作戦会議
満腹になったぼくらはデザートを食べることもなく、すぐさま作戦会議に移った。
進行を務めるのは遙香さんだ。
「夏奈についたウソの中にはね、わたしたちの交際はみんなに隠している、というのもあるの。
徹くんたちがわたしたちの交際を知らないのも、無理はないわね。
だって、わたしたちの交際は誰にも知られていないんだもん」
「自分がついたウソを平然と言いますのね、あなた……」
詩織さんは心底あきれたように天を仰いだ。
「おまけにそれが真実だと言わんばかりの口調だしね」
そう言う環奈は遙香さんを一瞥すると、グラスに入ったオレンジジュースを一口飲んだ。
「お前、人から『性格が悪い』とよく言われるだろう? いや、絶対にそう言われているはずだ」
そう徹は自分で言って、自分で大きくうなずいた。
当の遙香さんはというと、彼女はどこ吹く風といった様子で、グラスの中のアイスティーを、スプーンでぐるぐると円を描いていた。
「きみたち、作戦会議に関係のない話はしないようにな」
ぼくは咳払いをすると、三人をたしなめた。
するとそのとき、茜が「え!」と大声を上げた。
何事かと、ぼくらが茜に目を向けた瞬間、彼女は言ってはいけないことを言ってしまう。
「前々から思っていたけど、遙香ちゃんって性格ブスなの?」
場が凍る。
まるでぼくらのいる場所だけが、気まずさの宇宙に放り込まれてしまったかのようだった。
「……きみたち、遙香さんを傷つける言葉は言わないようにな」
ぼくは苦し紛れにそれだけ言った。
遙香さんは必要以上に咳払いをすると、先ほどの話に戻った。
「なので、徹くんたちの役割は簡単。わたしたちの交際を夏奈に訊かれても、『知らなかった』と答えるだけよ」
そのとき、詩織さんが「ちょっと待ってください」と発言した。
「あなたはひょっとして、わたくしにもその役割を押し付けるつもりですか?
わたくしはですね、あなた方の監視という役割があるのです。それを放棄するなど、わたくしには考えられません」
「だったら、今すぐここから消えてくれ。
この作戦会議の発言権は、一致団結した者たちにしか許されない。よって、きみには発言する権利がない。とっとと消えろ」
怒りのあまり、ぼくは詩織さんに声を荒らげていた。
たちまち詩織さんはしゅんとなってしまい、さすがのぼくも良心が痛んだ。
さすがに言い過ぎたか、とぼくは反省し、それからすぐに「とは言うものの、きみはぼくらの監視役だ。というわけで、きみの場合は中立で頼むよ」と言葉を付け加えた。
詩織さんはこくんとうなずき、それから「少々でしゃばりすぎましたね。申し訳ありません」とぼくらに頭を下げた。
うっすらとだが、詩織さんの目には涙が浮かんでいて、ぼくは心の中で詩織さんに土下座をして謝った。
先ほどとは違う気まずさに陥ったぼくらだが、遙香さんは咳払いをすることもなく、落ち着き払った様子で話の続きに戻った。
「けれどこの作戦だけでは、いずれ夏奈にウソがばれてしまうことでしょう。
なので、わたしは第二の作戦を立てることに決めました。それはこうです。
――わたしの恋人の翔くんは、重要な記憶をすぐに忘れてしまう病気を患っている。……なるほど、我ながら立派な作戦ですね」
遙香さんはうんうんとうなずくと、ぼくの同意を得るためか、こちらの顔を見ながらうなずいてきた。
冗談じゃない。
ぼくは必死に抗議をしたが、こちらの抗議はすべて無視され、ぼくはしょんぼりとした。
ぼくがしょんぼりとしているあいだにも、彼女たちの話は進んでいた。
「おれたちの役割は、翔の病気を肯定すればいいのだな」
「申し訳ありませんが、わたくしは中立の立場を取らせていただきますわね」
徹と詩織さんの言葉を聞いた遙香さんは、満足した様子でうなずいた。
「ちなみにわたしと翔くんだけのプライベートな写真はないから、そこはうまい具合にとぼけましょう」
「それで、次は何かしら。次こそ、恋愛反対運動にふさわしい作戦を立てましょうよ」
環奈は眠いのか、それともこの作戦会議に飽きてきたのか、大きなあくびをしてから、そう冗談交じりに言った。
遙香さんは苦笑すると、首を左右に振った。
「環奈には悪いけど、この作戦会議は低レベルの作戦会議なの。
だから次の作戦を聞いても、環奈の眠気は覚めないと思う」
「むしろ低レベルすぎて、逆に目が覚めるかもな」
徹の冗談を聞いて、すかさず茜が「えっと、結局わたしたちがしている作戦会議には、カフェインって入っているの?」とぼくらに本気で訊いてくる。
当然、ぼくらは茜の言葉をスルーした。
「とんでもなく話が脱線しちゃったけど、次に行きます」
遙香さんの言葉で、ぼくらは気を引き締めるように神妙な面持ちで黙り込んだ。
それに釣られたのか、遙香さんも神妙な顔付きになる。
そんな彼女は眠気も覚めるようなことを言い出した。
「四年前の二〇一七年三月三十日、わたしと翔くんは近所の公園、星空公園で運命的な出会いをした……これは夏奈についたウソのひとつなんだけど、半ば本当の出来事なの。
といっても、本当なのは出来事のことで、運命的な出会いをしたというのはウソだから、そこはよろしくね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます