第11話 佳淑妃と皇太后
あちこち廊下を曲がりくねったり、外に出たりした桃玉一行。ようやく朱龍宮に到着するとそこには既にたくさんの妃や女官達が詰めかけていた。
桃玉がその様子を緊張のまなざしで眺めていると、左前方から何やら妃同士の諍いが始まる。
「あなた、私の方が位が上なの分かってるでしょ?」
「でもあなた妃になってからずっと皇帝陛下のお渡りが無いじゃない。私は何回もあるのよ?」
「調子に乗らないでくれる?」
どうやら、どちらが偉いか揉めているようだ。
(関わったら碌な事にならない。無視しよう……)
揉めている妃達をよそ目に、桃玉はさあっと通り過ぎていくと、妃達が桃玉に気づいてしまう。
「あなたが李昭容様ね!」
(うっそ、バレた!)
ギョッと引きつった顔をする桃玉。しかし妃達2人はお構いなしに持論を桃玉にぶつけてくる。
「私は倢伃の位で、その女は美人の位! どちらが偉いかは言わなくてもわかりますよねぇ!?」
「でも! 寵愛は私の方が……!」
無論、倢伃と美人だと倢伃の方が位は上だ。しかし美人の妃は、龍環との夜伽経験のある自分の方が上だと思い込んでいるようだ。
(そりゃあ、倢伃の方の方が上だけど……!)
「わっ、あ、あの……!」
「李昭容様はどう思われます?!」
「勿論、夜伽経験のある私ですよね?!」
(ひっ、怖い――!)
「何をしている!」
後ろから低い女性の声が響き渡った。
「ぢ、
美人の妃がカタカタと身体を震わせる。倢伃の妃の顔もみるみるうちに青ざめていく。
桃玉が後ろを振り返ると、そこには艶やかな紅い装束を身にまとい、宝玉がふんだんに盛り込まれた髪飾りとかんざしで美しく結われた黒髪に猫のようなキリッとした鋭めの紅い瞳、雪のような色白の肌をした背の高い妃・佳淑妃が立っていた。
「もたもたするな! 早く列に並ばんか!」
「はい!」
(淑妃という事は……四夫人! 昭容である私よりも位が上の妃!)
倢伃と美人の妃は素早く朱龍宮の中へと消えていった。
桃玉も慌てて朱龍宮の中へと向かうと、佳淑妃から待て。と声をかけられる。
「は、はいぃっ!」
「貴女が昭容の李桃玉か? 今日後宮入りしたと聞いたが」
「は、はいぃ! はじめまして! 李桃玉と申します!」
慌てふためく桃玉は深々と頭を下げながら、佳淑妃に挨拶をする。佳淑妃はふうっ……。と息を吐きながらじっと桃玉を見た。
「貴女をとって喰おうというつもりなど毛頭無いから落ち着け。今後とも昭容として励むように」
「は、はい……!」
「早くいけ。そろそろ時間だ」
佳淑妃に促されて桃玉と女官達は建物の中に入り、列に加わる。すでにほとんどの妃が指定された位置に立って皇太后が来るのを待っていた。
(思ったより目立つ場所だ……)
昭容という位だけあり、桃玉の位置は前方の目立つ場所だ。指定された位置に立った桃玉はふうっと深呼吸する。
(緊張が止まらない)
「皇太后陛下のおなりでございます」
女官の声が響くと同時に妃達は頭を下げるのを見た桃玉はばっと周りと同じように頭を下げた。
かつかつと鳴り響く靴音は、冷たさを纏っている。
「面をあげなさい」
自らの椅子の前に立つ皇太后の暗く低い声が、広間中に響いた。桃玉は他の妃と同時に頭を上げる。
「皆さん、お疲れ様でございます」
40代の中年女性である皇太后は広間にいる女達の中でもっとも豪華な装いに身を包んでいた。美しく結われた髪には宝石や金で作られたかんざしがいくつもあり、耳飾りに首飾り、指輪も贅沢なものだった。
しかしながら黒い瞳を持つ顔は地味な部類。不細工という程でも無いが群を抜いて美人という訳でも無いし、なんなら龍環とはほとんど似ていない。
(この方が皇太后様、いや陛下……)
「各自、皇帝陛下からご寵愛を受け1日も早く世継ぎを授かるように努力を続けなさい。よろしいですか?」
皇太后からの言葉に妃達ははい! と大きな声で返事した。
(まだ世継ぎはいないんだ)
「さて、今日はどなたが夜伽役に任ぜられるかが楽しみです」
(それ……私です……! てか、もしかしていつもこうして夜伽役だとバラされるの?! 怖いんですけど!)
すると、皇太后の左隣にいた中年位の女官が桃玉をちらりと見た後、小声で皇太后にひそひそと話しかけた。
「そう。李昭容が」
「そうでございます」
「李昭容!」
(うわっ、バレた!)
皇太后が桃玉を呼んだ瞬間、一斉に妃達が桃玉を見た。その視線には殺気と好奇心がそれぞれ入り混じっている。
「李昭容。あなた、今日後宮入りしたようですね?」
「は、はい。さ、さようでございます……」
「なら、この後女官から閨について聞いておきなさい。くれぐれも皇帝陛下のご機嫌を損ねないように」
「は、はい……」
「全く……なぜ皇帝陛下は農民の出である女を昭容に迎えたのか理解に苦しみますね」
(うわっ! やっぱりこうなるかあ……)
「では、皆さん。これで解散と致します。ごきげんよう」
挨拶は終わったが、桃玉とその女官達は皇太后の命により居残りとなっている。
「あなた。皇帝陛下に一体何をしたのですか?」
「は、はい?」
「皇帝陛下へふしだらに迫ったのでしょう? 農民出身の女が昭容だなんていくらなんでもおかしいです」
「や、その……」
皇太后の不機嫌さに満ち溢れた視線が、桃玉を捉えて離さない。
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