第8話 その名は剣狼王
頭領さんが笑い終えると、再びわたくしたちを見下ろしてきます。
それも「今度はお前たちだ」と言わんばかりの恐ろしい形相で。
ですがすぐに襲ってくる様子は無い。
今も自身の力を確かめるように掌を眺めていて。
「フフフ、想像以上の力だ。こんなことであればもっと早くにこの力を受け入れておけばよかったぜェ……!」
まだまだ本気ではないと言わんばかりです。
ほとばしる魔力の波動がそう伝えて来るかのよう。
「やはり魔族の王の力は格別ッ!」
「魔族の王!?」
「そう! 我はなぁ、魔族【ノール族】の王だった者より啓示を受けたのだよォ!」
「なッ!?」
「今こそ我は立ち上がり、人間どもを滅ぼす時なのだと! そのための魔力をかの御方は与えてくださったのだ! かの御方の生まれ変わりとしてなあっ!」
ノール……!
ではやはりこの姿は!
かつて越界大戦で猛威を奮った魔族の長の一人……!
「よって今の我こそが〝剣狼王ザバン〟なりィ! この名において、この世界の人間を全て抹殺することが我が使命であるッ!」
剣狼王ザバン。
かつて疾風の如く戦場を駆け抜け、その逆立った体毛だけで多くの者たちを切り裂いたという大魔勲五七衆の内の一体。
人狼の中で最も高位とされた黒狼種、ノール族の長でした。
そのザバンの力を受け継ぐ者がまさか今の世に現れるなんて!?
「これでわかったか小娘に小ネズミ!? この我がどれだけ偉大かということが!」
「あばばば……!?」
もはや魔力すら垂れ流しとなるほどに強大。
それを感じ取ったチッパーさんはもう震えるしかないようです。
ですがそれでも引く訳にはいきません。
そうでないとグモンさんの犠牲が無駄になってしまう!
「あ、貴方がザバンだからなんなのです!? もし戦争になれば多くの同胞たちが犠牲になってしまうのですよ!?」
「だからなんだ?」
「えっ?」
しかし彼の言ったことがすぐには理解できず、思わず口を止めてしまいました。
そんな中で彼がまたニヤリと笑みを浮かべます。
「雑兵がいくら死のうが関係無い。死ねば増やせばいいだけだ」
「そ、そんな!? 貴方と仲の良い友人だっているでしょう!?」
「フンッ、また戯言を。剣狼王ザバンとなったこの我に並ぶ者など皆無。目的のためならばもはや同族の奴らがいくら死のうが知ったことではないわ」
ああ、この傲慢さはまさしくザバンそのものです。
自分自身を孤高として他を蔑ろにするスタンスはまさに。
そしてこの邪悪な気配は先ほどまでは微塵も感じなかったもの。
だとすれば……!
「まさか貴方、ザバンに心を乗っ取られているのではないのですか!?」
「ハハハッ! 何を馬鹿なことを! この我こそがザバンであり、周囲を取り囲むブルーイッシュウルフの長である!」
やはり何の疑いも持たない。
これは間違いありませんね、完全に意識を乗っ取られている。
魔力とは邪な意思から生まれし力。
そこに魔族の強力無比な意思が混じっていれば、取り込んでしまった個体は否応なく魂を支配されてしまうのでしょう。
すなわち、先ほどまで優しさを見せていた彼は、もう……ッ!
「さぁ御託は終わりだ小娘! すぐに冥途へ送ってやろう! お前の大好きな人間どももすぐに送り届けてやるぞぉ!」
「くっ!?」
「……いいや、少し面白いことを思い付いた! よし、村の人間どもは生かそう!」
「えっ?」
おや? 予想外の展開です。
まさかあのザバンが譲歩を導き出すなんて――
「人間どもは生かし、子どもを産ませる! そしてその子どもを我々が喰う! そうすれば食料も安定供給出来るではないかあ!」
「なっ!?」
「フハハハ! 奴ら人間も家畜でやっていることだぁ! なぁら何も悪いことではあるまぁい? 我々が奴らを飼うということなのだからなぁ! ハーッハッハッハーーーーーーッ!!!!!」
ううん、譲歩なんてする訳がなかったのです。
それどころか、まさか予想を遥かに超えるほどの醜悪さを見せつけてくるなんて。
「もう、口を挟む余地は無い、ということですね……わかりました」
こんな彼と話し合いなんて成り立つ訳がない。
少しはと期待してしまったわたくしが馬鹿でした。
魔物になろうとも結局は実力行使でしか解決できないのですね。
とても、残念でなりません。
「出来ることなら話し合いで済ませたかった」
「……ほぉ?」
「叶うなら皆さんとも実りのある生活を送りたかった」
「クククッ、日和見な考え方だなァ~?」
「それでも、その方がずっと建設的で何より自由がありましたっ!」
「ッ!?」
もしかしたら魔物は支配を望んでいるのかもしれない。
でもそれは全ての魔物が、じゃない。
チッパーさんのように自由を謳歌する魔物だっているのです。
しかしもしザバンがその芽を摘むというのならば。
だったらわたくしは自由を願う者達を守りたい。
魔物も、人間も、動物も種族に関係無く。
そのためにも。
「その自由を欲望だけで奪う貴方だけは、絶対に放ってはおけませんッ!!!」
故に右手を胸に充て、溜め込んであった力を開放します。
すると途端、闇夜を切り裂くほどの輝きが放たれました。
「な、な、なにィィィィィィ!!? そ、その輝きはァァァァァァ!!!??」
こうなってしまった以上、もう留めておく必要はありませんから。
今はただ、前世で得た力を行使することに致しましょう。
倒されてしまったグモンさんへの手向けと、周囲を囲う魔狼たちのためにも。
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