にノックの音が響いて、反響した音が俺の耳の中に入り込んで来た。


 するとすぐに




「どうぞー」




 という若い女性の声が聞こえた。俺は身震いをし、固唾を呑んだ。好奇心という魔の欲に勝てず、俺はドアノブに手を掛けた。


 そして勢い良くドアを開けた。




「あらら、いらっしゃい。」




 そこに居たのは、少し子供じみた顔をした、低身長の赤髪ロングの女性が一人で目の前に立っていた。ネイビー色の半袖のワンピースを着ていて、胸元には大きめのサイズの金箔入の黒リボンを付けているが何故か斜め60度位の絶妙な角度でつけている。最新のレディースファッションはこういうのが流行りなのか。




「……あなたはファッションとか興味あるのね。何か意外。」




 女性は悪気の曇りすら無い顔で俺の服を見ていた。

 またポロシャツいじりかよ。というかこの服は学校の制服で別に着たくて着ているわけではない。




「別に着「あー学校っていう所の制服なのね。それにしてはダサい気も……」




 …‥薄々気づいていたがやはりこの人も…。




「やっぱりあなたも「あー、心読んじゃってすまないね。これは聞いて欲しくないことだった?あなたの世界で言う………プライバシーの侵害っていうところよね。合ってる?」




「あ、いや、えっと、え、あ、はい。」




 いや重要n…




「そうなのねー。けど、確かあなたの世界だったらけいほう?ってやつでちゃんと罰せられる規定はないんでしょ?やっぱりそういう所こそ定めてないと、あなたの世界の色んな奴がそこを掻い潜って悪用する奴がいっぱいいると思うから、そういうとこから決めていかないと駄目だと思うのよね。」




 ドヤ顔で急に法について語り始めた。どうしてポロシャツの話からここまで変わるのか。




「いや、あの…「あなたも凄い世界に住んでいたわねぇ。私もそういうのは自分から行動を起こしていかないとね。良い教訓になるわ。」


 はい、仰る通りでございます。素晴らしい綺麗言でございます。

 俺の発言を聞こうとする間も無く自分の発言を貫く、周りに流されずに自分の意志を曲げない人としての鑑ってことは分かります。


「……あ。」


  すると女性は俺の心を読んだのか、目を少し大きく見開いた。そして段々と頬を赤らめて、その頬からちょっとした熱気を感じた。



「ご、ごめんなさい!私、自分のゾーンに入っちゃったら止まらなくなっちゃって。本当にごめんなさい!ごめんなさい!」


 赤髪の女性はしっかりと謝罪をし、ひたすらに平謝りを続けた。


 いや、まぁなんというか。うーん……


 平謝りはあんまり良い印象を受けるところを見たことはないが、今回は自分の短所を理解しながらも自分の悪かった所を反省している訳だし全然不快な気分にはならなかった。

 だが、逆に先程のうざったらしく絡んできた時のギャップが激しくて複雑な気分だ。




「………」




 ピタリと謝罪を止めて、暗い表情で顔を下に向けている。




「―――?どうしたんですか?」




「いや、あの…そんなにもウザかった……?」




 そして俺は心が読めることをこの一瞬の間で何故か忘れていた。それを理解した瞬間に俺は罪悪感で満たされ、すぐに謝るべきだという考えが脳内を独占した。




「あぁいや、すみません!つ、つい口走りました!」




 赤髪の女性はそれでも下を向いている。これはかなりのダメージを受けたようだ。




「そ、そんなに気にすること無いですよ?勿論急に法とかの訳の分からない話になったのは吃驚しましたがちゃんとは謝ってくれたし、別に悪意がある訳では無いのでしょう?僕もそんなに気にはしていないですよ。」




「そ…そう。」




「そ、そうですって―……。」




「・・・・・・」




「・・・・・・」




 ((き、気まずい!))




 出会って早々にお互いに声を掛けて、こんな空気になることは誰が予想しただろうか。


 何か…何かこの空気感を一変するスパイスが欲しいのだが生憎そのようなスパイス《人材》は持ち合わせていない。


 何ならあの神でも良いから誰かこの苦味をかき消してくれる材料が欲しい。

 

(誰かこの部屋のもう一人ぐらいは来てくれないかな……)


 そう心中で唱えたが上手く行く筈は無く、暫く経っても誰も来なかった。

 余計に気まずい時間が流れる。


(あぁぁあぁ、なんで俺はあんなことを思ったんだ……扉閉めて見なかったことにしようかな。)


(どうしよう!どうしよう!相手も偉く落ち込んじゃってる!私の所為で…。どうやってこの場の空気を変えよう……。何か…何でも良いからこの空気を変える希望の一手は……!)




 憐れなことに自己嫌悪に陥り、ついには神頼みである。

 両者共々は初対面同士の時に大切な好印象を与えるということが何もかも上手く行かず、寧ろここまで悪印象になることは奇跡としか言いようが無い。

 だがこの奇跡はお互いに人間関係の構築が苦手な二人にとっては何ら可能性のあることだった。

 つまり短的にまとめると、人間関係が苦手である似たもの同士が混ざり合わせて出来た空気ゲテモノ料理という訳である。




(どうしよう……あ!そうだ!)




「ネ、ネヴァー!ちょっとこっち来てー!」




 赤髪の女性は急に何かの名前を叫び、その声が部屋に響き渡った。


(……?)


だが部屋からは音の存在なんて忘れてしまうほど静かであり、近づいてくる足音すらも聞こえない。本当に来るのかどうかすら心配な程である。




(誰も来な……)




「どうしたんだ?ラヴァ…「うぎゃああ!?」






 流石に後ろから登場するのは予測出来ない。虚を突かれてしまい、耳を劈く程の悲鳴を上げてしまった。俺の悲鳴に伴って二人の女性も叫んではいないがびっくりしている。


 まさかこんな場所でデジャブが見れるとは思いもしなかった。今日はどうやら奇跡が立て続けに起きている。それもあまり良い意味では無い方での奇跡だ。

 相も変わらず悪運持ちなのは死んでからも同じなのか…




「な、なんだ…?そんなにビビるところか?」




 俺と赤髪の女性に目を向けながら指を向けて抗議をしたが、此方からも言わせてほしい。



「いやいやいやいや!俺からも言わせてもらいますが急に何も無い空間から真後ろに現れるのは、紛れもないホラー展開じゃないですか!そりゃあ誰だってビックリしますよ!」



 俺は勢い良く振り向き負けじと反論をした。


「……!!」


だが、女性の方に振り向いた瞬間に反論することを止めた。

 いや呆気に取られて、声すらも出なくなったと言った方が正しいか。

 そこには今まで生きてきた中でも見たことのない位の美人がいた。体型はスレンダーでありながら、顔の目や口などのパーツも整っている。


 黒ビスチェ一枚に黒ニット帽、黒と白が入ったショートパンツという全身で黒を覆っている独特な服装だが、完璧に似合っている。


「……?顔が火照っているぞ?」


「あぁ、いやいやそんな大丈夫ですよ!……そんな心配しないでも……大…丈夫です。」


 しどろもどろになりながら、その女性に向けて顔を向けることが直視することが出来なかった。それでも勇気を振り絞って顔を上に上げた。


(………へ?)


そこにあったのはやけににこにことした表情だった。

勿論美しいことに変わりは無いのだが、俺に向けてくる笑みに疑問を抱いた。


 

「……その反応からするにお前もやっぱり私って美人だと思うよな?」




「……………はい?」




「あ、終わった。」




 赤髪の女性が何か呟いた気がしたが、気の所為だろうか。


 照れていた、顔から一瞬で変わるのが自分でも分かった。一体全体何を言っているか理解出来なかったが、何とか理解しようとするために言葉の単語同士の文節を脳内で区切り、漸く理解出来た。単語の意味だけは。




「だ・か・ら、『美人』って思っただろ。」




「いや、あの…」




「思ったよな?」




「えーと…」




「お・も・った・よ・なぁ?」




「はい!思いました!」




 すごく高圧的に問いかけてきた。というかここまで来ると強制的に言わせているのと何ら変わりは無い。先程の美しさからは想像出来ない程の狂気を感じた。本当にホラーである。




「やっぱりそうだよな〜。私って綺麗なのかー!いやー嬉しいよー。えっへうへへへえぇ。」




「は、はぁ……。」




 中々自己顕示欲の凄い人だ。綺麗な容姿とは裏腹に性格は曲者である。

 綺麗な花には毒があるというが、この人の為に作られたと言っても過言ではない。




「ご、ごめんね。この人、こうやって自己肯定感とか自己満を満たしていくのがもう快感になってて…どうか了承してくれないかな?性根は良い人なの!」




 赤髪の女性さえも気遣ってしまうほどの性格のようだ。まずい、この空気を変えるための調味料を願った結果、ついには毒入り料理にまで変化してしまった。全くの逆効果である。




「いやー私の良さを分かってくれる君にはここに入る権利を与えよう!ささ、入って入って。」




 黒髪の女性に言われるがままに促され、俺は部屋に入ることにした。これは好都合だ。先程の不味い空気よりかは移動した新しい空気の場所に移動した方が手っ取り早い。




「お邪魔しま~す。」




 やはり死んでからも無意識に口に出していってしまう。癖というものは凄い矯正力を持っているのを実感する。


 部屋の中は広く、木製の円卓やシルク製の絨毯や革製のソファなどの日用品が置かれており、暖炉まである。奥には台所と冷蔵庫も見えるし、共同生活スペースには困らない日用品が揃っている。


 このような豪邸には一度も入ったことがないので、自分みたいなださポロシャツがいるのは少し気が引けてしまう。そうして円卓の椅子の前まで案内され、座った。その隣に赤髪の女性が座った。


「折角の客人様だ。コーヒーを淹れよう。アイスかホットどっちが良い?」


「有り難く頂戴します。じゃあホットで。」


「じゃあ、私アイスコーヒーで。」


「よし、じゃあ作るぞ……ってラヴァナ、さり気なく流れに便乗するんじゃない。まぁ、作っておくか……」


「ありがとー」


 そう言い残し台所へ向かい、すぐにポットにお湯を入れてコーヒー粉をペーパーフィルターにいれて用意している。赤髪の女性が言っていたように性根はしっかりと出来ていて、礼儀も正しいことは理解した。




「なんであんな性格しといて、こういう所だけは真面目なのかね〜。本当にそんなんだから毒女(独身女性)n…」




 赤髪の女性が不貞腐れながら苦言を最後まで言い切る前に、何かが途轍もない速さで俺の前を横切り赤髪の女性の口を塞いだ。




「……??どの口が言ってるんだ?お前は彼氏すら出来たこと無いだろ。私は何度もあるからな?な?」




 俺に問い詰めた時よりも威圧し、彼氏が出来たことを強調して言った。あの反応からするに、黒髪女性のコンプレックスであることは明白だ。




「いや、けど何年も生きてきて結局は別れt…」




「あ?」




「んー!んー!ンーー!」


 


 赤髪の女性が最後まで言い切る前に口を手で抑えつけ、もう片方の手で首根っこを掴んでいる。

 あ、赤髪の女性の顔が段々と青ざめてきた。流石にこれ以上行ったらまずい気がする。


 もうそろそろ離さないと……




「アッ・・・ガッ・・・・・・カッ・・・ガ」




「…………」




 それでも黒髪の女性は首根っこを掴んでいる。




(え?離さないの?明らかに仲間な感じがしたけど…そんな簡単に殺す物なのだったか?仲間って……)




 というかこんなこと考えている場合じゃなくてそろそろ本当にやばい。多分本気で殺すつもりだ。黒髪の女性から殺意の目というものがこちらにまで、伝わって来る。




「そ、そろそろやめ・・・「何やっとんじゃああぁぁ!」




「―――!あ、や、やば!?」




また何処からか声が聞こえた。今度は高めの男性の声が聞こえる。

 どうやら玄関のドアの方からこちらに向かって来るようだ。


 中々耳が聞き覚えのないトーンだったので耳が強く記憶し、今度こそマシな人格者であることを心の中で祈願した。

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