ギルドは依頼を受けつけない⑧


「テメエら何してんだ、ああ?」


 ビーヅの恫喝に、アイアはケティを抱きしめた。アスクは静かに睨んだまま扉の前に立ち、逃げ道を塞いでいる。

 アスクとアイアの顔を見比べてから、ビーヅはアイアの顔をじっと見つめた。後ずさるアイアだったが、すぐ背中が壁にぶつかった。


「お前ら……ギルドの連中か」

「そうだ。冒険者ギルド“ドゥーム”、サブマスターのアスクだ」

「サブマス? ギルドのお偉いさんはこんなとこまでしゃしゃってくんのかよ」


 鼻で笑ったビーヅはふたたびアイアへ──ケティへ視線を戻す。その視線から庇うようにアイアはケティの頭を抱え込んだ。


「おい、ケティ。こっち来い」

「……この子は渡しません」

「お前に言ってねえんだよ。何様? ケティ、こっち来いって」

「そいつ、歩かせないほうがいいぞ。立たせるのも止めておけ」


 口を挟んだアスクをビーヅはうざったそうに見やった。


「頭を打ったかもしれない。加減はしたが、軽く蹴りつけただけで面白いくらい吹っ飛んだからな」

「な──」


 途端にビーヅの目の色が変わった。「テメエ!」と怒号と共にナイフを抜き、アスクへ襲いかかる。

 アスクは振り下ろされる刃を難なく躱した。動きを見切ってのらりくらりと避けている。ビーヅのナイフを振り回す動きがさらに大きく、荒くなる。

 と、胸にナイフを突き立てられそうになってアスクが体勢を崩した──上半身を床へ伏せ、足下の木片をビーヅに投げつける。顎に木片が直撃してビーヅの意識が一瞬だけアスクから逸らされた。

 そのわずかな隙をアスクは逃さなかった。木片が生んだ細かな屑を被りつつ、瞬時に距離を詰める。ナイフを持つ太い腕を捉え、関節を極めた。

 コツンと木片が床に落ちる。


「があっ!」


 アスクはすぐさま体の重心を傾けて、ビーヅの上半身をテーブルの上に叩き伏せた。さらに固定した腕を軽くひねればナイフが手放される。テーブルの角に当たって床に落ちたそれは、アスクによって蹴り飛ばされた。

 取り押さえられてなおビーヅは唾を飛ばしてアスクに吠えかかる。


「っ放せクソ! ケティに何しやがった! テメエもブッ飛ばすぞ!」

「ずいぶん子供思いだな」


 アスクの言葉にアイアはハッとする。

 ケティが傷つけられたと聞いて、どうして赤の他人であるビーヅがこれほど激高する?


 すると、ケティがアイアの腕の中で何やらもがいている。抜け出そうとしているのだ。


「ケティちゃん、動かないで……」

「ビー兄ちゃん! あたしは平気だから!」


 ビーヅがケティの方へ首をひねる──彼女の無事を確かめるように。


「どこも痛くないから……怒らないで」

「…………」


 拘束を振り払おうとしていたビーヅがおとなしくなる。

 ケティはビーヅを取り押さえるアスクを見上げた。その顔は今にも泣き出しそうだ。


「ビー兄ちゃんを、放してください。おねがいします……」

「ケティちゃん……?」


 どうして。何故。アイアはさらに混乱する。


 ビーヅがケイルの家に潜んでいた。この事態には驚いたものの、彼らの関係性を考えればおかしくない。ビーヅがケイルを脅したか、幼い弟妹を人質にでもとって居座っていたのだろう。

 しかし、ケティがビーヅを庇っている。ビーヅもケティを守ろうとしている。

 まるで兄妹のように。


 ビーヅの首根を肘で押さえつつ、アスクはキッパリと告げる。


「こいつは罪人だ。こうして捕らえた以上、解放はしない。諦めろ」

「罪人? でも、血濡れの蜂ブラッディ・ビーは犯人じゃないと……」

「畑に火を付けたのはこいつだ」

「はあ……?」


 アイアはいよいよ呆気にとられた。ビーヅは犯人じゃないと言い張っておきながら、付け火はビーヅがやったと言う。無茶苦茶だ。

 そんなアイアの思考を読んだのか、アスクはビーヅから目を離すことなく続ける。


「俺は最初から言ってるだろ、血濡れの蜂ブラッディ・ビーは殺していないと。こいつは医者の死体を畑に運んで火を付け、村人に姿を見せながら逃げた。自分が殺しの犯人だと思わせるためにな」

「思わせる……? そんなことを、わざわざ……」

「金のためだ」

「テメっ……!」


 ビーヅが起き上がろうとしたので、アスクは瞬時に肘へと体重を掛けた。ゴリゴリと首根を圧迫されてビーヅが呻く。

 血走った目がアスクを睨む。そこには焦燥が混じっていた。


「殺しに付け火、どちらもこいつ一人がやったことになればその分懸賞金が吊り上がる。もう一度言うが、血濡れの蜂ブラッディ・ビーは医者を殺していない」


 ビーヅの射殺すような視線を受け流し、アスクはようやく顔を上げた。

 同時に扉が開いた。


「医者を殺したのはケイル──お前だ」


 目の前の光景に愕然とするケイルを、アスクは鋭く睨みつけた。

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