17歳。大人の恋始めます。

神楽耶 夏輝

第一章

第1話 すきぴが親友の彼氏になった

 エリカは勝ち誇ったように笑っていた。

 遠山君と付き合う事になったらしい。

 私に責める資格なんてない。

 私が勝手に彼を好きだっただけで、付き合っていたわけじゃないし、エリカが遠山君の事を好きなのも、何となくわかってたし。

 2人は中学から一緒で仲良かったしね。


 私の気持ちなんて元々なかったかのように、エリカは2人で撮ったプリクラの画像を見せて来た。


「この目やばいよね」

 キラキラとしたスクリーンを直視できない。


「うん。別人みたい」

「けどさ、インスタとかに載せるにはちょうどいいと思わない?」

「身バレはしなさそう」


 インスタで彼氏できました宣言でもするつもりだろうか?

 勘弁してほしい。

 死んでもイイネなんて押したくない。


「あ、ごめん。そろそろ行くね」

 エリカは廊下に視線を遣った。

 そこには、すきぴ、もとい、遠山君がいて爽やかに手を上げていた。

 ズッキン、ズッキンと心臓が悲鳴を上げる。


「そっか、頑張ってね」

 渾身の作り笑いを繰り出して、手を振った。


「ましろも早く彼氏作りなよ」


 放っといて。


「うん。頑張る」


「夏は短し恋せよ乙女ってね。17歳の夏、もうすぐ終わるぞ~」

「もう、終わってるよ。暦の上ではもう秋です」

「相変わらず捻くれてる~」

「早く行きなよ。遠山君、待ってるよ」

「うん! じゃあね~、ばいばぁーい」

 大げさに手を振って、派手に巻いた髪を揺らしながら、エリカは遠山君の腕に絡みついた。


 胸糞わるぅ~。


 2人の姿が十分消え失せた頃合いを見計らって、私も外に出た。

 暦の上ではもう秋。

 けれど体感温度はまだまだ夏真っただ中。

 西日に目を細めながら、駅に向かった。


 いつもの風景が、昨日までとはまるで違って見える。

 グレーに沈むアスファルトばかりを視界に収めながら、いつもの道のりを足早に通り過ぎる。


 通学電車で、いつも彼を見かけていた。

 目が合っただけでドキドキが止まらなくて、羽が生えたみたいに体は軽やかになる。

 恋とはそういう物。

「電車一本遅らせてよかったな」

 同じ空間で、二人のいちゃつく姿を見せつけられるという拷問からは免れた。



 夜は益々私を苦しめた。

 恋なんてしなければよかった。

 モヤモヤは蓄積されていくばかり。


 見なきゃいいのに、エリカや遠山君のSNSを行ったり来たりしちゃって。

 けれど、不思議と涙は出ない。

 こう言う時、大声を張り上げて泣けたらどれだけスッキリするだろう。


「ましろちゃーん。ご飯よー」

 部屋のドアをノックしたのは一応、母親。


「いらない」

「いらない? あら、珍しい。具合でも悪いの?」

 珍しいだなんて、知ったような事言わないで。

 私はあなたを母親とは認めていない。

 父親の再婚相手だ。

 勝手にいつの間にかこの家に入り込んで居座った。

 あなたがいつも座っている場所は、ママの場所なんだから。


「開けるわよー」


「ダメ! 入って来ないで」


「あら、そう。テーブルに準備してあるから、お腹空いたら食べてね」


 家にいても落ち着かない。

 思いきり泣ける場所さえない。


 私は、夜の街に繰り出した。


 覚えたての化粧に、大人びた服。

 履きなれないハイヒールで外に出た。


 ほとんどヤケだった。


 ネオンがきらめく夜の街は、開放感であふれていた。

 昼間とは違う匂いをまとった街に、ヒールがアスファルトを叩く音が心地いい。


 通り過ぎる男の人が、じろじろと私を見る。

「君、いくつ?」

 目がパキってて怖い。


「君、いくら?」


 売り物じゃないっつーの!

 急に怖くなって、逃げるように走った。


 突如、視界がぐらりと大きく歪んだ。


 段差にヒールが引っかかって、盛大にこけてしまったのだ。

 したたかにぶつけた膝の痛みに悶絶して、しばしうずくまる。

 痛みと恥ずかしさで顔を上げる事ができない。


「いったーい。もう、バカバカバカバカーーー」

 地面に拳をぶつけながら、心の中で叫ぶ。

 その時だ。


「大丈夫ですか?」

 不意に頭上から声が降って来た。

 私は思いきり首を横に振った。


「いたーい」


 大粒の涙がボロボロとこぼれた。

 惨めだ。

 恥ずかしい。

 見ないで。


 そう思った次の瞬間、体がふわっと宙に浮いた。


 ふと顔を上げると、見覚えのないスーツ姿のお兄さんが立っていた。

 私を立ち上がらせてくれたのだ。


 優しそうで愛嬌のある目。

 誠実そうな口元。

 首元からは、清潔そうなソープの匂いがした。


 本能が訴える。この人は大丈夫だと。


「これ」

 彼はハンカチを差し出した。

 それがトリガーとなり、そのハンカチに顔を埋めて声を上げて泣いた。


 せっかくのメイクはボロボロに崩れてしまってる事だろう。


「こんな時間に、一人でうろつくのは危ないよ。この辺は変な人も多いから」

 そう言って、服に着いた汚れを優しく払ってくれた。


 激痛を訴えた膝の傷は案外大した事はなくて、うっすらと赤くなっている程度だった

 けれど、ハイヒールは壊れていた。

 無様にかかとの部分がふらふらと泳いでいる。


「家はどこ? 送って行くよ」

 彼は、壊れたハイヒールを手に持って、タクシーに手を上げる。


「いや! やめて!」


「え?」


「帰りたくない」


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