第20話 後輩たちとのデート

「あっ、林先輩よ」

「かっこいい」


 林と学校の廊下を歩いていると、下級生二人組がすれ違いざまに言った。

 先日、全校生徒の前で表彰されて以来、俺はこういう場面にちょくちょく出くわすようになった。


「お前ら、あまり上級生をからかうもんじゃないぞ」


 林はそう言ったけど、内心はまんざらでもないはずだ。


「私たち、からかってなんかいませんよ」

「そうですよ。ていうか、隣の人って誰でしたっけ?」


「……斎藤だ」


 林は個人成績が全国で三位だったことを、表彰式の際に名前付きで発表されたため、全校生徒に名前が知れ渡っていたが、俺はただその場にいただけだったので、まったく知られていなかった。


「林先輩、今度どこか遊びに行きましょうよ。たまには気分転換しないと、息が詰まっちゃいますよ」

「一人だとあれだから、隣の人も連れてきていいですよ」


「そうだな。じゃあ、どこに行くか考えとくよ」


「本当ですか! じゃあ決まったら、後で教えてもらってもいいですか?」


「ああ」


 彼女たちは林と連絡先を交換すると、歓喜の声を発しながら去っていった。



「お前、どうするつもりだ?」


 教室に戻ると、俺はすぐさま聞いてみた。


「なにが?」


「本当にあいつらと遊ぶつもりなのか?」


「ああ、そのことか。ちなみに、お前はどうしたいんだ?」


「俺はあまり気乗りしないな。あいつら、俺のことをお前の付き添いくらいにしか思ってないし」


「じゃあ、やめとくか? そんな嫌な思いをしてまで、わざわざ行くことないからな」


「……いや。お前がどうしても行きたいのなら、付いていってもいいぞ」


 そう言うと、林はニヤニヤしながら「ははーん。お前本当は、あいつらと遊びに行きたいんだろ?」と、核心をついてきた。


「違う! さっき気乗りしないって言ったこと、もう忘れたのかよ」


「ムキになるところが、益々怪しいな。別に恥ずかしいことじゃないんだから、行きたいなら行きたいって正直に言えよ」


「……行きたい。あいつら、割と可愛かったしな」


「はははっ! 最初からそう言えばいいんだよ。じゃあ今度の日曜日、動物園にでも行くか」


「ん? なんで動物園なんだ?」


「単純に俺が行きたいからだよ。それに女子って、動物好きな奴が多いだろ?」


「まあな。じゃあそうするか」


「ああ。じゃあ後で、二人に連絡しとくよ」


 突然決まった後輩たちとのデートに、俺は心が躍る思いだった。



 日曜日の朝、俺は胸を弾ませながら、待ち合わせ場所のバスターミナルに向かって自転車を走らせた。

 

(二人とも林目当てなんだろうけど、俺の話術で最低一人は振り向かせてやる)


 道中そんなことを思いながら自転車を漕いでいると、手ぶらで歩いている林の姿が目に入った。


「おい、お前なんで何も持ってないんだよ?」


「お前こそ、カバンの中に何を入れてるんだ?」


「弁当に決まってるだろ」


「ああ、なるほどな。おれは伊藤と上原がおれの分の弁当を作ってくれるって言うから、手ぶらで来たんだよ」


「なんだって! あいつら、なんで俺には作ってくれないんだよ!」


「そんなの、おれに言っても知らねえよ。文句があるなら、あいつらに言えよ」


 林とそんなやり取りをしているうちにバスターミナルに着くと、先に来ていた伊藤美穂と上原真弓が満面の笑みで駆け寄ってきた。


「林先輩、おはようございます!」

「お弁当いっぱい作ってきたから、後で一緒に食べましょうね」


「ああ。それより、斎藤がなんで自分だけ弁当を作ってくれなかったんだって怒ってるぞ」


「それは単純に面倒だったからです」

「斎藤先輩はお母さんに作ってもらったんでしょ? それでいいじゃないですか」


「よくねえよ! お前ら、あからさまに贔屓ひいきするのはよくないぞ!」


「だって私たち、林先輩にしか興味ないんだから、仕方ないじゃないですか」

「そうですよ。斎藤先輩はただの人数合わせなんだから、身の程をわきまえてください」


「……お前ら、言いにくいことを、そんな簡単に言うなよ。今の言葉で、俺はもう立ち直れないくらい傷ついたぞ」


 これ見よがしに、わざと声を詰まらせて傷ついたフリをしていると、二人はそんなことはお構いなしとばかりに、なおも攻撃してきた。


「このくらいのことで傷つくなんて、斎藤先輩ってメンタル弱いですね」

「そんなんだから、一人だけ十位以内に入れなかったんですよ」


「ぐっ……まあこれ以上、ここで言い争っていても仕方ないから、早く乗ろうぜ」


 俺はそう促し、三人とともにバスに乗り込んだ。

 中に入ると、離れた場所にそれぞれ二つの空席があったので、俺と林、伊藤と上原がペアになって座った。


「お前、あれだけ言われて、よく我慢したな。おれだったらブチ切れて、今頃もう家に帰ってるよ」


 林が感心したように言う。


「あそこでキレたら、せっかくのデートが台無しになると思ってさ」


「まあ、確かにそれは言えるな。で、実際のところ、お前どっちが好みなんだ?」


「えっ! お前いきなり何言い出すんだよ」


「後で揉めないように、今決めといた方がいいだろ?」


「そんなこと言って、もし被ったらどうするんだよ」


「その時はもちろん、お前に引いてもらうよ。だってこのデートは、おれがいないと成立しなかったんだからな」


 林が当然の権利とばかりに主張する。


「分かったよ。じゃあ、どのみち俺には選択権がないから、お前が先に言えよ」


「おれは伊藤だ。というわけで、必然的にお前は上原ということになるんだけど、いいか?」


「いいもなにも、それに従うしかないだろ」


「まあそういうことだ。ちなみに、お前はどっちが好みなんだ?」


「上原だ。だから被らなくて、ホッとしてるよ」


「そうか。じゃあお互いカップルになれるよう、頑張ろうぜ」


 林はそう言ったけど、俺はいまいちその気になれなかった。

 だって本当は、伊藤の方が好みだったから。














 







 

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