闇属性の兄を助けたら魔力がなくなり、王太子候補から外された・BL【全編改稿・全年齢版・完結済】

まほりろ

第1話「第四王子エアネスト」



僕は走っていた。


ワンピース式のパジャマの裾が木の枝に引っかかり、音をたて裂けた。


裸足が土で汚れ、小石を踏むたびに小さな傷を作る。


だけどそんなことは今の僕にはどうでも良かった。


「ヴォルフリック兄様……!」


兄様が囚われている牢はもう目の前だ。


早く、早く、早く……!


一秒でも早く兄様の所にいかなければ!




◇◇◇◇◇




「おはようございます、殿下」


カーテンレールの音。


知らない人の声。


カーテンの隙間からふりそそぐ朝日。


ふかふかのベッド。


ん? 知らない人の声? 殿下?


殿下って一体誰のこと??


僕が目を開けると……そこは見覚えのない部屋だった。


天蓋付きのベッド、シャンデリア、なんか外国の映画で見たことがあるような猫足の豪華な家具……。


どこだここは……??


僕の部屋は、ごく普通の六畳の洋室だったはずだけど……。


ここはいったい?


取り敢えずベッドから体を起こそう。


ベッドサイドに黒いワンピースの上に白いエプロンを付けたメイド服の女の子がいて、僕をじっと見つめていた。

 

僕がベッドでキョロキョロしてたから不審に思われたかな?


「誰……?」 


僕は彼女が何者なのか知りたくて、自然と声を出していた。


自分のものとは思えない、高い声が出た。


声変わり前のボーイソプラノ。


でもこの声どこかで聞いたことがあるような?


「メイドのエリザでございます。

 エアネスト殿下」


「エリザ……?」


メイドの名前には聞き覚えはない。


だけどエアネストという名には聞き覚えがあった。


僕はベッドから飛び起き、壁の姿見に駆け寄った。


「…………っ!」


鏡に映った自分の姿に、僕は息を呑んだ。


肩まで伸びたプラチナブロンドの髪に、濃い青い目、あどけなさが残る顔。


鏡には女の子と見まがうほどの超絶美少年が映っていた。


この顔には見覚えがある!


ゲーム「宝石箱の王子様〜愛をささやいて〜」の登場人物エアネスト・エーデルシュタインだ!


「宝石箱の王子様〜愛をささやいて〜」は攻略対象の王子と仲良くなり、魔王を倒しに行くRPG要素のある恋愛シュミレーションゲーム。


エアネストは、エーデルシュタイン王国の第四王子でヒロインの攻略対象の一人。


ゲームのヒロインはソフィア・ホフマン。


ソフィアは、ホフマン公爵家に嫁いだ国王の妹の子供。


つまり王子である僕のいとこだ。


攻略対象は僕を含むエーデルシュタイン王国の王子四人。


第一王子ワルフリート、二十八歳。


脳筋ゴリラ。


敵のデバフ攻撃には100パーセントかかる。


彼は通常状態だと攻撃をミスしてばかりいる。


だが混乱状態だと100パーセントの確率で会心の一撃を連発し、全部味方に当てる。


彼に全滅に追いやられたプレイヤーは数しれず。


その上デバフを防ぐ装備は、クリア後にしか手に入らない。


「ワルフリートと旅するなら一人旅の方がマシだ!」と言われる不遇キャラだ。


第二王子ティオ、二十六歳。


嫌味な皮肉屋のインテリキャラ。


性能はよくも悪くも普通。


第三王子のヴォルフリック、二十二歳。


彼の母親は精霊と人間のハーフ。


彼女は魔王に誘拐され、彼の子を宿してしまった。


彼女はその事を誰にも言わずに亡くなる。


だから彼は王の子として平和に暮らしていたんだけど……。


九歳の時に魔王により髪と瞳の色を黒く染められてしまう。


その後は托卵された事に気づいた国王により、牢屋に入れられてしまった。


彼を仲間にするには、ヒロインのソフィアが一人で旅をして、魔王城まで辿り着かないといけない。


そして僕が転生したのは第四王子のエアネスト、十八歳。


攻略対象の中で一番魔力が高く、成長速度が早いので、初心者がよく使うキャラだ。


エアネストの顔は年齢より幼く、声も少し高い。


ゲームでも一、二を争う人気キャラだ。


ちなみに、ワルフリートとティオは第一王妃の子で、ヴォルフリックは第二王妃の子で、エアネストは第三王妃の子だ。


まさか僕がゲームや漫画のキャラの中で一番顔が良いと思っていた、エアネストなってるとは……。


これはあれかな?


小説や漫画でよくある異世界転生ってやつ?


確か僕の前世はゲームや漫画が好きな普通の高校生で、事故で死んだはず。


そう思い出したとき、僕の前世の情報とエアネストととしていきた現世の情報が頭の中に急速に流れ込んできた。


「うぇ……」


あまりの情報量にめまいがして……立っていられなくなった。


「大丈夫ですか!

 エアネスト殿下!!」


メイドのエリザが近寄ってきた。


「だ、大丈夫……だよ」


ちょっと頭がくらくらしたけど、しばらく休んでいたら記憶が定着したみたい。


今の僕は前世の僕の人格をベースに、エアネストとして生きた十八年の記憶がある状態だ。


これならこの世界にも溶け込めるだろう。


色々と思い出したので、ちょっと情報を整理しておこう。


この世界では、金髪と青い目の者は高い魔力を持つと言われている。 


明るい色の金髪が一番よくて、暗いブロンド、明るい茶色、濃い茶色になるほど魔力が少なくなる。


瞳の色は濃い青が一番よくて、水色、緑、黄色、茶色の順番で魔力が少なくなっていく。


ちなみに魔力なしは灰色の目をしている。


イレギュラーなのは銀の髪に紫の目と、黒い髪に黒い目の者だ。


銀髪紫眼は精霊と精霊の血を引く者にしか現れない。


そして黒髪黒目は魔族の象徴だ。


明るい金髪と濃い青い目を持つ者には、光属性の魔力が宿ると言われている。


僕はプラチナブロンドの髪に濃い青い目に生まれた。


魔力の属性は当然光。

 

だから第四王子ながら王太子の最有力候補と言われている。


ヒロインのソフィアも、プラチナブロンドの髪に濃い青い目の持ち主で、光属性の魔力を持っている。


ワルフリートとティオも、エアネストやソフィアに比べれば微々たるものだけど、光属性の魔力を持ってる。


僕とソフィアが結婚したら、どれほど高い魔力を持つものが生まれるのかと、周囲は期待している。


だけど僕はソフィアと結婚する気はない。


僕の推しカプは、第三王子のヴォルフリックとソフィアだ。


さっきもざっくり説明したけど、彼の母が魔王に誘拐された時にできたのがヴォルフリック。


魔王の目的は精霊の血を引く女に自分の子供を産ませ、光属性の魔力を持つ者が多く生まれる王族の中で育たせること。


そうすると、光属性に耐性のある子に育つ。


だから魔王はひっそりと第二王妃を拐い、彼女の中に自分の子種を残し、ことが済んだら彼女を城に返した。


第二王妃は魔王に拐われた事を周囲に隠し、魔王の子を産むとすぐに息を引き取った。


だから彼が生まれたときは、彼が魔王の息子だとは誰も思わなかった。


それはヴォルフリックが生まれた時は、彼女の母譲りの銀髪に紫の目をしていたからだ。


それはこの世界ではとても珍しい色で、第二王妃とヴォルフリックの銀色の髪と紫の瞳は、精霊の血を引く何よりの証だ。


ヴォルフリックの母親は、精霊の血を引いていたので第二王妃にと望まれた。


そのせいで彼女は魔王にも狙われたんだけど。


我が子の成長を見守ることも出来ずに亡くなった第二王妃は、悲劇的な運命の元に生まれた女性だと思う。


幼少期のヴォルフリックは、その珍しい髪と目の色から、王をはじめ王宮の皆から寵愛ちょうあいを受けていた。


ヴォルフリックが九歳のとき、彼の髪と目の色が黒くなるまでは……。


九歳になったヴォルフリックの前に魔王が現れ、彼の髪と瞳の色を黒く変えていったん。


「お前は我の子だ………! 

 その髪と瞳の色が何よりの証……!

 忘れるなそれがお前の本当の色だ……!」


このとき魔王がヴォルフリックを連れ去らなかったのは、彼を王国に残すことに意味があったから。


黒髪黒目になったヴォルフリックは人々から忌み嫌われる。


そうしたとき、彼の中に人を憎む心が生まれる。


ヴォルフリックの中に人を憎む心が大きく育ってから、魔界に連れて行こうと企てるなんて……魔王ってほんとに性格が悪い。


ヴォルフリックの髪が黒くなったことで、国王は彼が自分の子ではなく、魔王の子であると知った。


そして国王はヴォルフリックを地下牢に閉じ込めた。


国王がヴォルフリックを殺さなかったのは、彼の中に精霊の血が流れていたから。


精霊の血を引くヴォルフリックを殺して、精霊に報復されることを恐れたんだ。


国王は世間には病にかかったヴォルフリックを、塔に隔離したと嘘をついた。


それから月日が流れ………ヴォルフリックが二十二歳のとき事件が起きる。


王国には半年間雨が降っていなかった。


雨が降らないと農作物が育たない。


人々はその不満をぶつけるはけ口を探していた。


地下牢の番人が漏らした……「王宮の地下牢に黒髪の不吉な男がいる。雨が降らないのはそいつのせいだ」と……。


人々はその噂を信じ、いきり立った。


民衆が鍬や鎌を手に城に押し寄せ、地下牢を襲撃した。


人々はヴォルフリックを袋叩きにして城から追い出した。


命からがら逃げ延びたヴォルフリックは人間を恨み……闇落ちした、


そして魔王の傘下に入ってしまうんだ。


闇落ちしたヴォルフリックを救えるのは、ソフィアがヴォルフリックルートに進んだときのみ。


まずソフィアが一人で旅をして魔王城に行く。


ソフィアがヴォルフリックを倒し、「とどめを刺せ」という彼に口づけし、自分の光の魔力を全部ヴォルフリックに与えること。


そうすることで、ヴォルフリックを闇の魔力から解放される。


闇の魔力から解放されたヴォルフリックは、銀髪に紫の目に戻る。


ソフィアは光の魔力を失い、濃い茶色の髪に灰色の目になってしまう。


この世界では魔力がないと、周りから蔑まれる。


そんなリスクを払ってまで自分を助けてくれたソフィアに、ヴォルフリックは惚れ、彼女を一生守ることを誓う。


一度闇落ちしたヴォルフリックは王国へは帰れない。


魔力を失ったソフィアも故郷へ帰ることを望まなかった。


二人は手を取り合い、新たな世界へと旅立っていく。


ヴォルフリックルートは大好きで、何回もプレイした。


ちょっとクールで近寄りがたいところはあるけど、不幸な生い立ちのあるヴォルフリックは僕の一推しキャラだった。


という訳で僕はこの世界でもソフィアとヴォルフリックの恋を応援しようと思う!


ワルフリートも、ティオも、エアネストも、ソフィアと結婚しなくても他の誰かと結婚して幸せに暮らせる。


だけどヴォルフリックはソフィアと結婚しないと、闇落ちしたまま死ぬしかない。


僕は彼にそんな死に方をしてほしくない!


せっかく大好きなゲームの世界に転生したんだ!


推しカプのイチャイチャを側で堪能しよう!


それが出来ないなら、せめてヴォルフリックの命を助けよう!


そうと決まったらさっそくソフィアとコンタクトを取らないと!


ソフィアがまだ誰のルートにも入っていませんように!


「ねぇエリザ。

 いとこのソフィアって今どうしてるかな?

 連絡を取りたいんだけど元気にしてるかな?」


僕はそれとなくソフィアの現状を、エリザに尋ねてみた。


「ソフィア様なら先月隣国の王太子コーエン殿下と結婚されましたよ。

 そんな大切なことを忘れたのですか?

 エアネスト殿下、やはりまだ体調が悪いのでは?」


「そうか、そうだったよね!

 ちょっとど忘れしただけだよ」


コーエンは隣国リヒター王国の王太子。


彼はDS版には出てこない。


スマホに移植された時に追加されたキャラだ。


「攻略対象がいとこしかいないのはおかしい!」というファンの声を受け、追加されたキャラだ。


えっ? でも待って! 結婚するのが早すぎない? 


ソフィアはぼくと同じ十八歳。


ソフィアが誰かと結婚するのは、二十歳を過ぎてからだったはず。


もしかしてこの世界のソフィアは僕より年上なのかな?


「エリザ、今からおかしなこと聞くけど気にしないで答えてほしい。

 ソフィアって今いくつ?」


「ソフィア様は今年十八歳になられました。

 ソフィア様は殿下と同い年です。

 お忘れになられたのですか?

 やはりエアネスト殿下、お体に不調があるのではありませんか?

 医師に診て頂いた方が……」


「大丈夫だよ!

 元気だから!

 ついど忘れしただけ……!」


ソフィアは僕と同じ十八歳だった。 そんなに早く結婚したの?


前世の日本だと十代での結婚は早いけど、この世界だと普通なのかな?


それはそれとして、困ったぞ。


ソフィアなしでどうやってヴォルフリックを助けよう?


ヴォルフリックを救うには、ソフィアが彼に口づけするしかない。


だけど彼とキスしたら、ソフィアの魔力が空になる。


ソフィアはすでに人妻だ。


他人の為に自分の魔力を与えたりしないだろう。


それに下手にお願いしたら、リヒター王国と戦争になりかねない。


困った。早々に詰んでしまった。


どうやってヴォルフリックを助けよう?


「エアネスト様、少し風に当たられてはいかがですか?」


僕がうんうん唸っている事を心配したエリザが、窓を開けてくれた。


「きゃぁっ!!」


エリザが窓の外を見て悲鳴を上げた。


彼女の顔色は真っ青だった。


「どうしたの!?」


彼女の様子から察するに、ただ事ではなさそうだ。


僕はすぐにエリザの傍に駆け寄った。


「あっ、あれを……!」


エリザが窓の外を指差す。 


「うわっ!」


窓の外を覗き込み、僕はぎょっとした。


鍬や鋤を手にした民衆が城内に侵入していたからだ。

 

ざっとみたところ百人はいる。


僕はこの光景に見覚えがあった。


「エリザ!

 今日って何月、何日!?」


僕はエリザの肩を掴み問いただした。


彼女の体はガタガタと震えていた。


「大事なことなんだ!

 答えてくれ!

 何月何日なんだ!」


「はっ、八月一日です」


震える声でエリザが答えた。


八月一日……!


僕が今十八歳だから、ヴォルフリックは二十二歳!


雨が降らない事に怒りを覚えた民衆が押し寄せてきて、地下牢にいるヴォルフリックを袋叩きにし、城から追い出す日だ!


「教えてくれてありがとう、エルザ!

 危ないから君はここに隠れていて!」


僕はエルザにそう言い聞かせ、部屋を飛び出した。


「どちらに行かれるのですか?

 危険です! 

 お戻り下さい!

 エアネスト殿下……!!」


僕を呼び止めるエルザの声が、遠くから聞こえる。


ヒロインのソフィアはすでに他の人と結婚している。


今日ヴォルフリックが闇落ちしたら、彼を助けられる人がいない!


彼が闇落ちしたら、殺すしかなくなってしまう!


そんなのは嫌だ!


彼が民衆に袋叩きにされる前に地下牢から逃がさなきゃ!


ヴォルフリックの闇落ちを防ぐには、これしか方法がない!


僕は走る速度を早めた。




◇◇◇◇◇◇




少しでも面白いと思ったら、★の部分でクリック評価してもらえると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る