第22話 建国祭
デクスターの番いになったジョアンだが、日々の生活はこれまでと何ら変化はない。
毎朝、寝起きの悪い主を起こし、好き嫌いなく食べさせる。
執務の手伝いをし、合間に印を付けてもらう。
二人の関係を知っているのは、国王夫妻のみ。
他にはまだ秘匿しているため、休暇が取れたときにだけ二人は別荘で逢瀬を重ねる。
離宮内で関係を結ぶことはしないと、ジョアンは公私の区別をきちんと付けていた。
番いにはなっても、求婚の返事はまだ保留にしたままだ。
デクスターは、ジョアンから正式に返事をもらった上で公表するつもりだという。
彼を待たせていることは、申し訳ないと思っている。
ジョアン自身も、デクスターと生涯をともにする決意はすでに固まっていた。
それでも返事ができないのは、自身の問題が片付いていないため。
きちんとけじめをつけてからと考えるのは、自分の我が儘だと承知している。
でも、いま解決しておかなければ、今後どのような影響が出るかわからない。
個人的な問題にデクスターを、エンドミール獣人王国を巻き込むわけにはいかないのだから。
ジョシュアは何者かに命を狙われ、犯人は未だ不明のまま。
元婚約者として病に臥せっていることになっているが、その後の扱いがどうなったのかもわからない。
(兄上へ、手紙を書くべきなのか……)
異母兄のダニエルは、ヤヌス王国で要職に就いている。
挙式前にジョシュアが行方不明になったことで、多大な迷惑をかけたことは間違いないだろう。
身を隠した理由も含めて、きちんと説明をする義務があることはわかっている。
しかし、手紙を書けば、ジョシュアが生きていると周囲に知られてしまうかもしれない。
犯人に、再び命を狙われるかもしれない。
暗殺者をこの国へ差し向けられることを、ジョアンは一番恐れている。
公式にジョシュアの死亡が発表されていれば、何もせずデクスターの求婚を受け入れるだけ。
わざわざ、藪をつついて蛇を出す必要はないのだ。
彼の伴侶として、番いとして、この国で生涯を終える。
これが、一番望ましい結果だ。
結論の出ない堂々巡りのまま、ジョアンは建国祭の日を迎えた。
◇◇◇
誕生日パーティーとは違い、建国祭は他国の要人を多数招待した賑やかなものだ。
王弟の側近として、ジョアンには重要な役目がある。
身元が発覚するのを危惧している状況ではない。
そこで、一計を案じた。
長かった髪をこれを機にバッサリと切り落とし、髪色も金髪から茶色に染める。
変装用の眼鏡をかけ、別人に成り済ますことにしたのだ。
見た目を地味にすることで、余計な騒動に巻き込まれないようにするというジョアンの苦しい言い訳を、デクスターと周囲は理解してくれた。
事実、ジョアンは普通にしていても人目に付きやすい。
他国の王女や皇女から目を付けられる可能性も、十分あり得るのだ。
◇
迎賓館で開催されている歓迎パーティーでは、そこかしこに歓談席が設けられている。
各国の要人と共にやって来た随行員同士の重要な交渉の場でもあるため、個室も完備。
そこでは、白熱した駆け引きが行われていた。
王弟であるデクスターは、交渉ではなく要人の接待を担っている。
ジョアンは主に付き従い、必要があれば通訳も務めていた。
デクスターが面会した要人の中には過去に面識のある者も何名かいたが、誰もジョシュアとは気づかない。
面会相手の要人の顔は見ても、従者の顔まで確認する者はほとんどいないからだ。
それに、ジョシュアは病に臥せっていると公表されている。
たとえ顔を見られても、他人の空似と思われる可能性が高い。
変装も、十分役目を果たしていた。
何事もなく、歓迎パーティーはお開きとなった。
「おまえは、本当に様々な言語に精通しているんだな。今日は非常に助かった」
「ありがとうございます」
デクスターには、国で外交に携わる仕事もしていたと告げてある。
それが主の役に立てたのであれは、ジョアンとしても嬉しいこと。
「今から、休憩できるのだろう?」
「はい、面会の予定はすべて終わりましたので。今のうちに、軽く食事をされますか?」
「いや、町の様子をちょっと見に行きたい」
「晩餐会までは時間に余裕がありますので、問題ありません。護衛騎士の手配を、すぐに……」
「必要ない。お忍びで、おまえと二人だけで行くぞ」
「でも……」
「俺が行くと言ったら、行くんだ!」
主の強引さは相変わらずだ。
離宮に戻った二人は平服に着替え、今日は帽子を被る。
馬に乗り、町へ繰り出したのだった。
◇
王都は活気に溢れていた。
この日ばかりは、地方や他国から大勢の観光客が押し寄せてくる。
宿屋や飲食店は活況に湧き、商店は商品の売り込みに精を出す。
ヤヌス王国では馬車からの視察のみで町中に降り立ったことのないジョアンは、店主から次々に声をかけられ熱気に押され気味。
対処に戸惑い目を白黒させている従者を主が助けに入るという、立場が逆転した状況が続く。
「デクスターは、慣れているのですね?」
「昔は、よくこっそり抜け出していたからな」
デクスターが慣れた手付きで屋台から購入したのは、肉の串焼き。
目の前に差し出されたが、皿もフォークもない状態ではジョアンには食べ方がわからない。
串から外そうと手で肉を摘まもうとしたが、熱くて上手くいかなかった。
「こうやって、串から直接食べるんだ」
大きな口を開け、デクスターは豪快に肉を頬張る。
ジョアンも真似してみるが、口の周りにタレがたくさん付いてしまった。
「アハハ! ほら、これで拭け」
「ありがとうございます」
手拭いで口を拭ってから、今度はより慎重に口へ運ぶ。
「美味しいです!」
肉は嚙み応えがあり、濃厚なタレとも相性が良い。
ジョアンは夢中になって食べ進める。
「まだまだ、美味いものはたくさんあるからな。次に行くぞ」
「はい!」
デクスターは、ジョアンを様々な場所に案内してくれた。
焼き菓子が評判の店。
中央広場にある大きな時計台。
武闘大会が行われている闘技場など。
貴族として生きてきたジョアンが庶民の暮らしに触れるのは、初めての経験。
見るもの触るものすべてが、驚きの連続だった。
デクスターが離宮へ戻る途中に立ち寄ったのは、旧城壁が立ち並ぶ場所。
高台から見下ろす町の風景もまた、初めて目にするものだ。
「ここから町を眺めると、国の民ためにもっと頑張らなければと思う。皆が安穏に暮らせる国を持続させ、もっと発展させねばと……」
「僕も微力ながら、この国のために頑張ります」
「おまえが傍にいてくれたら心強い。これからも、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
デクスターは周囲を見回す。
誰もいないことを確認し、ジョアンを抱きしめた。
「デクスター、そろそろ戻りませんと時間が……」
「わかっている。でも、少しだけこうしていたい」
巡回中の騎士や観光客が来るのではないかと、ジョアンは冷や冷やしてしまう。
そんな従者にお構いなしに、主は口づけをする。
外出前に離宮で印は付けてもらったため、今は愛情表現のほうだ。
「今日は、楽しかったか?」
「はい、とても」
「そうか、それは良かった」
デクスターがジョアンを強引に連れ出したのは、町を案内するためだったと気づく。
主の優しい気遣いに、心がじんわりと温かくなる。
愛しい人の温もりに包まれながら、幸せを嚙みしめるジョアンだった。
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