第25話「ノアの宅急便」
「え? デリバリーを始める!?」
店長からの突然の宣告に驚く一同。
「ああ。どっかの誰かがまた店を破壊したからな。少しでも金を稼がないと」
カリンの方を見ながら淡々とそう話す店長。
「なんで私のせいなのよ……。少なくとも壁に空いた穴だけは違うわよ……」
件の不審者が壁にめり込んだ跡はいまだに直っておらず、店の壁の一部には大穴が空いてしまっている。
「まあ、とにかくだ。今は修繕費を捻出するために稼ぎまくらないといけない。その為にできることは何でもやる。以上だ」
壁の話になるとバツが悪いのか、店長は強引に話を締めくくった。
「ま、まあやるのはいいんだけどさ……」
ノアが窓の外を指差す。
「外、大嵐なんだけど。何でよりによって今日始めるのさ……」
窓の外では暴風雨が吹き荒れているのが見えた。
この日は、史上最強と名高い台風53号が「コルボ」のある地域を直撃している日だった。
「もの凄い嵐ですよね……。お店の修繕費稼ぎ以前に、むしろお店にとどめが刺されそうな勢いです……」
アオイも心配そうにそう言った。
店内を見渡すと、壁に空いた大穴からは容赦なく雨が吹き込み、店内に大きな水たまりを作っている。また、ひとたび暴風が吹けば、焼けたことで強度の落ちた柱の数々がミシミシと軋む音が聞こえる有り様だ。
当然そんな日に店に来る客などおらず、店内はもぬけの殻だ。
「嵐で誰も来ないからこそやるんじゃないか。このまま売り上げゼロでしたというわけにはいかないだろ?」
「いや、従業員の身の安全も考えなさいよ……」
カリンのツッコミは聞かぬふりでいくつもりらしい。店長は淡々と話を進める。
「もうこれは決定事項だ。何ならすでに注文も受け付けたしな」
「ええ……」
絶望で顔が歪む一同。
「配達員は順番にやってもらうが、とりあえず今日はノア。お前な」
「え……? 私……?」
ものすごく嫌そうなノア。しかし、店長はそんなことはお構いなしと言わんばかりに続ける。
「メガトンダブルビーフバーガーとポテトのギガ。この住所まで届けといてくれ。移動はそこの自転車使っていいぞ」
店長の指差す先には、強風により横転した錆まみれのボロ自転車が転がっていた。
「もうこれ、遠回しに私に『死ね』って言ってるよね……?」
必死の抵抗を続けるノア。
「ほら、店の売り上げのためよ。料理が冷めちゃうからさっさと行きなさい」
「……ノアちゃん、ファイトです!」
担当になるのを免れたカリンとアオイが、これ幸いと店長サイドについてしまった。かつて仲間だったはずの何かからも背中を叩かれてしまい、ノアは大きくため息をついた。
「カリン、アオイ。後で覚えときなよ……」
恨み言を口にするノア。しかしすでに諦めたようで、料理の入った黒の立方体状のバッグを背負い、ボロの自転車に跨って出発したのだった。
***
酷い雨に風。錆ついていてまともに動かない自転車のペダル。
これはいったい何の罰ゲームだろう……?
そう思いながら、自転車のペダルを漕ぎ続ける。バッテリーを抜いた状態の電動自転車より重い……。
すると突然、どこからともなく目の前に黒塗りの高級車が踊り出て来て、その扉が開いた。
「姐御おぉぉぉ! 何やってんすか!? こんな嵐の日に!?」
「どうぞ! 乗ってください!」
扉が開くやいなや口々に叫ぶのは、店の常連のヤクザたち。
ヤクザの車でデリバリーするのもどうかと思うが、背に腹は代えられない。私だってこんな日にボロ自転車漕いで死にたくはないし……。
私はデリバリーバッグを抱え、ヤクザの車の後部座席へと乗り込んだのであった。
***
「ヤクザの車なんかあてにして商売してると、いつか警察にしょっぴかれるわよ……?」
店長の思惑をなんとなく察したカリンは、店長にそう釘を刺す。
「さあ? 何のことだ?」
店長はあくまで素知らぬふりで通す気のようだ。
「そう思うならお前が行ってくれてもよかったんだぞ?」
「遠慮しておくわ……」
入口に貼られた「暴力団関係者立ち入り禁止」の張り紙は、この暴風雨で遥か彼方へと飛ばされてしまっていた。
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