第25話 作戦決行
大丈夫。今の私は、どこからどう見ても佩芳様よ。
言い聞かせるように、何度も心の中で呟く。実際、先程見た鏡に映った小鈴は、完全に佩芳の姿をしていた。
仕草も口調も、飛龍のおかげで本物に近づいたはずだ。
まずは、梓宸さんを探さなくちゃ。
◆
鳥たちが教えてくれたおかげで、梓宸を見つけることができた。
梓宸がいたのは、豊穣宮近くにある小さな池の傍だ。梓宸は佩芳と同じく豊穣宮に暮らしているらしい。
豊穣宮は、主に皇族の男子が住む場所。そこに住んでいるなんて、かなりの好待遇よね。
「梓宸」
名前を呼ぶと、梓宸はすぐに振り返った。佩芳に化けた小鈴を見つめ、梓宸が柔らかく微笑む。
「おかえりなさいませ、佩芳様」
この人、こんな優しい顔もできたの?
びっくりして目を見開きそうになるが、必死に我慢する。今、小鈴は佩芳なのだ。梓宸の笑顔なんて、見慣れているに違いない。
「ああ」
「翠蘭様とは、いい時間を過ごせましたか?」
「ああ。……翠蘭も、楽しそうにしていた」
ぼろが出るのが怖いから、あまり余計な話はしたくない。でも、口数が少なすぎると怪しまれてしまうだろう。
「……翠蘭に、飛龍と仲直りしろ、と言われてしまった」
飛龍の名前を出して、梓宸の様子を窺ってみる。
今日、翠蘭と佩芳がなにを話しているか知らないのは梓宸も同じだ。この話題なら、嘘だと見抜かれる心配がない。
翠蘭様が二人を仲直りさせたがっていることだって、嘘じゃないしね。
「翠蘭様が?」
「ああ」
「あの侍女の影響でしょうね」
間違いなく小鈴のことだろう。動揺を悟られないように、さりげなく梓宸から視線を外した。
「佩芳様。前にも言いましたが、あの侍女はさっさと追い出すべきです」
大股で近づいてきて、梓宸が佩芳の顔を覗き込んできた。力強い眼差しに気圧されそうになるが、しっかりと見つめ返す。
「いくら、飛龍様や翠蘭様が彼女を気に入っているとはいえ、あの女は危険です。確実にあの女は、なにかあります」
なにかある?
そんな言い方をするってことは、私が半妖だって確信してるわけじゃないのかな。
「佩芳様がやりにくいと言うなら、私が追い出してもいいんですよ」
「……いや、いい。あんな小娘、たいした邪魔にもならないだろう」
「佩芳様がそうおっしゃるなら、構いませんが」
梓宸は不満そうな顔で息を吐いた。
何も言ってこないってことは、ちゃんと佩芳様を演じられているってことよね?
とりあえず、作戦は順調だ。だが、ここからが問題なのだ。
どうにかして、皇帝が倒れた時の情報を聞き出さなければならない。
佩芳が知っていることを改めて尋ねれば、確実に怪しまれてしまう。自然に、梓宸の口から語らせるしかない。
「そういえば、翠蘭が父上の見舞いにきたいと言っていたな」
「……翠蘭様が?」
「ああ」
皇帝は意識を失い、現在は一日中部屋で眠っている。中に入ることができるのは、佩芳から許可された者だけだ。
貴族たちからの見舞いの要望も、基本的には断っていると聞いている。
翠蘭様が見舞いをしたい、なんて言い出すかは分からないけど……梓宸さんだってきっと、それは分からないはず。
翠蘭との雑談の中で、二人がそれほど親しくしているわけではないことは確認済みだ。
「どう思う?」
「別に、許可してもいいと思いますよ」
予想通りの答えだ。
翠蘭が皇帝に危害を加えるとは思えないし、翠蘭が皇帝の様子を見たところで、病の原因など分かるはずがない。
でも、私だったらどう?
ただの人じゃない私に見られても、問題ないって言いきれる?
「あの侍女が、翠蘭と共に見舞いにくる可能性もあるぞ」
一瞬で空気がかたまった。
「……それは困りますね」
「だろう? 俺も同意見だ。そうなればまずい」
梓宸の言葉に動揺していないふりをして同意する。だが、小鈴の心臓は爆発寸前だ。
私がきたら困るってことは、やっぱり梓宸さんが陛下の病に関係しているってことだよね。
「やはりあの女は、始末すべきです」
躊躇いなく梓宸は断言した。一切迷いのない瞳にぞっとする。
梓宸は覚悟の決まった目をしている。
佩芳がやれと言えば、きっとすぐに私の命を奪おうとするに違いない。
「佩芳様が即位なさる前に、憂いの芽は全て抜いておくべきでしょう」
佩芳様が、即位?
そりゃあ、今の状況なら、いずれはそうなるだろうけど……。
「その日は、もうさほど遠くありませんよ」
まるで、陛下がもうすぐ死ぬとでも言っているみたい。
もしかして、本当にそうなの?
皇帝は今、意識を失っている。ずっと目を覚まさなければ、そのうち命を失ってしまうだろう。
でも、梓宸さんが、いつかの未来を言っているような気はしない。
……ひょっとして陛下が飲んだ毒は、そのうち死に至る毒なの?
「大丈夫ですか? 佩芳様、顔色が悪いですよ」
「問題ない」
「ですが、早くお休みになられた方がよいのでは?」
「……かもしれないな。ありがとう、梓宸」
そう答えた小鈴が立ち去ろうとした、その瞬間。
あの時のように、全身が硬直してしまった。
「まさか、佩芳様に化けるとは。どうやら貴女は、かなりの力を持っているようですね」
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