第25話 月宴

「月宴ですか?」

「はい。夜の宮中にて月を眺めながら宴を催す行事となります。皇帝陛下だけでなく重臣方もたくさんおいでになりますね」

「なるほど……」

「お妃達は彼らにお酒を注いだり、皇帝陛下や重臣の方々とお酒を酌み交わしたりして親交を深めたりするのでございます」


 月宴は年に2度行われる行事でもあり、宮中内のつながりを強固にする為に執り行われる重要な宴である。前回は悪天候により取りやめとなっていた為、久々の開催でもあった。


「ぜひ参加させてください……!」

「ではそのようにお伝えしておきますね」

「……陛下はご参加できるのか気になりますね」

「そうでしょうね……先ほど宦官から聞いた話だと、だいぶよくなっているみたいだとか」

「そうなんですか。それなら良かったです」

(楽しみだ……でも、あやかしが出ないといいけど)


 桃玉の脳内には水龍表演での出来事が映し出されていた。

 また悪しきあやかしの手により、行事を乱されてほしくはない。と桃玉は考える。


(何事もありませんように……)

「桃玉様、いかがなされましたか?」

「いえ、なんでもありません」


 作り笑いをした桃玉を女官は疑う事無く見ていたのだった。


◇ ◇ ◇


 月宴の時間がやって来た。薄桃色の美しい衣装に着飾った桃玉は女官を引き連れて会場へ入った。夜のうたげという事でお化粧はいつもより明るめに施されている。


「李昭容様だ」

「あの妃が李昭容か……確か農民の出身だと聞いている」

「農民の娘がいきなり九嬪の位に就くとは……やはり皇帝陛下の深いご寵愛を得ているのやもしれん」

「もしかしたら、世継ぎはあの妃が産むかもしれんな」


 重臣達は桃玉を品定めするかのような目つきで見ながら、ひそひそと話し合う。その声は桃玉には聞こえていなかった。

 その後もぞろぞろと佳淑妃をはじめ妃達が会場入りしてくる。


「あ、桃玉」


 張貴妃がぼんやりとした顔つきで会場入りした。桃玉が挨拶をすると、よろしくね。と小さな声を返す。

 参加する妃達が全員そろった所で龍環が宦官達を引き連れて会場入りしてきた。元気そうな様子を見せている龍環を見た桃玉はほっと息を吐く。


(治ったみたい。良かった……)


 玉座に腰掛けた龍環は宦官が注いだ酒の入った黄金の小さな盃を手にすると上へと掲げる。その姿には皇帝の品格と貫禄がにじみ出ていた。


「皆の者。此度はこの宴に顔を出してくれて大いに感謝する。今宵は月を眺め、友と語らい、食を楽しむが良い。では、乾杯!」


 こうして月宴が幕をあげた。会場の大きな窓からは満月が顔を出している。周囲には雲1つ無く、星空も瞬いていてとても美しい夜空を演出していた。

 桃玉はお酒の入った白い陶器の瓶を持ち、あちこちの席を回る。


「李昭容様。お酒のおかわりお願いします!」

「こちらも――!」


 早速重臣から酒のおかわりを注ぐようにおねだりされた桃玉は、にこやかな作り笑いを浮かべながらお酒を注ぐ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。うう――ん、今日のお酒は格別にうまい! これはきっと李昭容様に注いでもらったからでありましょうな!」

「ありがたきお言葉にございますぅ……」

(うわ、なんか変な声出た……てかずっとこんな感じで接待しないといけないのか……これはつらい)

「李昭容様は農民の出だと伺っておりますが、まことでございますか?」


 面長で整ったちょび髭をした中年くらいの重臣が、酒をごくごくと飲みながら桃玉へ質問をする。


(そこ、突かれるか)

「ええ、そうでございます……」

「いやぁ、農民の出身の者が後宮入りしていきなり九嬪の位につくとはねえ……皇帝陛下から熱いご寵愛を頂いて居るものだと」

(そういう契約なんだけどなあ)


 とはいえ、真実を明かす訳にもいかない。桃玉は皇帝陛下の思し召しなので……。とだけ言うのにとどめた。


「お世継ぎ期待しておりますぞ。李昭容様」


 重臣は顔を赤らめながらにやりと語った。


(なんかいやらしい人……)


 そそくさと重臣から距離を置く桃玉。すると玉座に座る龍環からお酒を注ぐようにと指示された。


「はい。ではお淹れしますね」

「あ、これくらいで結構。ありがとう」

「いえ、どういたしまして……」

「はあ……せっかくだ。ちょっと2人で夜風にあたろうか」


 龍環は玉座の傍らに用意してあった灯籠を片手に、もう片方の手で桃玉の腕を掴み、引っ張るようにして何処かへと向かっていく。


「わ、ちょ……」

「よし、ここでいいか」


 たどり着いたのは会場から少し離れた箇所にある小屋のような東屋だった。


「わあ……」


 東屋の大きな窓からは満天の星空が見えた。


「綺麗……」

「2人でゆっくり星を見るのは格別だな……あ」


 龍環が何かを掴み、机の上に置いた。そこにはネズミのようなあやかしがいた。灰色の体色に赤い両目の間には、さらに小さな第三の目がある。


「龍環様、そこにいるのは……」

「あやかしだよ。ネズミみたいな感じで眉間の間に3つめの目がある。すごいかわいいな……」


 あやかしは立ち上がり、桃玉や龍環をまじまじと見つめている。

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