第2話 初来客はなんと人間でした

 この世界において魔物と人間は相容れない間柄。

 魔物は本能的に人間を襲い、人間はそんな暴力的な魔物を嫌います。

 そしてその争いは大昔から今に至るまでずっと続けられてきました。


 人間だった頃では不思議とも思わなかったことです。

 どうして魔物は人間を襲いたがるのか、と。


 しかし魔物となってすぐに理解させられました。

 魔物にとっての人間とは「なにより心地良い物」だったのだと。


「お、おいネルル! あれ食べていいか!? なぁ食べていいかぁ!?」


「だ、ダメですっ! まだ生きているみたいだからダメですぅ!」


 もちろん感じ方は魔物それぞれ。

 殺意を抱く者もいれば、こうしてチッパーさんのように食欲をそそられる者も。


 あっいけない、わたくしもついヨダレがブワワッ!


「ネルルも震えてるじゃねぇか!? もういいだろ食っちまおうぜ!?」


「だからダメです! ここは我慢しなきゃダメな所なんですよぉ~~~!」


 ああもう人間から目が離せません!

 今にも目玉が飛び出してしまいそうっ!


「ハァ、ハァ、ガマン、ガマンですぅぅぅ……!」


「お前、なんか俺より必死じゃね?」


 ただ、絶対に手を出してはいけないということも深く理解しているつもりです。

 人間側の習性も良く知っているからこそ尚のこと。


「い、いいですかチッパーさん!? 前も言いましたがみだりに人間を襲ってはなりません! 手を出せば徒党を組んできてやり返されてしまいます!」


「お、おう」


「彼らは復讐する生き物なのです。一度火を付ければ話が通じない以上はもう止まらないでしょう。そうならないためにも、こちらから傷付けるようなことをしてはいけませんよ?」


「わ、わかったよぉ……」


 ひぃ、ふぅ、気持ちがやっと落ち着き始めました。

 こう語るのも意外と効果的なのかもしれませんね。


 それでなんとか衝動を抑えて人間の下へと歩み寄ります。

 するとなぜか欲求が完全に消え失せてしまいました。

 我慢すれば割とすぐに収まるものなんですねぇコレ。


「だ、大丈夫ですか!?」


「う、うう……」


 しかし一方の女性は返事もままならないほどに意識が朦朧としている様子。

 人語で話し掛けたので言葉は通じていると思うのですが、動けなければどうしようもありません。


「仕方がありませんね、放っておく訳にもいかないので家まで連れ帰ってもよいでしょうか? 丁度グモンさんも来られましたし」


「ネルルがそう言うなら俺ぁ文句ねぇよ」


 チッパーさんの許しも頂きましたから連れていくことにしましょう。

 彼ももう衝動が収まったようですし、だったらわたくしと同じで無害でしょうから。


 そんな訳でグモンさんの力を借りて女性を家まで運び入れ、そっと仰向けに寝かせました。

 それでも目を覚ますどころか苦悶の表情を浮かべて呻くばかりです。とても苦しそう。


 この軽めの服装からして地元民でしょうか。

 それなりに発展した集落が近場にあるのは間違い無さそうですね。


 髪の手入れはしっかり行き届いているみたい。

 くしゃくしゃではありますが、この艶さらセミロングの茶髪から質がわかります。実に羨ましい。


 しかしいざ改めて診てみると複数の傷がとても痛々しい。

 至る所に牙や爪による連傷が刻まれていてもう至る所が血塗れです。


「裂傷ばかりですね。全てが致命傷に至るという訳ではないですが深い傷もありますし、消毒しないまま放っておくと重症・重体化するかもしれません」


「んでどうすんだ?」


「治しましょう。ちょっと手が込みますのでチッパーさんは少し家の外でゆっくりしていてください」


「わかったぁ」


 チッパーさんが素直に家の外へと走り去っていきます。

 でもごめんなさい、手が込むというのは実は嘘なんです。

 どうしても場に居合わせて欲しくなかったから。 


 そう心で懺悔。

 チッパーさんが離れたのを確認してから両手に意識を集中します。

 すると癒しの光が掌から放たれ、充てられた女性の体へと伝わっていきました。


 うん、効果に問題は無さそうですね。徐々に傷が塞がってきています。

 魔物が扱う治癒術も人間に有効なようで助かりました。


「う、うう……」


「あ、気が付きましたか」


「こ、ここは……? もしかして私、村に戻って……?」


 どうやら気付けにもなるくらいには効果が出たようです。

 女性が目を覚ますと、とろんとした眼で辺りを見回し始めました。


 ただまだ朦朧としていて今にも気絶してしまいそう。


「いいえ違います。ここは山奥にあるわたくしのお家です。傷だらけで倒れていたあなたを見つけたのでここまで連れ帰ったのです」


「そう、かぁ……」


「傷はもう癒しましたし、ここにはもうあなたを襲う相手はいませんから安心してくださいね」


 ここで心労を与えるのは得策ではありません。

 それなので安心できるよう優しく語りかけ、頭をそっと撫でてあげました。


「ありがとう……君は優しいねぇ」


「ふふっ、性分ですから」


「でもごめん、目が霞んで顔がハッキリと見えないや」


 意識はしっかりしているようですが、まだ身体機能の復調が治癒に追い付いていないようですね。

 でもそれは普通のことなので心配はいらないでしょう。


「ああ、でも君の赤と黄の鮮やかな髪色はわかるよ」


「ええ、お母さま譲りの固有色みたいです」


「それにまだまだ子どもって感じの背丈だ。小さいのにしっかりしているんだね」


「ええ、なにせまだ生後三ヶ月なものでして」


「えっ……?」


 あら? 途端に女性の顔に強張りが。

 少し混乱させるようなことを言ってしまったのかもしれません。


「えと、服も、髪色と合っていて似合っていると思う」


「あ、これ服ではなく体毛なんです」


「……はい?」


 こう答えた途端、女性がこちらを見て目を凝らし始めました。

 それでもって徐々に瞳孔が広がっていくのがしっかり見えます。


「あ、あああ……!? そのツンと伸びた耳、でもその人に似た顔付き!? も、もしかしてぇっ!?」


 まぁもうそろそろ頃合いだとは思っていました。

 事実誤認が感覚回復の邪魔になるから、と真実を語ればこうもなるでしょう。


「ワ、ワ、ワーキャットだあああ!!! それも喋るっ、魔物ぉっ!!!?? ひいいいい!!?」


 その効果はてきめんだったようです。

 わたくしに驚いた女性が飛びだすように部屋端へと逃げてしまいました。

 まぁそれでも狭いので人二人分の間隔しか無いのですけど。


「はい、そうです。あ、でもまだ子猫なのでワーキトンですかねぇ?」


「え? あ、で、でもなんで魔物が人間の私を!?」


「それもまた性分なものでして。傷付く困った方を見掛けたら人間・動物に関わらず手を差し伸べたくなるのです」


「し、信じられない、そんな魔物がこの世にいるなんて……」


 ええ、そうでしょうねぇ。

 本来なら存在するはずもありませんから。人語を介する魔物も、治癒術を扱う魔物も。


 ただ現実としてこう存在し得ている訳で。

 

「そっかぁ~~~あぁ良かった、悪い魔物じゃなくて助かったよぉ」


 でも彼女はそんなわたくしを前にして安堵を浮かべてしまいました。

 この豹変っぷりにはさすがにちょっと驚きです。


「あらぁ順応が随分とお早い」


「いや~昔から能天気っ子ミネッタって呼ばれていたもので! あはははっ!」


「ふふっ、でもまぁわかってくださったみたいで嬉しいですっ」


 なるほど、ミネッタさん?はあまり深く考えない性格なのですね。

 なんだか明るくて仲良く出来そうなお方ですし、こちらも助かりました。

 せっかく傷を治したのに喧嘩別れなんてあんまりですから。


 でも何事も穏便が一番です。

 こうして平和に笑い合える方がずっといいですからね!

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