第42話 桃婆さん
「桃婆さん! ただいま!」
「桃婆! 帰ってきたよ!」
「おやおやおや、その娘は誰かの?」
桃婆は不思議そうに桃玉を見た。桃婆から見つめられた桃玉の身体には緊張感が走る。
(なんだろう、このピリッとした感覚……)
「はじめまして。李桃玉と申します」
「桃婆さん! 桃玉さんはどうやら訳ありみたいなんだ。この屋敷に住まわせて欲しいんだが……」
「ふむふむ……むむ!」
桃婆はまるで桃玉を観察するかのようにじっと見つめていた。どうやら美琳の話が聞こえていないくらいの集中を見せている。
「桃婆さん? 桃婆さ――ん?」
「桃婆――?」
「……あっ! すまんの、聞こえなんだ。勿論ワシは歓迎じゃよ」
「そうかい?」
「ああ、ここで好きなだけ暮らすが良い。……それにしてもまたどえらいもんと遭遇してしまったわい」
桃婆の言葉に美琳はどうかしたのかい? と尋ねた。
「いんや……またあとで話そう」
(何だろう?)
何か言葉を出し渋る様子を見せた桃婆だが、美琳達はこれ以上追及する事はしなかった。
(これ以上聞くのはやめておこう)
桃婆により屋敷へと案内された桃玉。桃婆曰くこの屋敷は以前遊郭だったのを改築して住んでいるのだと言う。
「よくこのようなお屋敷を……」
「ほほ、桃玉。ワシの手にかかれば余裕じゃよ」
「どのような経緯があったのですか?」
「それは内緒じゃ。桃玉の想像にお任せしよう」
ほっほっと笑う桃婆。到着した広間にある大きな円卓は赤い漆が塗られており高級感を感じさせる。
(煌びやかな建物……後宮みたい)
「よし、じゃか夕飯にしようかの。今日はたまたま作りすぎてしもうたから桃玉の分もある。たくさん食べておくれ」
「桃婆さん、ありがとうございます」
「いやいや」
(手伝いに行こう)
配膳を手伝うべく桃玉は桃婆さんの後ろからついていく形で厨房へと入る。
「おやまあ、手伝ってくれるのかい?」
「はい、住まわせて頂けるならこれくらいさせてください」
「優しいのう。やはり仙女の血を引くもの……」
(仙女の血?)
「ああ、いや、なんでもない」
桃婆の語る言葉が喉の奥に引っ掛かった桃玉。彼女の脳裏にはかつて自身の傷を癒してくれた母親の姿がちらりと浮かんでいた。
「あの、桃婆さんは私のお母さんについて何かご存知なのですか……?」
桃玉の問いに、桃婆はギュッと唇を引き締める。にこやかな表情からは打って変わって厳しい表情となった。
「ああ、ワシと同類じゃからな……」
◇ ◇ ◇
その頃。宮廷にある皇帝の執務室にて龍環は桃玉が作っていた切り絵をずっと眺めていた。
「桃玉……」
あれから龍環は桃玉を後宮に呼び戻す意志を見せたが皇太后と力分により拒否されていた。
後宮の支配者でもある皇太后が強く拒否すれば、皇帝である龍環でさえもどうにもならないのである。
(桃玉がいなくなってから……胸が苦しい。なんだ、この気持ちは……)
この胸の苦しさを表現するのに適切な言葉を脳内で探す龍環。しかし中々良い言葉が出てこない。
「寂寥感? いや、なんか違うな……病的な感じも何かしないし……」
すると桃玉の笑みとこれまで共にあやかしを浄化させてきた記憶が龍環の脳裏によぎる。その瞬間、今まで感じていた頭痛が一瞬だけ引いた。
(あ、まさか……この気持ちは……恋なのか?)
恋という字が自分が求めているのとピタリと合致したような感覚を覚えた龍環。すると頬から熱が放出され紅潮していく感覚と共にどこか後悔にも似たような、そんな複雑な感情を覚える。
(俺……桃玉の事好きなのか? あいつがいなくなった後に気づくなんて……でもこれは契約によるもの。そんな関係で好きになってもいいのか……? でも)
このまま桃玉を放置し続ければ、後悔しっぱなしになるんじゃないか。という結論に達した龍環。
彼はたまたま近くにいた中年くらいの年季の入った宦官に、宮廷の外で桃玉に似た女がいないかどうか調べ出してほしい。と小声で伝える。
「よろしいので?」
「ああ、よろしく頼む。くれぐれも母上と力分には悟られないようにな」
「おおせのままに……」
退出していく宦官の背中を見送る龍環。たとえ皇太后の命令に背いてでも桃玉を連れ戻さないと、このまま胸が苦しいのが続くだけだと彼は考えていた。
(桃玉……頼む、見つかってくれ)
しばらくして龍環の元に、力分と1人の女性が現れた。力分と同じ白髪に青い瞳をした色白の女性は薄紅色を基調とした美しい衣服に身をまとっている。目元はきりっと吊り上がったような目つきで二重。手足は枯れ枝のように細い。
「陛下。お時間よろしゅうございますか?」
「なんだ?」
「はじめまして、皇帝陛下」
女性がうやうやしく礼をする。彼女の纏うどこか妖しい雰囲気を龍環は不思議に感じていた。
「このお方は
(もしかして、力分のきょうだいか親戚か?)
龍環は抱いた疑問をすぐさま力分に投げかけてみると、力分はさようでございます。と返す。力分の笑みにはほんの少し、危険な雰囲気が漂っていた。
(なんだ? このあぶない感じは……)
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