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 このシヴィックセンター駅では、電灯は明かりを灯していない。

 地下鉄マルタのほぼ全ての場所に、電気は通っていないからだ。


 スーパーフレア発生のあと、1年も経たずに地上の発電施設は停止し、電力を供給しなくなった。人々は地上にソーラーパネルを発見し、それは回収された。だが、数限りあるソーラーパネルは、すべて〝アンダーグラウンド・アトランタ〟の出入り口に設置された。〝アンダーグラウンド・アトランタ〟の地下では、地下鉄マルタの住人全員の腹を満たすための野菜が栽培されている。ソーラーパネルが生成する電力は全て、野菜栽培所の人口日光と、野菜の乾燥につかうヒーターのために使用される。そう、マルタの住民にとっては〝アンダーグラウンド・アトランタ〟で栽培される野菜が全てなのだ。


 電灯がないとはいえ、何も見えないほど暗いということはない。シヴィックセンター駅には板や生地でできた粗雑な作りのバラック状の住居が数多くあり、やはり粗雑と言わざる得ない作りの店舗がある。どのバラックも、どの店舗も、オイルランプやガソリンランプ、ロウソクに火を灯しているから、駅全体に淡く薄い光がゆらゆらと漂っている。


 ジェフ・マクレガー警部は自宅の目の前にある充電屋のもとへ進んだ。重ね合わせたベニヤ板で出来た、屋台のような外観の充電屋。店の中央には店主アルが座っている。アルの両脇では、子供たちがバイク型発電機のペダルを漕いでいる。バイク型発電機には多数の充電式電池、バッテリー、ライトなどが繋げられていた。

 ジェフ警部は充電屋に近づきながら、店主アルに声をかける。


「おはよう、アル」

「おはよう、マクレガー警部」

「わたしのiPhone、充電は終わってる?」

「もちろんさ」


 アルは脇からiPhoneを取り出し、ジェフ警部に渡す。


 もちろんiPhoneで通話などできない。電話会社などない。インターネットに接続することもできない。そもそもこの世界にインターネットはもう存在しないだろう。だが、警察という仕事においては、写真撮影やコンパス、タイムウォッチなど、スマートフォンのさまざまな機能が役に立った。


 ジェフはアルに1ドルを手渡した。


 このマルタでは、貨幣は一度、まったく価値を失った。貨幣は食べることができない。人々は物々交換を始めた。スーパーフレア発生から6年後、マルタの中央自治政府がほぼ完成されたときのこと。中央自治政府は、マルタにおける経済の発展を目指した。痛み止めの錠剤を手に入れるためにガソリンを3ガロン(約11リットル)運んで行って交換するようなやり方では、経済は促されないと判断された。

 そこで自治政府は、このマルタでの配給食料を、貨幣と交換することにした。例えば、大豆1ポンド(約454グラム)は1ドルと交換された。当然、人々は貨幣が必要になった。貨幣価値が根付くには時間が掛かったが、今ではスーパーフレア発生以前に近い貨幣経済が整っていると言えよう。

 ただし、マルタの外から貨幣を持ち込むことはできない。街中のあらゆる物品を回収する〝回収屋〟が夜間、地上で現金を回収し、それを持ち帰っても、マルタ入口の検問所での入念な検査によって現金は没収され、その回収屋は処罰される。

 地上からマルタに持ち込めないものは2つ。それは貨幣と麻薬だった。 


 ジェフは充電屋の店主アルに言う。


「それじゃアル、わたしの家の見張りは頼んだよ」

「もちろんさ。あんたの家の扉をこじ開けようとする奴がいたら、こいつでハチの巣にしてやる」


 アルはそういうと、椅子の下から短銃身の散弾銃モスバーグ590Sを取り出した。


 その散弾銃は〝警察事務所の警備のため〟という特例として、ジェフがアルに渡したものだ。

 このマルタでは、一般人は正当な理由がないと銃器を購入できない。とはいえ、闇ルートからかなりの数の銃が、マルタの住人のなかに浸透してしまってはいるが……。


 ジェフは慌てるように言う。


「おいおいアル! そいつを使うのは3回警告しても、それを無視したらだ。いきなり撃ってはだめだ」


 アルは笑った。


「ははは! 相変わらず冗談が通じねぇなあんたは! わかってるよ。まず警告するって」

「そうか、冗談だったか。ははは。では、また今夜」

「ああ。また今夜」


 ジェフは充電屋から遠ざかっていった。

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