第9話 プールでいいところを見せようと思ったら……

 先生のいびきに悩まされながらも、俺はなんとか三日間に及んだ合宿をやり切った。

 家に帰ると、すぐに風呂に入り、その後、母親の作ったハンバーグに貪りついた。

 一条と高橋が作ってくれたものもそれなりに美味しかったけど、やはり母親の作ったものには敵わない。

 俺は三日ぶりの家での食事を思う存分堪能した。



(おっ! またたくさんコメントが来てるな)


【ヨムカク】で公開しているエッセイに多数のコメントが寄せられていることに、ついニヤけてしまう。

 やる前は素の自分を見せることに少し抵抗があったけど、実際にやってみると意外と面白く、またこのエッセイを始めたことによって、【三角関係の果てに】のPVも着実に伸びていた。


(この三日間合宿で書けなかったから、今日は思う存分書くぞ)


 俺は気合を入れ、翌日の朝方までエッセイと【三角関係の果てに】の執筆に没頭した。


 翌日、昼過ぎに目を覚ました俺は、軽く食事をした後、気分転換に近くの市民プールに出掛けた。

 小学生の頃はよく来ていたが、中学以降で来るのは初めてだった。

 周りを家族連れや友達同士で来ている小学生に囲まれながら、遠慮がちに泳いでいると、プールの外に見覚えのある顔が見えた。


(ん? あれ、平中じゃないか。まさかあいつも一人で来たんじゃないだろうな)


 俺はすぐさま泳ぐのをやめ、彼女に近づいていった。


「おい、こんな所で何やってるんだよ」


 いきなり声を掛けられて、平中はたちまち目を丸くする。


「斎藤君こそ、何してるの?」


「俺は気分転換に来たんだよ。この三日間ずっと簿記漬けだったからさ」


「わたしも同じようなものよ」


「ふーん。で、一人で来たのか?」


「うん。斎藤君は?」


「俺も。ていうか、誘っても誰も来なかっただろうけどな」


「わたしもそう思ったから、一人で来たの」


「そうか。じゃあ独り者同士、一緒に泳ぐか?」


「ううん。わたしはいい。ていうか、わたし泳げないの」


「マジで! 泳げないのに、こんな所に来ても意味ないだろ」


「そんなことないよ。ここで泳いでる人たちを見てるだけで、十分癒されるから」


「ふーん。まあ平中がそう言うんなら、別にいいんだけどさ」 


「それより、早く泳いだら? お金払って来てるのに、もったいないよ」


「そうだな。じゃあ華麗な泳ぎを披露してやるから、見ててくれ」


 そう言うと、俺はバシャバシャと大きな音を立てながら、バタフライで泳ぎ始めた。


(ここは平中にいいところを見せる絶好のチャンスだ)


 そんなことを思いながら泳いでいると、前方に浮き輪をした幼い子供が泳いでいるのが見えた。

 俺は咄嗟に避けようとしたけど、足が浮き輪に当たってしまい、そのはずみに浮き輪が子供の体から離れてしまった。

 途端、子供は泣き叫び、それに気付いた監視員がすぐに駆け付け、子供を抱っこしたまま外へ連れ出した。

 その後、俺は監視員にこっぴどく叱られ、平中にいいところを見せるどころか、とんだ醜態をさらしてしまった。

 俺は居たたまれなくなり、すぐにプールを出ると、なぜか平中も俺の後をついてきた。


「まだ家に帰るのは早いし、これからカフェにでも行かない?」


 俺を気遣ってくれたのかどうか分からないけど、平中はそんなことを言ってきた。

 さっきのこともあり少し気恥ずかしかったけど、せっかくの彼女からの誘いを断るほど俺は馬鹿じゃなく、二つ返事でOKした。


「わたし、アイスココアにするわ」


 カフェに入ると、平中は迷わずに言った。


「じゃあ俺はアイスコーヒーにしよう」


 二人のオーダーが決まると、平中がすぐさま話し始めた。


「今日ネットで調べたんだけど、わたしたちの予選の点数って、全国で二位だったみたいよ」


「マジで! ……ということは、俺たちバリバリ優勝候補じゃないか」


「うん。去年の優勝校も今年出場するんだけど、その点数より上回っているからね」


「けど、先生は知ってるはずなのに、なんで言ってくれなかったんだろうな」


「これはあくまでも憶測だけど、わたしたちにプレッシャーが掛かると思ったんじゃないかな。それと、挑戦的な立場の方が実力を発揮できるのは、既に証明してるしね」


「なるほどね。つまり先生は予選の時と同じように、俺たちを挑戦的な立場で臨ませようとしてるんなな」


「そういうこと。だから、このまま知らない振りをしてた方がいいと思う」


「そうだな。じゃあ林と北野には言わないでおこう。特に林は、プレッシャーに弱いからな。はははっ!」


「そういえば、予選の時もかなり緊張してたね」


「普段は人一倍ふざけてるだけに、ギャップが激しいよな。それより、大会が終わったら、久しぶりにみんなで遊ばないか?」


「そうね。最近いろいろあって全然遊んでないもんね」 


「じゃあ決まりだな。どこに行くかは今度みんなで相談しようぜ」


「うん」


 本当は二人きりで遊びたいんだけど、断られるのが怖くてとても言い出せなかった。

 もしフラれでもしたら、友達関係も終わるし、部活も辞めないといけなくなるから。





 


 

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