エピローグ あの空へ


 ノヴァリア空軍機の迎撃を受け、ベルヌーイ空軍はほとんど壊滅した。

 大熊が彼らにウルフが惹きつけるので、近接攻撃をしかけろと助言したらしい。そのおかげで島から離れたところで撃墜でき、ヴァルハル島も救われた。

 それでも、数機のベルヌーイ機が逃げ延びたのは、彼らが精鋭だった証だろう。


 ジョーは敵を落とせなかったものの、互角の戦いを繰り広げ、なんとか生還したようだ。

 ウルフは速度を落として彼を待った。


「今回の助太刀には感謝する」


 <お前の腕は確かに悪くない>


「それはそっちも――」


 だが、ジョーはウルフのドラケンの横を勢いよく通り過ぎると、いつもよりも低い声で告げた。


 <だが、てめぇのやり方じゃてっぺんには立てねぇ。

 次に会うときは、茶番は無しだ>


 ジョーのコルセアは豪快にバンクすると、彼方へと消えていった。

 一人残されたウルフだったが、入れ替わるように、周りを別の機体で囲まれた。


「最後の最後まで野良犬のような奴だった、

 だが、今日のところは礼を言いたかった。


 こちら、ガーディアン隊。君の助力に感謝する!英雄を敬意と共に送り届けよう」


 旧世代戦闘機のドラケンを囲むように、現代戦闘機のヴァイパーが終結する。

 それはまるで、退役する兵士を見送る盛大なセレモニーのようだった。


 ◇


「ドラケンで大佐が事故を?」


 ウルフがコルサックに戻ってくると、先に空港に降りていた大熊からねぎらいの言葉をかけられた。そして、大熊の過去、すなわち戦闘機パイロット時代の話を聞かされていた。

 今でこそ、斜に構えた皮肉屋だが、若き頃の大熊は空への情熱に満ちた戦闘機パイロットだったと言う。

 だが、同期たちとの激しい出世争い、そして、自己アイデンティティの確立に苦しみ、飛ぶことに集中できなくなった。


 ある昇進試験での帰還時、大熊は試験結果が芳しくなかったことから、着陸の際、苛立ちながら荒っぽく制動した。

 ピーキーなドラケンは、彼の甘い迷いを許さなかった。

 瞬間、ドラケンは縦スピンに入り、立て直す間もなく滑走路に叩きつけられた。

 燃え盛る機体から這い出られたことは大熊にとって幸運だったが、脊髄を損傷し、そこでパイロット生命は絶たれた。


 大熊は表舞台から逃げるように、後方の参謀への道へと進んだ。


「あの頃はドラケンを見るのも嫌だった。

 だが、お前たちと戦いを共にし、そして、今日の戦いでようやく過去について話すことができた。

 言葉にすると、案外、大したことがないような気がするな」


「なるほど。ジョーに昔の自分を重ねていたから、妙にあいつに親切だったのか」


 ウルフが納得してつぶやく言葉に、大熊は頷きかけた後に慌てて首を横に振った。


「何? そんなことはない。

 私はあの野良犬相手には、毅然とした態度だったぞ。

 今日だって、助けたわけじゃない。我々が有利になるよう、利用してやっただけだ」


「利用してやるっていうのは、ジョーも言っていた。

 やはり、似ているな」


「ええい、違うと言っているだろう、黙らないか!

 良いパイロットは体調管理も万全にするものだ、とっとと寝ろ! 」


 そう言うと、大熊はそそくさと去っていた。


 その様子をドラケンが入っている格納庫のほうから、穏やかな笑みを浮かべてフォックスが眺めていた。

 メカニックたちは整備を終えて去っており、二人きりとなっていた。


「あまり、大熊大佐を困らせてはだめですよ」


「思ったことを言っただけだ」


 ウルフはそう言うが、ほんの少しだけ表情が柔らかかった。

 しかし、そのあと少し表情を引き締めて、彼女のもとへと近づいた。


「キーテ、あの黄色連隊の生き残りはどうなった?」


「わかりません。

 レーダー上ではあの後、機影が何度か浮かび上がったものの、最終的にはロストしました。

 推力を失うまで飛び続けていたのか、それとも、水面に浮かび上がった残骸を捉えたのかはわかりません」


「……そうか」


 ウルフはうつむいて考える。

 彼女の口ぶり、性格からすると昔の戦友たちに強く望まれて戦場へと戻ってきたのだろう。

 ある意味、ウルフと同じ境遇だ。

 だが、ウルフの仲間たちは彼を献身的にサポートしたが、キーテは地上で敵を暗殺するという汚れ仕事が命じられていた。


 自分がその立場になっていたかもしれない。あるいは、キーテと出会うのがもっと早ければ、違った結果が待っていたかもしれない。


 何はともあれ、仲間たちに感謝しなければ。

 ウルフがフォックスを見上げると、彼女は顔を朱に染めてじっとウルフの横顔を見ていた。


「ど、どうした?」


「い、いえ、なんでも、何でもないんです!」


 フォックスは慌てたように、手をぶんぶんと振る。

 しかし、思い直したように、彼女はつぶやくように言った。


「髪にゴミがついてて」


「さっきまでヘルメットをかぶっていたのに? この辺か?」


「動かないで! じっとしていて、そのまま前を向いてて。

 私が取ってあげるから」


 ゴミを取るのに、何故にそこまで顔を赤らめる必要があるのかと疑問を感じつつもウルフは前を向いて、じっとする。

 フォックスの吐息を感じられるほど、彼女の顔が近づいてきたとき、ウルフは前にも似たようなことがあったことを思い出した。


 その時の恥ずかしい記憶を思い出し、ウルフは反射的にフォックスのほうを向いた。


 目の前には、フォックスの驚いた顔があった。

 そして、唇どうしが触れ合った。

 驚いて、顔を真っ赤にしたフォックスだったが、彼女は眼を閉じて、そのまま十秒ほどウルフに身を寄せた。


 その後、二人は羞恥心を思い出したかのように、ばっと身を離した。


「ああ、悪い。今のは、その、今のは……事故だ」


「わ、悪くはなかったです!」


「は?」


 ウルフは大変動揺した。

 一方のフォックスも立ち上がり、落ち着きなくグルグルとその場を歩き回った。

 彼女は勇気を振り絞って、ウルフの頬にキスを試みた

 だが、予想外、予想以上な結果になった。


 彼女は顔を真っ赤にしたまま、唇を尖らせ、そっぽを向いた。


「ウルフが悪いんです……。

 他の女の人のことばかり喋るから……」


「?

 それは悪かったな……?」


「悪いと思っているのなら!

 今日の夜、連れて行ってください!」


「ど、どこに?」


「ディナーです!」


歩き去るかと思われたフォックスは、立ち止まってふりかえり、微笑んだ。

既に空には日が昇っていた。






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