第四部

第27話 母と子


 教室での反応は思ったものとは違ったものの、僕は無事、探索者学校に通えるようになった。


 ちなみに家族の反応は様々で、


「レイくん、今からでも考え直さない? 無理にあんな野獣の巣に通うことはないのよ?」


 と、最初から最後まで反対の姿勢を崩さない母さんのほか、妹の未衣には、


「むぅ。あと三ヶ月、早く生まれてたら……」


 と同じクラスに入れなかったことを拗ねられたり、優里姉さんには、


「うんうん! レイくんはずっとそのままでいてね!」


 と何に納得したのだか、微妙に生温かい目で見られたりしつつ、僕は今世で初めての通学をなんだかんだと楽しみにしていた。


 もちろん、降って湧いた入学だ。

 しばらくは入学準備のために忙しくしていた……なんてことは全くなかった。


 普通は入学式の数日前に入学が決まったなら、大慌てで準備をしなきゃいけないはずなんだけど、今回に限っては事情が違う。


(制服や上履き、教科書や運動着はもちろん、通学用の鞄や筆記用具、果ては外出用の靴まで。こっちはカタログで選ぶだけで必要なものは全部向こうが用意して、自宅に郵送までしてくれるっていうんだから、ほんと至れり尽くせりだよね!)


 本来なら僕が探索者になれる訳ないし、学校にとってプラスになる訳じゃないのにどうして、と思うけれど、探索者学校が男の人の受け入れるのはめずらしいらしいから、きっとそれが学校側の実績になるんだろう。


 学校側はびっくりするほど手厚い体制で、僕の入学をサポートしてくれていた。


(というか、男子が一人もいなかったのに男性用の制服があるって時点で気合入ってるよね)


 過剰とも思えるこのサポートだが、母さんは当たり前のように受け入れているというか、


「レイくんが通ってあげるのよ!? 学校はもっともっとレイくんにお金を払うべきだわ!」


 とダンジョンモンスターよりもモンスターな主張を繰り広げていたほどなので、僕も遠慮なく受け取らせてもらうことにした。


 むしろ心配なのは、入学の準備よりも学校が始まってからクラスに馴染めるかということ。

 体験授業の時の教室の様子を思い出して、僕はこっそりため息をついた。


(クラスに男が一人なんだし、もっとチヤホヤされると思ってたんだけどなぁ)


 前世に読んだ漫画やラノベであれば、ここから僕のモテモテハーレム生活が始まるような局面。

 しかし残念ながら、僕の異世界転生はやはりそんな甘いものじゃなかった。


(まさか、クラスの全員が僕にまるで興味を示さないなんて……)


 流石に、全員が「好きっ! 抱いてっ!」となるとは僕も思っていなかった。

 ただ、好奇心を持って近付いてきたり、逆に反発されたり、もしくは怖がられたり、何かしらの反応はあると思っていたのだ。


 それが蓋を開けてみれば、全員僕なんて眼中になし。

 こんな結果は、流石に想定の外だった。


(配信のコメントを見る限り、この世界の女の人も男への興味がある人も多いみたいだったんだけど……)


 ただ、探索者の人口は日本全体でみればごくごく一部。

 配信来るような人は男と会う機会のある一般人で、あまり男性と触れ合う機会のない探索者とは層が違うということかもしれない。


 姉さんが「探索者の人たちはみんな百合」なんて言った時はてっきり冗談だと思っていたけれど、あんな証拠を見せられたら納得するしかない。


 正直、あれがこの世界に転生して一番「異世界」を実感した瞬間だった。


(まあ落ち込んでばかりいてもしょうがない。切り替えよう!)


 そうやって開き直ったのがよかったのだろうか。

 冷静になって自分の立場を顧みれば、これはこれでありなような気がしてきた。


 まず、元の世界なら女子ばかりのクラスに一人だけ男子が入ればいじめられるのは必至。

 無関心ならむしろ上々と言える。


(それに……)


 家族以外の女性と触れ合う機会がないのであまり実感出来ていないけれど、この世界の女の人たちは前世と比べて美人率が非常に高い。


 そんな可愛いクラスメイトたちが百合百合する姿を毎日特等席から鑑賞出来ると考えると……。



(――むしろこれは、かなりの役得なのでは?)



 なんだか急に、学校に行くのが楽しみになってきた。


 ……あとは、そうだ。

 少し気になるのが、クラスメイトに見覚えのある子がいたことだけど……。


(まあ、会ったことがあるとは言ってもお互い名乗った訳でもないし、向こうはきっともう忘れてるよね!)


 東京には男性は少ないらしいけど、僕以外にもいない訳じゃない。

 僕のことを覚えているなら体験授業の日に話しかけてきているだろうし、忘れていると考えるのが自然なはずだ。


 となればもう、僕の心配事は何もない。

 春休みの間に次の配信の予定を組んでしまおう、と僕が思い立った時だった。



「――レイくん。少し話したいことがあるのだけど、今いいかしら?」



 僕の部屋のドアがノックされ、母さんが神妙な声で外から呼びかけてきたのだ。


「母さん? う、うん。いいけど」


 今日は姉さんも未衣も、それぞれ用事で出かけている。

 リビングに行くと、母さんが一人で待っていた。


「はい、お茶。冷たいから気を付けてね」

「あ、ありがとう」


 差し出された氷入りのグラスを受け取って、僕は母さんの対面に座る。

 僕が落ち着いたのを見計らって、母さんがおもむろに口を開いた。


「あのね。これまで、探索者についての話はレイくんには極力聞かせないようにしてきたの。危険な仕事だし、男の子であるレイくんには関係のない話だと思ったから」


 正直に言えば、母さんの話には心当たりはある。

 ダンジョン関連の話になると家族が露骨に話題を変えることがあって、タブーのような空気は感じていたのだ。


「けれど、もしレイくんが探索者学校に行くのなら避けてばかりはいられないわ。レイくんが学校で大変な目に遭わないように、最低限の知識と実力を身に着けてもらわないと、と思って……」


 母さんの言葉に、僕は首を傾げた。


 確かに、僕はこれまでダンジョン界隈とはほとんど無縁に過ごしてきたし、母さんの懸念も分かる。

 ただ、それは学園の方だって把握しているはず。


「ええと、向こうもその辺りは考慮してくれてるんじゃないかな? わざわざ母さんがやらなくても、学校で教われば……」


 僕はそう言いかけるが、母さんは物憂げに首を横に振った。


「そう、ね。……もしレイくんが覚醒したのが、『普通のジョブ』だったらね」

「な、にを言ってるのさ。母、さん」


 一瞬、息が詰まる。


 僕はまだ、母さんに前世のことも、前世で愛用していた男性限定職業〈サムライ〉に覚醒したことも話していない。


 だから母さんは、僕が単に〈ソーサラー〉に、何の変哲もない普通の魔法職に覚醒したと思っている……はずだった。


 なのに……。


「……だって、ね。レイくん」


 何かの確信を持った人にしか持ちえない、母さんの曇りなき眼差しが、僕の視線を絡めとる。


 そうして母さんは、まるで僕に死刑を宣告するかのように、ゆっくりと口を開いて、



「――東京には、レイくん以外の〈ソーサラー〉って、私しかいないのよ」

「へぁ?」



 僕が全く予想もしていなかった現実を突きつけてきたのだった。


―――――――――――――――――――――

思わぬ地雷!




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