第4話 食への欲求は止められない!

 かまどの中で火がパチパチと音を立てて燃え上がります。

 もうずいぶんと火力が上がりましたし、そろそろ頃合いでしょうか。


「ではさっそく軽く調理を始めましょう」


 そこでわたくしは昼頃に仕留めていた鹿の肉の残りを運び込みます。

 さらには小さく切り刻んで欠片にし、小枝に幾つも刺し通して火で炙ります。


 するとすぐに「ジュワァ」という音と共に香ばしい匂いが漂ってきました!


「な、なんだなんだ!? この旨そうな匂いは!?」


「ふふっ、お肉は焼くことで一味違った味に変えることが出来るのですっ」


 ただ、こうして火を通すのは今のわたくしにとっても初めてなこと。

 味覚の変わった今、この焼肉が果たして受け入れられるかどうか。


 それなので香ばしい匂いに狼狽えるチッパーさんへと焼肉の欠片を切り落として渡し、わたくしも恐る恐る口の中へ。


 ――こ、これはーーーっ!?


「お、おいひぃ~~~~~~!!! お肉の味わいと塩みが口いっぱいに広がりまふぅ~~~!」


「なんだこれすげぇ!? 今まで感じたこともねぇ味だあっ!!!」


 ただ焼いただけなのに味わいが生肉の時とは全く違います。

 生肉はいずれもフルーティな味でした。例えるなら生鹿肉はバナナ味とか。


 でも焼いた途端、人間の頃の味覚を取り戻したかのような塩気のある味わいに。

 久しく感じていなかった味に感動さえ覚えます……!

 うーん、しぶとく生きてて良かった!


「でも俺ァ生肉の方がいいなぁ」


「そうなんですね。でもそういう時は二つ並べて食べ比べするといいですよ。色んな美味しさを一度に楽しめるんですから」


「そうだな! こりゃ地下水路暮らしの時にゃ考えられねぇ贅沢だぜぇ……」


「ふふっ! 後はこうやってお塩を足すとか!」


 チッパーさんがこう言うので、生肉を切って落とします。

 さらには秘蔵の岩塩を取り出し、爪先でコリコリと削ってまぶしてあげました。


 するとチッパーさんがまたしても歓喜の叫びを上げていて。


「その石すげえな!? なんだそりゃあ!」


「今朝、川の上流で見つけたものです。これから必要になるかなーって思って採っておいたんですよ」


 塩分やミネラルはこれからも必要になりそうでしたからねぇ。

 見つけたのは偶然ですが、これも幸運の発見でした。


「お前、まだガキなのに色々知ってんなぁ。改めて恐れ入ったぜ」


「ふふふっ、ありがとうございますっ」


「でもなんでこんなことやろうと思ったんだ?」


「先ほど助けたミネッタさん――人間はこうしてお肉を焼いてあげた方が食べやすくなるのです。まだ傷が癒えたばかりですからね、少しは労ってあげないと」


「はぁ~~~人間のことを想うなんてつくづく変な奴だよぉ。ま、そういう意味のわからんとこに惹かれたのかもしれねぇけどなぁ」


 チッパーさんの言うことももっともでしょう。

 本来なら魔物として本能に従った方がずっと楽でしょうから。


 けど、それでもわたくしは出来るなら人とも手を取り合いたい。

 それは前世が人間だったからなどではなく、単に無駄な争いをしたくないからこそ。


 そうしみじみ思いながら再び肉を炙り始めて数分。

 こんがりと焼き上がったお肉はチッパーさんとミネッタさんに分けてあげました。


「――ってええええ!? なんでミネッタさんがいるのですぅぅぅ!?」


「あ、いや~なんかとても美味しそうな香りがしたからさぁ!」


 気付いたらミネッタさん、しれっとチッパーさんの隣で屈んで待っていました。

 でもおかしいです! しっかり催眠術をかけておいたのに!?


 ま、まさか食欲が術の効力を凌駕した!?

 こんなことってあります!?


「ムグムグ……これ何のお肉?」


「あ、鹿肉です。お口に合いませんでしたか?」


「ううん~めっひゃおいひい~~~!」


 ……ま、まぁ順応しているようですからもういいでしょう。

 先に食べ終えたチッパーさんへお肉を分けたりしてくれていますし。

 チッパーさんも喜んで受け取っていて抵抗はなさそうですね。

 グモンさんがこっち見たりミネッタさん見たりとちょっと挙動不審ですけど。


 あ~~~ダメですグモンさん、ミネッタさんに向けて腕を振り上げちゃあ!


 そんなグモンさんを腕でバツを描くことで引き留めます。

 するとジェスチャーを見た彼もわかってくれたのか、ゆっくり一歩引きながら大人しくなりました。


 ミネッタさんは何も気付いていないようですね。

 お食事に夢中なようです。良かった。


「あ~~~喰った喰ったぁ! こんなにお腹いっぱい食べられたの久々だよぉ!」


 それでいっぱいのお肉を平らげ、お腹をさすって満足げです。

 ついにはコテンと寝転がり、夢見心地なトロンとした表情を浮かべ始めました。


「普段はここまで食べないのです?」


「父親に加えて四人も兄がいるからさぁ、こんなお腹いっぱい食べる前に用意された分がすーぐ無くなっちゃう訳よ」


「ああ~なるほど、随分と大所帯なのですねぇ」


「そそ。それも男衆が結構な横柄でねぇ、あ、物理的にも。だから私が作ったとしても遠慮無しなの。ホント嫌んなっちゃう」


 おやおや、家庭環境に随分と不満があるようですね。

 顔にもしっかり現れていて、よほど深刻みたいです。


「あ、私ね、ふもとにあるテリックの村出身なの」


「やっぱり。この山のふもとに人の村があったのですね」


「うん。今絶賛発展中だからいずれ町になるかもね。その時はぜひ遊びに来てよ」


「あはは……魔物が行けたら、ですが」


「あーそうだった忘れてたや」


 本当に忘れていたみたいで鼻を掻いて恥ずかしそう。

 でも本音でもあったのでしょう、ニッコリとした微笑みを向けてくれました。


 チッパーさんにももう気兼ねが無いのか、指で撫でてあげています。

 動物の扱いも慣れていそうな手つきなので彼もなんだか嬉しそう。

 もしかしたらミネッタさんには魔獣使いの素質があるのかもしれません。


 ……と気分も落ち着いたみたいですし、せっかくですからお話でもしますか。


「ところで、どうしてこんな山奥に?」


「ああ~~~そうそうそれ! もぉ聞いてよネルルゥ~~~!」


 でもどうやら出した話題がミネッタさんにクリティカルヒットしたようです。

 途端にガバッと起き上がって両肩まで取られ、もう逃げられそうにもありません。


「実は私の家はね、村に代々伝わる防人さきもりの家柄なの」


「防人?」


「うん。この山間にあるって言われる封印の地〝テリクス禁足地〟を見守る役目を担っているんだ」


 封印の地……?

 禁足地……?


 あー……。


「それで一ヵ月くらい前の夜、山から凄い光がドォーンって立ち上ってさ! もう放っておけないって思って父親や兄貴たちと相談し合ったのよ!」


「そ、それで?」


「でも親も兄たちも『その内行く』って言ってばかりでちっとも動きゃしない! だからもう任せてられないって思ってさ、冒険者を雇って山を登り始めたの!」


「それで魔物に襲われたって所ですかねぇ」


「そう! でもあの冒険者たち、山で〝ブルーイッシュウルフ〟と遭遇したらビビッて逃げ出しちゃうしさぁ! 後は置いて行かれて、必死に逃げて、迷って……で、なんやかんや気付いたらネルルちゃんに助けてもらってたって訳なのよ」


 これはまた随分と酷い目に。


 しかし最近の冒険者のなんと情けないことか。

 わたくしの知る冒険者は皆たくましくて勇気のある方ばかりでしたのに。


「でも早く封印の地に行って何があったか調べなきゃね。じゃないとご先祖様に申し訳が立たないもん」


 ただ、それでもここまでやって来られたミネッタさんは神に愛されている方なのかもしれません。

 普段から素行が良さそうですしねぇ。家柄からして一応はお嬢様でしょうし。


「その点は心配する必要はありませんよ。きっともうご先祖様もお喜びになっていると思います」


「え? なんで?」


「だって、ここがその封印の地なのですから」


「……へっ?」


 だからかまどに薪木をくべながらそっと真実を教えてさしあげました。


 そう、ミネッタさんはもう既に辿り着いていたのです。

 彼女の家が代々守り続けていたという封印の地に。


 厳密に言えば、封印の地としての役目を終えた土地に、ですけどね。

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