第35話 止まる事無く

「そうでございましたのですね。皇帝陛下からはどのような意見が得られたのでしょうか?」

「有意義な意見は頂きました。私からは何にも言えないですけど、今は早く事件が終息するのを願うのみです」


 女官達からそうですね……。と重い声音での言葉が返って来る。


(こういう空気にしちゃってまずかったかな……でもこう言う事くらいしか話せないし……)

「あ、今日の夕食はなんでしょう!」


 話題を変えた桃玉に、女官達は笑顔を取り戻す。


「今日はなんでしょうねえ」

「五目のおこわとか食べてみたいですねえ……」

(あれ美味しかったんだよねえ……あとは牛肉も食べてみたいし、ああ色々想像してたらお腹空いてきた……)

「あ、皆さんの好きな食べ物って何ですか?」


 桃玉の質問に女官達はお肉や魚介類をあげる。


「なるほど……確かにお肉も美味しいですし、お魚やエビとかイカとかも美味しいですよね」

「あ、私は果物が好きです。特に桃が好きです……!」

(桃……)


 桃玉の頭の中に実家の桃畑と両親と共に食べる桃が思い起こされる。


「私も桃が好きです。幼い頃からよく食べてました」

「そうなのですか?! 私もです! 桃美味しいですよね!!」


 女官は心の底から喜んでいるが、桃玉は複雑に入り乱れた気持ちを抱えている。しかし気持ちを表に出す事無く楽しそうに笑うのだった。

 桃玉は後宮入りしてから、この作り笑いが以前よりも達者になっている。これも後宮という世界にいる事から来ているのだろう。


 翌朝。目覚めた桃玉はゆっくりと架子床から起き上がり女官達からの朝の挨拶を受ける。

 皇太后への朝の挨拶はこの日も中止になっていた。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「朝食の準備が出来ております。召し上がられますか?」

「はい、お願いします」


 朝食の雑炊を食べていた時、部屋の外から女官が慌ただしく移動する足音が聞こえてきた。


「もしかして、また誰か……?」

「見てまいります」


 しばらくして部屋から戻ってきた女官によって、朱龍宮の女官がまた2人、遺体で見つかった事が明らかになった。


「今までと同じように、心臓がくり抜かれていたようでございます」

「そうですか……」

(終わる気配がない。まだ続くなんて)


 桃玉の心は昨日よりかはざわついていなかった。


(もうこの空気に身体が慣れてしまっている。でもこれは駄目だ。気を引き締めないと)

「皆さん、夜誰かが来ても絶対に部屋を開けないでくださいね。戸締まりをしっかりしてください。あと、人通りが少ない場所を歩いたり、ひとりで行動するのを避けるようにしてください……!」


 桃玉は思いついた言葉を何とか繋げるようにして、女官達へ注意を促した。


「はい! 桃玉様!」

(あとは……あやかし祓いに詳しい人を呼んでみようか。龍環様ならご存知だろうか?)


 桃玉は龍環へ文を書こうと文房具一式を取り出した。サラサラと文をしたためると、紙が乾くのを待ってから綺麗に折り畳む。


「あの、皇帝陛下の元へと文を渡しに行きます。どなたか付いてきてください」

「桃玉様。皇帝陛下でしたら、もしかしたら事件が起きた朱龍宮にいらっしゃるかもしれません」

(なるほど、確かにそうかも)


 女官達を伴い文を持って朱龍宮を訪ねてみると、女官の言うとおり、入口すぐの廊下にて龍環の姿があった。


「皇帝陛下……!」

「桃玉か、いかがした?」

「今回の事件を受けて……えと、あやかしに詳しい者をお呼びする事は出来ないかと考えまして」

「……祈祷をお願いしたいという事だな?」

(そういう祈祷もあるんだ。私が生贄に捧げられようとしてたくらいだし、あってもおかしくはないよね)


 桃玉はそうでございます。と返すと龍環は祈祷の計画も練りつつあると告げる。


「桃玉も意見に賛成してくれるんだな?」

「はい……!」

「では、国中から高名な道士達を呼び、大規模な祈祷を行う事にしよう。仮にこの一連の事件が人間の仕業であったとしてもやはり縁起が悪い事には変わりないからな……」

(実際そうだよね。ここまで殺人事件が起き続けている以上縁起はよくない)

「それに、死者を弔う為にも……」


 龍環は早速宦官達に祈祷を行う旨を伝えた。


「準備を頼む。国中から高名な道士の者達を呼ぶんだ。呼ぶべき最優先はあやかしに詳しい道士である事も忘れるなよ」

「仰せのままに……!」

「……ん?」


 龍環が何かの存在に気がついた。しかし気がついたのと同時に頭を抱える。


「ぐっ……」

「皇帝陛下!?」

「桃玉……俺は大丈夫だ。右の部屋にあやかしがいるようだ……追うぞ……!」

「は、はい!」


 龍環は頭を左手で押さえながら、あやかしがいたという部屋に向かう。桃玉は彼を心配しながらも後ろからついていった。

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