交わる心とわかれ道-3

 翌朝、街を出る手前の道の端に寄り、ノインとヴィンセントは向かい合って立ち止まった。


「ヴィンセントは、これからどこへ行くの?」

「王都へ。そろそろ戻らなければならない頃合いでしたから。ノインは?」

「さあ。適当に、あちこちへ行くわ」


 ヴィンセントが心配そうにノインを見下ろし、手を伸ばして、けれどノインの体に触れる直前で止まる。


「魔女狩りはまだ続いています。どうか気をつけて」


 ノインはうなずき、背の高いヴィンセントを見上げた。天気のいい日で、彼の背後の青空が眩しかった。

 ヴィンセントのほうこそ、危険なはずだ。

 でもノインは、それを言えない。彼が王都で何をするつもりか、知らないふりをしている。


「ノイン……」

「ねえ、ヴィンセント」


 無事を祈る言葉の代わりに、願いを込めて、ノインはヴィンセントを見つめた。


「未来は、つねに過去から生まれてくるわ」

「……ノイン?」


 唐突なノインの言葉に首をかしげるヴィンセントを置いて、続けた。


「あなたは過去の生き方を後悔していたけれど、その過去がなければ、わたしはあなたに、こんな気持ちを抱かなかった。そうしたら、わたしはあなたに何も教えなかった」


 ヴィンセントが、ノインを見下ろしている。その月色の瞳は澄みきって、ノインの言葉を受け止めていた。


「忘れないで。過去のあなたがいたから、今のあなたとわたしがいるの。あなたの過去は、決して無意味なんかじゃない」


 ヴィンセントが静かに目を閉じた。ふたたび開かれたとき、そこにはさやかな光があって、彼は柔らかく微笑んでいた。


「わたしの知る『記録』で、似たような悲惨な出来事は、何度も繰り返されていたわ。だけど過去とまったく同じことは、決して起こらない」


 ノインは、ヴィンセントに伸ばしかけた手を下ろし、ぎゅっとこぶしを握る。


「小さくても何かが違う、その差異が、過去とは異なる未来を切り開くの。きっと、あなたの未来を……」


 ノインがヴィンセントと再会してから、彼にあげられたものは、きっと本当は、ヴィンセントが想っているほど大げさなものじゃない。

 それでも、たったの数日は、確かな分岐だ。


「ノイン……」


 ヴィンセントが口を開いたのを首を振って遮って、ノインは半身を引いた。彼の表情が切なく歪む。

 だが、少しの沈黙のあとヴィンセントは、笑ってノインにうなずいた。


「あなたの旅の、安全を祈ります」

「ありがとう。ヴィンセントも」


 きびすを返すヴィンセントを、少しのあいだ見送る。彼は振り返らなかった。


 王都へ行くなら、乗り合い馬車が出ているだろう。行き交う人々でごった返す人波に、彼のアッシュグレイの後頭部が紛れてゆく。

 それが完全に見えなくなる前に、ノインは長めの瞬きをし、目を開けてすぐに歩き出した。


 さし当たっての目的地はない。東側へはしばらく近づかないほうがいいだろうから、行くとすれば南か。西へ行くなら、うっかりヴィンセントに追いつかないよう、王都以外のどこかの街へ。海へ行くのもいいかもしれない。


 ヴィンセントとは、明確な別れの言葉も、再会を予期する言葉も、何も交わさなかった。


 口づけのひとつも。


 どれもが、未練や、願かけになってしまうかもしれないのを恐れた。

 何も起こらなければいい。

 何も起こらないわけがない。

 でもノインは、何も知らないふりをしているのだ。知らないのだから、何かが起こるかどうかなど、案じるのはおかしい。


 いつかまた、互いの道が交わる未来があれば。

 彼の無事を祈りそうになる心を振り払い、この先のどこかでの三度目の邂逅を、そっと願った。

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