第3章 忍び寄る影

プロローグ

砂鉄混じりの追憶

 夜明け前の砂浜に、黒鉄くろがね色の波がひたひたと打ち寄せている。

(沖縄の砂浜とは全然違うな)

 徐々に白む空には一瞥もくれず、男は波打ち際の手前で膝を着くと、乾いた手のひらで砂をすくい上げた。

(あの砂浜の砂はもっと白くて細やかで、それから……)

 砂鉄が混じったこの土地特有の砂をザラザラと親指で撫でながら、男は過ぎし日の情景を脳裏に思い浮かべる。




『お父さん! 砂粒がお星様の形をしているよ!』

 息せき切って駆けつけた少年に、生真面目な父は、大人に対するのと同じように教えてくれた。

『これは星砂と言ってね、ひとつひとつが有孔虫と呼ばれる微生物の殻なのだよ』

『ゆうこうちゅう?』

 難しい言葉に、少年はキョトンと首を傾げる。

 そんな少年を見て、父は――




 ザリッ。

 無意識のうちに、男は手のひらの砂を口に含んでいた。

 ザリッ、ザリッ。

 生臭い海水と鉄錆の味に嘔吐えずきそうになりながらも、それでも男は、砂鉄混じりの砂を何度も何度も噛み締める。

 ザリッ、ザリッ。 

(あと少し、あと少しだ)

 ザリザリと砂を噛みながら、男は左の眼窩に嵌まった義眼の表面を指先でなぞる。

(左眼さえ奪い返したら、俺は)

 ザリッ。



「何もかもを、忘れる事ができる」



 ざらついた砂まみれの声は、黒鉄色の波に呑まれて消えた。

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