第4話 偽装彼氏なんて透明人間には割に合わない。
「ちょっとさくらさん、一応店内だから声を小さめに」
「小吉はどいて」
「ぐへっ」
自分の未来の旦那さんを突き飛ばした挙句、春馬さんに一瞥もくれることもないまま可愛川姉はずんずんと俺の前まで歩み寄ってきたため俺は慌てて、可愛川さんの後ろに隠れるように身を引いた。
何この人、見た目に反して野蛮じゃないか?
「お、お姉ちゃん、吉田くん怖がってるからちょっと離れてよっ」
「この子が吉田くん?なんか話に聞いてた男の子と違うなぁ」
じっと俺を観察しながら、可愛川姉は目をパチパチさせる。
「君がはるの彼氏くん?」
「だから吉田くんは彼氏だって言ってるじゃん。だからもうお姉ちゃん、はるの彼氏から離れてって」
「今彼自身に聞いてるわけであって、はるには聞いてないでしょ。で、君がはるの彼氏なの?」
しかし彼女は慌てて制止する可愛川さんを構うことなく、さらに俺の方へ詰め寄ってきた。
なにこれ、どういう状況?こんな状況、完全に予想外なのだが俺はどう対応したら正解なんだ??え、可愛川さん助けてくれ。
『ごめん』
可愛川さんっ!?
両手を重ねて俺に小さく頭を下げた彼女に俺は目を見開く。
なんでもう既に、初手で諦めモード!?
「ほんとに君、はるの彼氏なの?」
「お、俺は…」
その距離わずか5cm弱、その美しいご尊顔を近づけて至近距離であの小悪魔どころか悪魔みたいな笑顔で俺に問いかけてくる可愛川姉。
その破壊力たるや、説明したくもない。
後ずさりしようにも背後はフィッティングルームのガラス壁で逃げ場がない。
つまり、そう絶対絶命。
ドンっと背中にその硬い壁が当たった時、俺は生唾を飲み込み……そして覚悟を決めて口を開いた。
「俺は、可愛川はるさんと付き合わせていただいて……います」
人生初、彼女じゃない女の子に向かって彼氏宣言。……なにこれ地獄?
なんか俺すげぇ恥ずかしいんだけど、なんなのこの状況。マジで死にたい。
羞恥で頭がおかしくなりそうになり、俺は思わず赤面し俯く。
で、でもこれでもう難は逃れたはずだ……!!
「じゃあキスして見せてよ」
あれぇ?
「ほんとにカレカノなら、さくら二人のキスを結婚前に景気付けに見たいなぁ」
「お姉ちゃん、さすがにそれはっ!!」
「え?だってはると吉田くんってカップルなんでしょ?じゃあできるできる」
いや、できないできない。
何言ってんだ、このセクハラお姉さん。てか彼女でもない可愛川さんとキスするとかもちろん無理だし、例え可愛川さんが本当の彼女でも、その姉の前でイチャつくとかハードルが高すぎてさらに無理すぎる。
「さくらさん、ちょっと流石にそれは…ここはそういうイチャつくための店じゃなくてドレスを買うための店なんだし、それにこんな人前でキスとか高校生の二人は嫌でしょ」
春馬さんっ!!
いやー俺たちを救ってくれるのはあなただけだと信じていましたよ、マジで。
少し頼りないと思っていたけれどもこの狂犬を止めれるのは、未来の旦那さんであり婚約者の春馬さん、あなただけですよ。行けっ、春馬小吉!!
「小吉は黙って」
春馬さんはそんな可愛川姉の一言でシュンとし、そしてもう何も言わなくなった。
ワンパンかよ…春馬さん、抑制力がなさすぎる。
頼みの綱が一瞬にして細切れになった今俺たちはどうすればいいんだ。
「それに店員は今みんな外にいるからバレなきゃ大丈夫大丈夫、だからハイ」
何がハイだよ、馬鹿野郎。
「可愛川さん、もうここは俺が彼氏じゃないって自白するしか…」
「ダメだよっ!?お姉ちゃん、嘘には死ぬほど厳しいから嘘だって自白したら逆に殺されちゃうよ」
そんな命に関わる案件に俺を巻き込んでいたなんて今の今まで知らなかったんだが、可愛川さん?
「じゃあわかった、直接キスがダメなら頬か額にキスでもいいよ。これでどう?」
そこまでしてキスをさせたいのか?まあ、でも頬とか額なら…でも同じクラスメイトの、しかも俺の高校生になって『初友達』の可愛川さんだぞ!?
「可愛川さん、どうす……え?」
焦った俺はチラリと可愛川さんの方へ視線を向けた瞬間、彼女は少し恥ずかしそうに頰を染めるもすぐに意を決したように両手を広げてギュッと目を閉じた。
その予期せぬ反応に俺は思わず面食らう。これがかの有名なキス待ち顔である。
「可愛川さん!?」
「もうここは一気にガツンと」
「いや何言ってんだよ、仮にも可愛川さんは嫁入り前だよ?」
「そりゃ私だって嫌だけど、もうここまで嘘をついちゃったら突き通すしかないし。一度吐いた嘘は突き通すのが私の信念だし」
「そんな信念捨てちゃえよ」
極力小声ながらも、俺もちょっと言い返す。
「流石に口づけは無理だけど、頬なら……嫌だよ?嫌だけど…まだ、許容範囲だしさ」
弱々しさを隠すために必死の笑顔を作り、可愛川さんはそう言った。
きっとその言葉は俺にではなく自分に言い聞かせるために言ったのだろう。
可愛川さんがここまで覚悟を決めてるのに男の俺が何をウジウジしてるんだ。
偽装彼氏をやると言い切ってしまった以上、ここで引き下がるのは友達としても男としてもダサいじゃ…ない……か?よくわからん。
でも、可愛川さんがそれを望むなら応えるしかない。
「よっしゃ」
頬をバチンと両手で叩き、俺は覚悟を決めた。
「よし、やるぞ……いいんだな?」
「ばっちこい」
俺も意を決して唇をギュッと結んだまま、両手を広げて彼女の肩を手で優しく触れた。そして、彼女はゆっくりと目を閉じた。
長い睫毛に綺麗に整った小さな鼻。
軽くきゅっと結ばれた薄桃色の唇はいかにも柔らかそうで思わず心臓が高鳴る。
しかし……いざとなるとやはり緊張するものだ。
心臓はバクバクと音を立て、もう俺の頭は真っ白である。
でもここでやめるわけにはいかないし……ええぃままよ!!
顔を少し近づけたその時、彼女の長い髪がふわりと俺の頬を撫で、その拍子に俺は彼女の肩を見た。
震えている。
可愛川さんの華奢な肩が恐怖で微かに震えていた。
そりゃそうだよな、この前友達になったばかりの奴にキスされるんだもん。怖くないわけがない、それでも嘘を貫くため頑張っているのだ。
じゃあなんでそこまでして嘘をつき通そうとするのか、俺にはそれがどうしてもわからない。
そして震えている可愛川さんの姿を見て、俺の中の何かがプツンと切れた。
そんな姿見て、頬にだってキスできるわけがないだろ。
「すみませんけど、キスはできません」
「ちょっ!たく…吉田くん!?」
彼女の肩から手を離した俺は、可愛川姉に向き直りはっきりそう告げた。突然の予想外の行動に可愛川さんは慌てて目を開き、驚愕の表情で俺を見る。
「ほぉ〜」
俺の一言に可愛川姉は、ニンマリと笑みを浮かべる。
「彼氏なのに恋人にキスできない理由、聞かせてもらえる?」
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