第33話 まさかの最下位

 帰宅して、夕食と風呂を手早く済ませると、俺はパソコンを立ち上げ、早速書き始めた。


【綾香は男性と共にホームレス生活をエンジョイしていたが、やがてその生活にも飽き、また小説を書きたいと思うようになった。

 しかし、そのことを男性に打ち明けることはできず、悶々とした日々を過ごしていた。


 そんなある日、東京のとある公園に行き着いた二人は、そこでテントを張ることにした。

 その最中、ふと男性が呟くように言った。


「実は俺、昔この近くに住んでたことがあるんだ」


「えっ、それって、作家をしていた頃?」


「ああ。担当者に何度も書き直しを命じられて、ほんとあの頃は地獄だったよ」


「そうだったんだ」


「でも今思うと、あの頃の俺が人生の中で一番輝いていたかもしれない」


「…………」


 思いがけない男性の言葉に、綾香が何も返せないでいると、彼は更に続けた。


「お前もそう思っているんじゃないか? お前と出会った時、いいアイデアが浮かばず苦しんでたけど、今思えばそれも貴重な体験だったってな」


「うん。実は私……」


「もう言わなくても分かってる。また小説を書きたくなったんだろ? だったら俺に遠慮なんてしないで、思う存分書けばいいよ」


「でも、あなたはこれからどうするの?」


「俺はもうしばらく、この生活を続ける。で、もしまた書きたくなったら、お前に会いに行くよ」


「それでいいの?」


「ああ。だから、お前はもう帰れ」


「うん」


 こうして二人は別れ、綾香は再び小説を書き始めた。




 三年後、綾香は売れっ子とまではいかないまでも、作家一本で生活できる程の収入を得られるようになっていた。

 そんな彼女に、新進気鋭の田村剛志という男性作家との対談が持ち上がった。

 綾香は田村のことをよく知らなかったが、今後のことも考え、その話を引き受けることにした。


 そして対談当日、綾香は田村の顔を見るなり、「あっ!」と声を上げた。

 田村は三年前に別れた男性だったのだ。


「どうして、あなたがここにいるの?」


 驚愕の表情で訊く綾香に、田村は少し笑いながら「だって三年前に約束したじゃないか」と返した。


「そういえば、別れ際にそんなこと言われたけど、まさか本当に会いに来るなんて……」


「実はこの対談、俺が提案したんだ。綾香には俺のペンネームを教えていなかったから、名前を聞いても、俺だってことが分からないと思ってね」 


「なるほど。少しびっくりしたけど、またあなたと会えて良かったわ」


 その後、二人の対談は大いに盛り上がり、このことがきっかけで、二人はまた付き合うようになった。】


(うん。あの後にしては、うまくまとめたんじゃないかな。これは最低でも、昭和のスーパースターさんよりは上に行くだろう)


 俺はそんなことを考えながら、投稿ボタンを押した。




 日曜日の夕方、俺は特に何も考えずパソコンを立ち上げ、冬なのにノースリーブさんの現況ノートを開いた。


【みなさん、こんばんは。早速ですが、今回のテーマ【書籍化】の結果を発表します。


 一位 夢見がち代さん      90点


 二位 アラー・カーンさん    80点


 三位 昭和のスーパースターさん 30点


 四位 ケンタさん        25点


 一位の夢見がち代さんは、主人公の長年の夢だった書籍化が達成されて、口では言い表せない程の衝撃を受けているのが、目に見えるようでした。


 二位のアラー・カーンさんは、二作目のアイデアがまったく浮かばず、苦悩している主人公の姿がうまく書けていました。


 三位の昭和のスーパースターさんは、せっかくいい流れできていたにもかかわらず、ホームレスカップルという訳の分からない展開に持ち込んだのは、かなり残念でした。


 四位のケンタさんは、一見破綻したストーリーを立て直したように見えますが、昔作家として活動していた男性のことを、新進気鋭作家と呼ぶのは少し強引に感じました。また、オチも簡単に読めてしまい、面白みに欠けていたと思います。


 以上で寸評を終わります。なお、次回のテーマは【宴会】です。

 先頭の夢見がち代さんは、明後日の夕方までに、宴会に関するものを書いてください。】


(なにー! なんで俺が最下位なんだ? そりゃあ、少し強引だったかもしれないけど、昭和のスーパースターさんより下ってことはないだろ!)


 俺は冬なのにノースリーブさんの評価に納得できないまま、パソコンを閉じた。



 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る