第5話 盗賊団のボス

「お、お頭!?」

「に、に、逃げましょう。お頭! 騎士相手は無理ですぜ!!」


 後から現れたのは赤い髪をした大柄の男だった。

 野盗の言葉から察するに、やつが盗賊団のボスらしい。


 前世の記憶だと盗賊団のボスと戦う展開はなかった。

 俺が主人公を罠にかけたことでシナリオが変わったことで、ヒロインであるレティアに関わる部分も影響を受けたということだろうか。だとすれば、厄介な方に転んだものだ。

 他の野盗は少々いかつい武器を持った男程度の印象だが、このボスは違う。戦える者の雰囲気を醸し出している。

 ヴァンドレが負けることはないだろうが、俺だとどうだ?

 少し危険かもしれない。


「てめぇら黙れと言ったのが聞こえなかったか?」


 盗賊団のボスは低く冷たい声で部下を咎めた。

 それだけで野盗たちは動きを止める。


「ひいっ」

「すみません。お頭でも!」


 これは指揮官を得て落ち着きを取り戻したといった類のことではない。圧倒的個による恐怖により動けなくなったのである。

 口では反対意見を言う者もいるが、そいつも一人で逃げ出そうとはしない。


「ひとまず死ね」


 ――――まずい。


 俺の眼前に槍のような形状の石が飛来した。

 不意を突かれたせいで避けるのが間に合わない。


「若様!!!」


 死を覚悟したそのとき。巨大な何かが俺と石槍の間に割って入った。


「うぐ――――」


 ヴァンドレだ。


「なっ、お前! 腕から血が!! ヴァンドレ!!!」

「わ、若様。心配しないでください。この程度で俺は死にませんから」


 何もなかったかのようにヴァンドレは笑って見せた。


「リヒト様、ヴァンドレ殿の手当は私がします」


 今日ともにきていた騎士のうちの一人がヴァンドレの応急処置をすると申し出た。

 了承した俺はその騎士とヴァンドレを後ろに下がらせる。


「お待ちを若様。あれは少々腕が立つようです。だから――――」

「俺に戦うなと言うつもりか?」

「いえ、戦うつもりできたのは知っていますから止めません。なので助言を。奴の槍は恐らく魔術で作られたものだと思います。相手が武器を持っていなくても絶対に油断しないでください」

「分かった」


 まさか先程の攻撃が魔術によるものだとは思わなかった。というか、高々野盗ごときが魔術を使えると想定していなかった。

 なぜなら魔術は十五になった貴族が通い始める貴族院で教わるものだからだ。稀に独学で魔術を使えるようになる平民もいると聞いたことがあったが、まさかこんなところで例外と遭遇すると流石に予想できない。


 だが、魔術による攻撃があると分かっていればどうにかなる――のか?

 分からん。

 魔術が貴族院に入ってからしか教われない理由は危険だからだ。つまりは敵に使われると厄介ということ。それを簡単に攻略できるなんて胸張って言えるほど俺はまだ強くないから。


「まっ、武器の多さなら俺も負けないけどな」 


 ひとまず様子見だ。

 手数で押す。


「ナイフか。そのいけ好かないキラキラしたコートと言い、小賢しい武器と言い……お前だけ騎士じゃねーな。ふんっ、なるほど。身の程知らずのボンボンがヒーローみたく女を助けにきたか」


 盗賊団のボスが右手を前に構えた。


「家から出てきたことを後悔しろ。ストーンバレット」


 十を超える石の弾丸が放たれた。

 速いが目視はできている。これなら――――。


「なっ!? 全て撃ち落としただと」


 俺が外出する際に着ているコート。そのうち側に仕込んでいるナイフの総数は五十二本。そのうちの十本を敵の魔法に投げつけて相殺させた。


「ただのガキじゃないってことか。なら、これでどうだ。ストーンスピア」


 今度はヴァンドレの腕を貫いた石の槍が飛来する。

 速度は先程と同程度。しかし、ナイフで撃ち落とすには少々相手が大き過ぎる。


 俺の迎撃手段がないと考えているのか、盗賊団のボスは口元をにやりとさせる。


「ヴァンドレ借りるぞ!」


 ヴァンドレは後方に退く際に槍を地面に突き刺して置いていった。俺はそれを引っこ抜くと、素早く構えた。

 そして石の槍の真正面から突きを放ち、綺麗に粉砕する。


「ちっ! だったら、これでどうだ!! ストーンウォール・ダブル」


 俺の左右に突如石の壁が出来上がる。それが徐々に俺を押し潰そうと動き始めた。


「魔術っていうのはここまで汎用性があるものなのか。これは貴族院で学ぶのが楽しみだな」


 俺はヴァンドレの槍をつっかえ棒のように石の壁の間に挟む。槍が押されて軋む音がするが、壁の進行が遅くなる。その間に俺は前方へと走り危険地帯を抜けた。


「今のも無理か。だが、見誤ったな! ガキが。接近戦で俺に挑もうなんて――――ぐあぁああああああああああああ」

「誰が接近戦するなんて言ったよ?」


 俺がさっき使った仕込みナイフはたった十本だ。残りまだ四十二本ある。そのうちの八本を盗賊団のボスに投擲してやる半分が腹に刺さった。


「はぁ……はぁ……やりやがったなあ。だが、この距離はもう投擲武器の間合いじゃねえ。その首、俺の剣の錆びにしてくれる!!!」

「誰がナイフと槍しか使えないって言ったよ。腰に剣も差してるって」


 盗賊団のボスが振るった剣を躱す。そして俺も剣を腰から引き抜き、敵の首元へと叩き込んだ。



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