2.五分咲き
姉が亡くなった後、私は義兄であるルミナトゥスと結婚した。
姉の葬儀を終え、陛下がピウストゥス(グラナド)を認知し、世間は騒いでいた。
ザンドナイスの大叔父が、家(カオスト邸とは、別の、郊外の屋敷。)に急にやってきた。そして、突然に、まだお茶すら用意していないのに、
「ルミナトゥス陛下と、再婚して貰えないか?」
と切り出した。
お茶がまだで、良かった。ポットを取り落としたり、カップが割れたりしなくて、本当に。
「ルミナトゥス陛下には、国王を続けて貰いたい。少なくとも、『勇者王』に、今、引退されるのは困る。」
「…突然ですね。」
「君が相手なら、前置きはいらないだろう。理由はいるかな?」
「いえ。わかりますから。…陛下は?」
「話が早くて助かるよ。『ガディナ姫が嫌でなければ、喜んで。彼女とは似た所も多いし、うまくいくと思う。』との事だ。」
私は、「似た所」が、「愛する人を失った」であれば、ヨルガオードの二の舞(彼を責めているのではなく、お互い、簡単に考えすぎていた所があった。)では、と思った。だが、話を受けて会いに行くと、
「貴女とは、意外に意見が合うことが多かった。」
「こう言ってはなんだが、王族という立場で、よい意味で『理想主義』と『現実主義』のバランスのよい方は貴重だ。」
等と言われた。
結局、私たちは、結婚する事になった。
それに、もし陛下が直ぐに引退するとなると、大叔父の言うように、後継者に困る。グラナドは産まれたばかりで、出生は世間を騒がせている。
だが、彼を飛び越えて、私、ということになれば、私に政治の実績がなく、ザンドナイス公爵に後継者がいない事も考えると、カオストの叔父一人に権力が集中してしまう可能性がある。それを危ぶむ勢力は少なくない。かといって、私がまた再婚するとして、直ぐに「勇者王」をしのぐ相手を見つけるのは極めて困難だ。
こう言ってはなんだが、タッシャは論外だ。彼女は、王族としての教育を受けていない。母親の顔を知らない不憫さや、末っ子であることから、責任や義務を重視せず、自由闊達すぎる教育をしてしまった。これは、周囲にも、責任はある。
頭は悪くはないが、興味のあることは熱心でも、関心のないことは、常識と見なされる事でも知識は皆無だ。現に、大人になった今でも、ほとんど公務には携わっていない。
また、さらに飛び越えて、私の娘二人のどちらか、という事になったとする。若年の王の扱いは、補佐を誰が行うか、という問題の他、難しい事が多い。
時代が違うので単純に比較はしにくいが、例えばクリストフ四世は、一定の年齢になるまで公務を免除していたら、「公務」という感覚が抜け落ちた王になってしまい、「史上最も不適切な王」と呼ばれた。治世の間は、戦争も内乱もなく、産業が発展して、国力が飛躍的に上昇したにもかかわらず。
ギュランス十世は、王女カルパニアの許嫁として、子供のころから王としての英才教育を受けたが、成長したカルパニアとは仲が悪くなった。彼女は自分の教育係の一人と恋をし、結婚したがった。これで長い内紛となった。最終的にはカルパニア側が辛くも勝ったが、その時にはギュランス十世もカルパニアも死亡していた。
彼女の夫は、さっさと味方に暗殺されていた。カルパニアの息子カルトゥスは、ギュランス十世の親戚の女性を王妃にし、名前を変えてギュランス十一世として即位し、ようやく収めた。
また、先の二人とは意味が異なるが、三歳で死亡したイオアネス六世もいた。儀式の時に身に付けた装備が重く、祭壇から転がり落ちて、大怪我をし、それが元で短い生涯を終えた。
補佐が必須な者が継ぐのであれば、ルミナトゥス陛下に継続して貰った方が、はるかに良い。
そうこうして、式は翌年の初夏に行われた。夏に産まれた王子が、まだ一歳にもならないうちだったが、情勢を考えたら、早い方が良かった。
上の娘サッシャは八歳、下の娘ディジーは六歳。サッシャはようやく、憧れていた神官になれると喜んでいた。ディジーは、結婚式の直前に、体調を崩し、一時はかなり危ぶまれた。後にも先にも、これが一番深刻な事態だった。結婚式は予定通り行われたが、それに伴う公務に加え、ディジーの件で、気候が落ち着く秋半ばまで、慌ただしい日々を過ごした。
そのせいで、陛下と「夫婦として」過ごす切っ掛けは無くした。もともと国に対する責任から成立した結婚なので、お互い「自然に」、そういう形で収まってしまった。
陛下は、二人の娘にも優しく、私も利発な「グラナド」の事は可愛かった。
「ピウストゥス」に「グラナド」と愛称をつけたのは陛下だったが、それはサッシャの「柘榴みたいな髪」という表現が切っ掛けだった。
私の母が、彼のものより黒みが強かったが、ちょうどそんな髪の色をしていて、「グラナ」と呼ばれていた。母は私が七歳の時、タッシャを産んだ日に亡くなった。
胎児の位置が良くなく、かなりの難産になった、と聞いている。
私がディジーを産んだ時と状況が似ていたが、年月がたち、医師にも方法論が出来ていたため、私は助かった。
母は健康で体力もあり、既にクリフト、ディニィと私を無事に産んだ上での四人目で、まさかの出来事だった。最初の三人は、極めて安産だったのに。
父は、王族・貴族は身内同士の結婚が多いので、それが原因のように考えていた。私がマクスオード、ヨルガオードと結婚する時、それで難色を示したが、なんと言っても先の三人は安産だったのだ。
母が亡くなったのは、ラズーパーリの事件の年になる。「季節感がない」と言われるほどに異常気象な上、リュイセントの祖母と、王太后が相次いで亡くなるなど、「負担」の多い年には違いなかった。また、私たちを取り上げた医師は、高齢のため引退していたのだが、母の頼みで復帰した、という経緯があった。
さらに、これは噂にすぎないが、高齢の医師につけた看護師の「選定」に当たったのが、リュイセントの伯父で、好みに合う「お嬢様」風の、女性看護師ばかり選んび、職務に通じた者がいなかった、とも言われていた。
確かに若い女性が中心だったが、選定された者たちは、みな優秀で、「顔だけ」のように言われる咎はない者ばかりだった。
いずれにせよ、国中から注目を浴び、良くも悪くも噂になるのが、王家というものだ。
その注目を浴びる中、産まれたグラナドの髪の色と、ディニィ似の顔立ちは、ある意味、王家の血統の証明にはなったが、目の色と肌の色は、ヴェンロイドの物だった。
そして、彼の魔法能力は、これも「父親」譲りの物だった。
グラナドは聡い子で、陛下と自分の外見の違い、肖像画のヴェンロイド師との類似点、周囲の様子から、まだ幼いうちに、本当の父親を知ってしまった。疑問に思ったグラナドが、陛下に尋ねた時、陛下は、話してしまったのだ。
私は、この事に関しては、抗議した。グラナドは、陛下が認知し、議会も追認して、正式な王位継承権を得ていたが、陛下の実子とされた訳ではない。いずれは話さなくてはいけないが、せめて時期を見た方がよい、と思ったからだ。
「今が、その『時期』だと思った。疑問に思ったなら、理解できると思う。」
が陛下の答えだった。
確かに、私の娘たちは、もっと幼い時期に、「ヨルガオードの子ではない。」と噂され、傷付いて、私に尋ねてきた。だが、娘達の場合は、噂の方が間違っていた。肯定と否定が逆になった場合は、幼子の受け取り方は異なる。
しかしグラナドの場合は、陛下の考えが当たった。本人はしばらく塞いでいたが、陛下が
「『親子』であることは変わりない。」
と何度も言い聞かせ、
「『二人』は、長い間、支えてくれた、大切な人達だった。」
と話し続けた。
私は、少し複雑だった。陛下が、姉を悪く言わないのは、とても嬉しかった。しかし、もし、マクスオードに愛人がいて、子供がいたとしたら、何年たった今でも、私は憤慨するだろう。もし、自分の知り合いの女性だったら、なおさらだ。自分を基準にしてしまうと、なんだか釈然としないものがあった。
グラナドが産まれた時は、陛下は、ショックを受けていた。一度は認知せず、退位の決意もしていた、と聞いた。ザンドナイスの大叔父や、カオストの叔父も、そう話していた。
愛した女性との間の、待ち望んだ子供が、弟の子供だったのだ。しかも、当事者二人は死んでしまい、感情のやり場がない。
私との結婚は、恋愛感情ではなく、「同志」としての物だった。それはお互いの意思なので、気にしなかった。ただ、少なくとも私よりは、陛下は、そういった感情が、あまり激しくない、男性にしては奇特な人なんだろう、と思っていた。実際、彼は意見が有ればはっきりいう方で、「隠された感情」などという言葉とは、縁がない性格だと見なされていた。国民の人気も、そういう所にあった。
だが、感情を隠さない「王族」はいない。
それに気付いたのは、何年も経ってからだった。
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