5︰迷惑系配信者との戦い

「ふへへ、じゃあ派手にやっちゃおうか。ほら、これを持って」

「……ごめんね、みんな」


 アヤメは悲しそうな顔をしている。

 当然だ。やりたくもない迷宮破壊をしようとしているんだしな。

 リスナーがそんなアヤメを止めようとしていた。


〈やめろアヤメー! ああ そんなやつのいいなりになんかに〉〈ダメだ希望を捨てるな くそぉ!〉〈もうだめだぁぁぁ〉〈アヤメぇぇぇぇぇ〉

〈やだ見たくない こんなつらいの見たくない〉〈俺達のアヤメが 誰でもいいから助けてくれぇぇぇ〉〈くそくそくそ なんで俺は見ていることしかできないんだ〉


 悲しそうなコメントが並んでいく。

 俺はみんなの気持ちがわかったからこそ、助けようと思えた。


「派手に行くぞ」


 アヤメが爆裂ムカデを手に取り、ライターで刺激する。

 そして、デブのいいなりになって爆裂ムカデを放り投げた。


 俺はその瞬間、先ほど手に入れたアイテム【極寒スライムゼリー】を地面に叩きつけた。

 あまりに冷たさにちょっとした空間なら氷の世界へ変えてしまうほど強力な冷気を放たれる。


 強烈な冷気によって爆発寸前の爆裂ムカデを強制的に冷やし、俺は迷宮破壊を阻止した。

 当然、とんでもない効果だからこのエリア一帯は氷の世界になってしまったが、まあ気にしないでおこう。


「な、なんだぁ~!?」


 突然のことにデブは混乱していた。

 アヤメはというと初めは驚いた様子を見せる。


〈アヤメ、今のうちだ!〉


 そんな彼女を見て俺は配信にコメントを打ち込んだ。

 アヤメはコメントに気づいたのかすぐに状況を把握し、デブはみぞおちを蹴り飛ばした。


 アヤメに蹴られたデブはそのまま倒れ、白猫を閉じ込めていたゲージを落とす。

 その衝撃で鍵が外れたのか、白猫は急いで外へ飛び出した。


「くそ、何なんだよ!」


 よし、上手くいった。あとはこのまま気づかれないうちに退散すれば――

 そう思い、こっそりその場から離れようとしたその瞬間だった。


「お前か!」


 とんでもないことに、俺はデブに見つかってしまった。


 なんで見つかったんだ!

 そんなことを思いつつ、おデブちゃんねるの配信に目をやってみる。

 するとそこには一つのコメントが書き込まれていた。


〈後ろに邪魔した奴がいる〉


 くそ、デブのリスナーか!


 気づかれた俺はすぐに逃げ出そうとした。

 だが、デブは一瞬にして俺の隠れていた岩陰へ移動し、殴りかかってくる。


「喰らえ――【理不尽ストレート】!」

「うわっ!」


 咄嗟に俺は左へ飛び込んでパンチを躱す。

 だが、その拳はとんでもない威力で岩を簡単に粉砕した。


「嘘だろ!」

「この、お前のせいで僕の計画が全部パァじゃないか!」


 デブが容赦なく殴りかかってくる。

 俺は慌てて距離を取ろうとするのだが、また一瞬にして詰められてしまった。


 なんなんだよ、このスピードは!

 いや、違う。当然なんだ。このデブは俊敏性が爆上がりする【疾風シリーズ】を装備している。

 だから俺に追いつくなんて簡単なんだ。


「無駄無駄無駄ぁ~! 僕のスキル【撲殺ナックル】があれば、お前なんて一瞬で八つ裂きさ!」


 くそ、なんつーフィジカルデブなんだよ。

 このままじゃあ本当に八つ裂きにされてしまう。

 アイテムボックスを使おうにも、こんな状況じゃあ落ち着いてアイテムなんて選んでいられない。

 となると、手元にあるもので対処するしかないぞ。


 だけど何がある?

 木刀でどうにかできる相手じゃない。

 かといって他に対抗できるものは――


「死ねぇぇぇぇぇ!!!!!」


 ある。あるにはある。

 だけど俺に使いこなせるのか?

 

 ええい、そんなこと言っている場合か。

 こうなったらやるしかない。


 俺は迫るデブに木刀を投げつけた。

 当然、木刀はデブの右手で簡単に弾かれる。

 だけどそれはブラフだ


「ボックス!」


 わずかにできた時間を使い、スキルを発動させる。


 確認することなく、俺は対抗し得る可能性がある本命を取り出した。

 そう、それは先ほど手に入れた【機巧剣タクティクス】だ。


「どうにかなれぇぇぇぇぇ!」


 俺は手にした【機巧剣タクティクス】を握り、デブへ反撃を試みた。

 だけど、タクティクスを振る前にデブの拳が地面を叩く。

 途端にとんでもない衝撃が俺に襲いかかり、身体が後ろへ飛ばされた。


「何をしようとしたんだ、クソガキ!」


 デブはブチギレながら叫ぶ。

 俺はというと、エリアの境界線となる場所まで身体がぶっ飛ばされていた。

 距離にして十メートルってところだ。結構ヤバい破壊力だよ、あのパンチは。


「くそっ!」


 そんなことよりも、このUUR武器はなんだ。

 ただの剣と変わりがないじゃないか。これじゃあデブに対抗できないぞ。


「万策尽きたか? 尽きたよな? じゃあ、八つ裂きタイムだ。後悔しろ、クソガキぃぃぃぃぃ!!!!!」


 デブが闘牛の如く怒りのまま飛び込んでくる。

 さすがにヤバい! このままじゃあホントに殺される!


「うわぁあぁぁあああぁぁぁぁぁっっっっっ」


 俺は思わずタクティクスを盾にした。

 すると迫っていたデブの拳がタクティクスの刀剣の側面に当たり、そのまま跳ね返してしまう。


「うおっ」


 思いもしないことにデブは驚き、距離を取った。

 だが、冷静になれていないのか「ラッキー野郎め!」と怒鳴り散らしながらまた突撃してくる。


 ヤバい、今度こそ終わった。

 どうしようもない状況に追い詰められた俺は、もう一か八かで攻撃しようと試みる。

 だが、それを止める存在がいた。


『動かないで!』


 そう、ここにはもう一つのイレギュラーが存在する――それは天見アヤメが連れている白猫だ。

 その白猫が、澄んだ声で俺にこんな言葉を放った。


『力を貸してあげるわ』


 不思議な声が白猫から聞こえてくる。

 それはまるで神秘的で美しい声で歌っているかのようなもの。

 その歌に反応したのか、タクティクスが虹色に輝き始める。


「これは――」


 機巧剣タクティクス――それはまだ解明されていない謎多き迷宮武器。

 だからそんな武器を使いこなすなんて、本来の俺にはできないはずだった。

 しかし、タクティクスは明らかに変化をし始めている。

 まるで白猫の歌に応えるかのように、虹色に輝きながらその姿を変えた。


「おおおおおっ、なんだこりゃあ!」


 気がつけばタクティクスは身体をすっぽり覆えるほどの盾に変化する。

 そんな盾を手にした俺を見て、白猫が『構えて』と叫んだ。


「死にさらせぇぇぇぇぇ!!!!!」


 デブが叫びながら理不尽ストレートを放つ。

 俺は迫ってきたデブの拳に合わせるように盾を握り、力を込めて構える。

 すると盾は、いや盾を持った俺はのけ反ることなく放たれたデブの拳を受け止めた。


「んな!?」


 岩をも砕くデブの拳。

 圧倒的な暴力の権化を、盾はしっかりと受け止めている。

 いや、それだけじゃない。徐々にだが、デブの身体が浮き始めていた。


「これはまさか、カウンター!?」


 押し返されたデブは為す術がなく後ろへ飛ばされる。

 それはピンボールのように勢いよく跳ぶと、何度も岩に身体を打ちつけた。

 それはとんでもない衝撃で、見るからに痛そうだ。


「うぎゃあぁあぁぁあああぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」

「な、何が起きたんだ……?」


 気がつけばデブの身体は地面へとめり込んでいた。

 そんなデブを見て、俺は何が起きたのかわからないで立ち尽くす。


 そもそもだが、どうして剣だったタクティクスが盾に変わっているんだ?

 さっきまで何の変哲もない剣だと思ったんだけど……


 俺が疑問で頭を傾げていると、デブが立ち上がろうとしていた。

 しかし、ダメージが大きいのか起き上がることすらできず崩れ落ち倒れてしまう。


 俺はそんなデブを見て、安堵の息を吐いた。


「あー、よかった」


 何はともあれ、どうにかなった。

 あー、よかった。ホント殺されるかと思ったよ。


〈おおおおおおお! デブに勝ったぁぁぁぁぁ!!!!!〉〈救世主だ 英雄だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!〉〈マジかよ! アヤメ無事か!!!??〉〈アヤメアヤメアヤメ〉

〈おいおいおい とんでもないことになってんじゃんか〉〈脳汁出まくったぞ〉〈変態紳士よりヤバいじゃんか〉

〈デブざまーみろ! お前の思い通りになるか〉〈デブざまぁー! アヤメ無事でよかったわ〉

〈というかあいつ誰?〉〈わからん 知ってるやついる?〉〈知らん というかあいつ一つ星じゃん〉〈一つ星って駆け出しじゃねーか〉〈それよりあいつが持ってる武器何?〉

〈盾だな〉〈でもさっき剣の形してた〉


〈あれは確か機巧剣タクティクスだね 世界で二つしか確認されてない超レア武器 私でなければこの情報はわからなかったね〉


〈検索したら出てきたぞ〉〈おい変態紳士www〉


「すごい、バニラが力を貸した。それにあれ、タクティクスだし。あの人は一体……」


 騒動を終え、俺は安心する。

 だけど忘れていた。この場には天見アヤメがいたことを。

 そして、配信者であるデブのカメラがあったことを。


 まさかそれが、近いうちにとんでもないことになる要因になるとは。

 この時の俺は、そんなことを考える余裕すらなかった。


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