護衛の忍びに貞操を狙われています。

蜜りんご

第1話 再会

「今日も無事だろうか」


乾いた呼吸と共に呟いた。


雨の降る空を見上げながら戌亥の方向に顔を向ける。雨には雨の風情があるとは他の貴族連中が言ってるが、梅雨は嫌いだ。もしあいつが帰ってくるとしたら、死んでしまう可能性が上がってしまうのだから。


「雪雅親王様、お風邪を召してしまいます。御簾からお出にならないでください」


側仕えの下女が命令してくる。俺はあいつの無事を願うことさえ許されないのか。少し雨粒が当たったくらいで風邪を引くほど俺は病弱では無いのに。


「わかったよ」


すごすごと御簾の内にもどった俺を見て下女は下がっていった。


俺の護衛を務めた忍びである鋼影は3年前に唐へと武者修行に旅立った。鋼影の生家である浪梅家は俺たち天皇家に仕えてきた忍びである。選ばれたのは兄弟内で五男目ということと若く、唐に伝わる武術を学ぶことによって更なる浪梅家の発展に繋がると浪梅家当主が考えたからだ。


もちろん離れるのは嫌だったし、危険も伴う航路で俺は反対した。けど、その判定は覆ることなく、鋼影と共に10人ほどの浪梅家の忍びが旅立っていった。旅立つ際に気づいたこの恋心に蓋をすることはできなくて、旅立った夜一人啜り泣いたものだ。


鋼影との関係は生まれたときからあり、いずれは俺の専属の忍びとして任用されるとされていた。まだお互いの立場が分かってなかった内は蹴鞠をしたり、竹馬をして遊んだ。俺が9歳になる頃までは無理やり遊んでもらってたのはわかってた。けど俺が10歳になり、皇太子になったことによって距離を置かれた。


兄のように慕っていた鋼影は変わってしまった。俺のことを親王様と呼び、いつだって歩くのは俺の斜め前。鍛錬を重ねてどんどん逞しくなる上に、距離がだんだん遠くなるように仕向けているあいつを俺は受け入れられなかった。


皇太子の父上にだって交友関係を築くのは、上級貴族のみだけにしろと散々怒られた。後から聞いた話だが、鋼影自身の父上から圧を受けていて肩身の狭い思いをしていたと知った。当時の俺は長男である俺が兄に憧れるのは、仕方がないことだと思う。それなのに、なんで周りは受け入れてくれないんだと憤ったものだ。ほんと俺って自分勝手極まりないよな。


「嗚呼、早く帰ってきてくんないかなぁ」


もう枕を濡らして寝ることはないが、好いた相手が知らない土地で他の誰かもわからないやつと寝てるなんて許せそうにない。そんな相手がいないようにと、心の中毎日祈り続けて眠りに落ちるのが俺の日常だ。



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その知らせは俺にとって突然のものだった。


「親王様、来月頃3年前に唐に渡った者達が帰還する予定です」


「来月?本当に?」


驚いた俺の声は裏返ってしまった。


「鋼影殿と仲の良かった親王様はご存知だと思われていたのですが、もともとこの修行の期間は3年という契約でございます。」


知らなかった。いや、鋼影から何も知らされていなかった。下女ですら知っていたことを。俺は、それだけの存在なんだろうか。今まで3年間毎日鋼影に祈っていた自分が馬鹿らしくなってしまった。空いた口が塞がらずしばらく返答のない俺をみて、下女が不思議がっていたが何も考えることができない。


「親王様、どうかなされましたか。ご加減が悪いのですか」


下女の優しさが返って癇に障って、暴言を吐いてしまいそうで、急いで下がらせるように命令した。


「い、いや。何ともない。下がっていてくれ」


記憶を辿るが、たしかにあいつからは一言も好意的に思っているような発言はなかったかもしれない。むしろ俺に注意する方が多かったはずだ。


いつからあいつが俺に気があると思っていたんだろうか。


やっぱり俺は馬鹿だ。天皇になるために勉強したところで、好いた相手からの好意すらわからないなんて。



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それからの1ヶ月はとにかく失恋した反動で頻繁に体調不良を起こした。風邪をひいたせいで熱を出して、それを拗らせて加持祈祷まで行われたほどだ。今だったら、女どもの間で流行ってるかな文字を使って、失恋の詩が書けそうだ。


予定日付近は嵐があったせいで予定日に近づくにつれ、俺の不安は募っていくばかりだった。だがしかし、待ちに待った当日を迎えても日本に到着したという文は送られてこなかった。失恋したとはいえ、まだ俺は鋼影のことが好きだ。心配になるのは当たり前だ。


もしかして船が転覆して亡くなってしまったのではないか。そもそも唐での流行病で亡くなっているのではないか。嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。


だがこれも3日後に解消された。一行が無事に日本についたとの連絡があったのだ。自分の目でも確かめたが、鋼影の名も到着した一行の中に入っていて大きく安堵した。


会いたい、けど会いたくない。そんな気持ちを抱えながら数日間過ごす俺に反し、都に到着した一行を出迎える浪梅家の奴らや下女達は宴の準備をしていて祝う準備は整っていた。


「見えた!」


そう誰かが声を上げた。近づいてくる一行の人数は行きよりも半分ほどに減っていたが、鋼影の姿を見た俺の目には涙が浮かんでしまった。急いで瞬きをして涙を散らした。男として泣いているなど知られたら、恥だ。3年ぶりにみたあいつの姿は髪が腰まで伸び色気が増え、肩幅も広くなっており、筋骨隆々という言葉が相応しい男前になっていた。


あんな姿を見せつけられておいて、失恋してもう諦めようと何度も自分に言い聞かせていた恋心がまた戻ってしまった。


そうして屋敷まで戻るまでに様々な奴らから激励をもらって、ついに天皇や貴族たちの前に跪いた鋼影達は、


「この度、武者修行より戻ってまいりました。出航時に比べ仲間が減ってしまい不甲斐ない思いですが、このような機会を設けてくださったこと真に感謝申し上げます」


「うむ、その体を見るに修行の甲斐はあったようだな。ご苦労」


現天皇である父上の言葉に鋼影達は喜んでいて、俺も何か会話したかったが浪梅家当主の音頭によって宴が始まってしまった。


「困難もあっただろうが、お前たちは浪梅家の誇りだ。今晩は宴を楽しむぞ!!」



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酒の飲めない俺は宴もそこそこに抜け出していた。何より、浪梅家の女どもに言い寄られる鋼影を見てられなかったからだ。


「鋼影様、私を見てくれませんか」

「鋼影様、私とのやや子は絶対にかわいいと思うのです。」


なんて胸を押し当てて誘惑を仕掛ける痴女はいるし、直接的に性交を求める者もいて鋼影も返答に困っていた。



ため息と共に一人で風に当たっていた。


「親王様、宴には参加しないのですか」


話しかけられた声に心臓がドクリと嫌な音をたてる。


「鋼影,,,お前が主役だろ。抜けてどうすんだよ。それに俺は酒が弱いんだ。」


声が震えないように、平静を装うことが精一杯で。けど会話できたことに全身が喜んでいる。そんな浅ましい自分が嫌になる。


「そうだったのですね。ですが、夜は冷えますしお部屋に戻られてはいかがでしょうか。あぁ、それとも雪雅は俺に襲って欲しかったのか?」


「っえ、おそ、は、っ、何つった?」


今こいつ俺を襲うって言ったか?敬語も取っ払ってるし。


「私のことが好きで堪らないって顔をしておいでながら、つれない方ですね」


図星すぎて何も言えない俺がかっこ悪すぎる。多分顔も真っ赤だ。


「これからは俺がいないと生きられない体にしてやる」


そう耳元で呟かれて思わず、鋼詠を押し除けようとしたが全く動かない。男として何もかも負けた気分だ。


「誰がそうなってやるか」


「へぇ。楽しみだなぁ」


これはただの強がりだ。俺自身この強がりがいつまでも持つと思えない。

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