断罪劇をやってみたかったお姉さま
有間ジロ―
第1話 前半
‟リリアナ、お前は魔力の多さで首席聖女になったことを鼻にかけ、姉であるロゼッタや他の聖女たちを見下し随分と嫌がらせをしていたようだな。そのような女をこの国の首席聖女とし将来の王妃とするのはこの国の恥になる。お前との婚約はこの場を持って破棄し同時に首席聖女の地位はロゼッタに譲るものとする!”
柔らかな金の髪に碧い瞳。少し線は細いがすらりと背が高いこの国の王太子エドワードがリリアナを冷たい目で見据えて言い放った。大声ではないがよく通る声だ。煌びやかな王家主催の晩餐会で歓談していた人々は一斉に声のする方に注目した。王太子の言葉にこれが
リリアナは自分のパートナーであるはずの王太子からたたきつけられた言葉を他人事のように聞いていた。
え?エドワードお兄様どうしてしまったの?
公爵令嬢であるリリアナとロゼッタは王太子であるエドワードとは幼馴染で小さいころから兄のように慕ってきた。首席聖女に選ばれ、そして王太子の婚約者となった後も恋愛感情と言うよりは家族愛の延長のような感覚で過ごしてきた。愛してはいなくとも誠実な信頼関係は築けていたと思う。
その王太子の突然の言葉に驚きで言葉もなく立ちつくすリリアナに向かって王太子に寄り添いしとやかに俯いていたロゼッタがフッと目線を上げリリアナにだけに見えるようにクスリと笑った。
ああ、お姉さまはやっぱりお美しいわ。
こんな状況なのにもかかわらずリリアナは美しい姉に見とれてしまっていた。リリアナはロゼッタとは正反対の容姿。美しいというよりはかわいらしくふわりとした明るい小麦色の髪に空色の瞳。彼女が微笑むとみている方もほっこりと幸せになるような娘だ。
黙り込むリリアナのかわりに声を上げたのは第二王子ローランドだった。
‟お待ちください兄上!なぜいきなりこの場でそのようなことを。リリアナの治癒魔法の力は他に追随を許さず彼女の首席聖女は宮廷魔法士全員の賛同を得て決定したことではありませんか!簡単に覆されていいものではありません”
‟だからその力に胡坐をかいて努力を怠りわがまま放題に振舞っているのが問題だと言うのだ。それにこれは陛下も納得されている決定事項だ”
‟え?”
ここでローランドは自分の耳を疑った。こんな根拠があいまいな言いがかりを聡明な兄がこんな場所で言い放つのにも驚いたがそれを父王が納得していると言うも信じられなかった。
固まるローランドとリリアナを置き去りにしエドワードはロゼッタの腰を引き寄せ立ち去って行った。
~~~
予定外の悶着があった晩餐会が何とか終わり、王の居室には国王夫妻、王太子エドワード、第二王子ローランドが集まっていた。
‟父上、私は納得できません”
興奮状態のローランドが部屋に入るなり国王に食いついた。
‟まだ言うか。お前もしつこいな”
返事をしない父王に変わってエドワードが返事をする。
‟あの場でも言ったように首席聖女に選ばれてからリリアナは己の力に慢心し、まるで王妃にでもなったかのように随分横暴にふるまっていたというではないか。その間にもロゼッタは少しでも魔獣討伐の役に立てればと、王宮魔法士たちと研究を重ねていたのだぞ。それに私の隣に立つのであればロゼッタのように美しく堂々とした聖女の方が見栄えが良い”
エドワードらしくない言い方に引っ掛かりを覚えながらもローランドは反論する。
‟リリアナが慢心するなどありえません!彼女はいつでも真摯に務めを果たし治癒魔法で苦しむ者達を貧富の隔てなく癒しています”
‟だがリリアナの悪い評判はロゼッタだけでなく他の聖女たちからも聞いてる。まあ、リリアナはお前のお気に入りだからな。よいではないか。王太子の婚約者でなくなればお前も遠慮なく口説けるだろう”
ローランドの顔がカッと熱くなった。エドワードの指摘は図星だった。素直でかわいらしいリリアナにローランドはずっと恋をしていた。だが首席聖女となり王太子の婚約者となった彼女は手の届かない存在になっていた。
だからと言って…だからと言って素直に喜べるか!
エドワードはそんなローランドを見てふんっと鼻を鳴らすと
‟ああ、ついでだからお前にも伝えておこう。今度の魔獣討伐にはお前ではなくわたしが行くことになった”
‟は?”
‟聞えなかったか?今回の討伐には私が行くことになったのだ。王太子であるこの私が、な。これは陛下も大臣たちも了承済みだ”
ローランドはぎゅっと拳を握りしめる。
‟バカな…”
王太子が魔獣討伐に参加することになにも不思議はない。エドワードは王家の直系にふさわしく魔力量は非常に多い。しかし不幸なことに器である体が弱く魔法を使いこなすことが出来ないのだ。それを自覚してる彼は王太子として真面目に政務について学び、武にすぐれたローランドが軍に身を置いて魔物退治や他国との戦などに出向いていたのだった。だから今回の大掛かりな魔獣討伐にローランドが行くことは本人も周りも当然だと思っていた。
‟今回の魔獣討伐はここ百年以来の大掛かりなものだ。次期国王として他国に名を知らしめるためのいい機会だからな”
ローランドは救いを求める様に父王を見たが
‟まことだ。エドワードも王太子として箔をつけんとな。その気持ちもわかる。今回はいい機会だろう”
という返事に返す言葉もなかった。
‟私とお前の交代に伴って討伐隊のメンバーにも入れ替えがある。ああ、もちろん首席聖女としてロゼッタも同行する”
いたたまれなくなりローランドは乱暴に部屋から出て行った。
その後ろ姿を見送った国王はため息をつき、なんともやるせなさそうな表情でエドワードを見据える。
‟良く考えて決めたことなのだな?”
エドワードはにっこりとほほ笑むと胸に手を当てて両親の前に膝を折った。
~~~
別室では公爵令嬢姉妹が向かい合って長椅子に座っている。
ロゼッタは優雅に紅茶に口をつける。彼女をじっと見つめるリリアナ。
‟何か言いたそうね”
‟お姉さま、どうしてあのようなことを?”
お姉さまらしくない。
お姉さまは厳しい人だ。自分にも、他人にも。言い方が少しきついから誤解されやすいけれど本当は優しい人。いつだって人々のために役立つ方法を選んでいるわ。
リリアナにとってロゼッタは憧れの女性だ。美しく賢く凛として話す事は理路整然としている。だから今日のようによくわからない理由でひどいことを言われてさすがに驚き、そして傷ついたのだ。
‟あの様な事って?あなたが慢心しているってこと?それとも他の聖女たちに意地悪してると暴露されたこと?ああ、婚約破棄がショックだったのかしら?”
その言い様にリリアナが唇をわななかせると、ロゼッタは呆れたようにふうっとため気をついた。
‟そもそもあなたと
‟え…そうなのですか…”
‟もちろんあなたも後方支援として他の聖女たちと待機していてもらうことにはなるけど。でも前線に行くのはエドワード様と私よ“
この世界には魔法を使える人間が存在する。時々現れる魔獣は魔法の力でなければ退治できないため、過去に魔獣退治や治癒魔法で功績を残したものが高い地位についてきた結果、自然と王族や上位貴族に魔力の強い者が多く現れる。王族の二人の王子しかり、公爵令嬢のロゼッタとリリアナしかり。魔法士と聖女に大きな区切りはないのだが治癒魔法や浄化に特化した魔力を持つ者を聖女と呼ぶことが慣例になっている。どういうわけか女性に多いがまれに男の”聖女“も現れる。
二年前にリリアナはその治癒魔法の高さから首席聖女に選ばれた。それは国の慣例で王太子妃になることでもあった。それまでは年上であり優秀なロゼッタが当然首席聖女になり王太子妃になると思われていた。ところが鑑定の結果リリアナの魔力量はロゼッタをしのぎ特に治癒魔法に優れていることが分かったのだ。ロゼッタの力は女性には少ない攻撃系の魔法に向いていたのだ。その鑑定結果にロゼッタは納得し優秀な頭脳を生かし王宮魔法士たちと肩を並べ日々魔獣や瘴気の研究にいそしんでいたのだ。
‟お姉さまがそうおっしゃるなら私は…でもお姉さまは私を応援してくださっていたではないですか”
リリアナが首席聖女に選ばれた時、先に聖女として活動していたロゼッタは聖女としての心構えや魔法の有効な使い方を指導してくれた。リリアナの治癒魔法でエドワードの虚弱体質を改善する方法がないか試みているのもロゼッタのアドバイスだ。
それなのに突然のあの晩餐会での“断罪劇”である。しかもリリアナには全く身に覚えのない言いがかりで。
リリアナの言葉にロゼッタは持っていた扇子をパシリ!と音を立てて閉じだ。黒曜石に赤い星をちりばめたような瞳に強い光をたたえてリリアナを睨みつける。
‟あなた、私の気持ちを考えたことがあって?姉なのに妹に魔力量で劣らないばかりに首席聖女の地位を奪われ王太子妃の座も奪われて。寝る間も惜しんで努力してきたのにのほほんとしたあなたにはかなわないこのくやしさが!エドワード様は私の気持ちを理解してくださったのよ。今回の討伐で私は、私達は本来のあるべき立場を取り戻してみせる。あなたに邪魔はさせないわ!”
かつて見たことのない姉の激情だった。
お姉さま、そんな風に思ってらしたの?
‟私は首席聖女の座も王太子妃の座も望んでなど…”
‟それが!余計腹立たしいのよ!なにも欲しがらずに、私の欲しいものを奪っていくあなたが!”
知らなかった。首席聖女になったのは二年の前のこと。その後お姉さまは私にたくさんの事を教えてくださった。力を伸ばす努力を怠らないようにすること。傷や病を癒すだけでなく王太子殿下のように体の弱い方を少しずつ丈夫にできるような魔法の使い方。これはずっと試してきてその効果があったのか王太子殿下は随分丈夫になられた気がする。今回討伐隊に参加できるのもその効果じゃないだろうかと思う。そうやっていつも私に助言をくださってたお姉さまがそうな風に思っていたなんて。
私はお姉さまを傷つけていたの?
その事実に私は衝撃を受けた。泣いてはいけないと思うのに涙が溢れてくる。
私の涙を見てお姉さまの顔がゆがんだ気がした。
その時部屋の扉が開いてローランド様が入ってきた。
‟リリー!”
私の傍に駆け寄ってきてそっと肩を抱いてくださった。
‟ロゼッタ、リリーに何を言った?”
‟事実を伝えただけですわ、殿下。殿下もお聞きになったのではなくて?今度の討伐にはエドワード王太子殿下と私が首席聖女として参加します。もちろんローランド殿下とリリアナも事後処理班として忙しくなるでしょうから準備はしっかりなさっていたほうがよろしくてよ”
お姉さまは背筋を伸ばして立ち上がると睨みつけるローランドと涙でぐしょぐしょの私を見下ろすと恍惚とした表情でこう言った。
‟ああ私には先読みの力も備わったのかしら。魔獣討伐後にパレードで馬車に乗り国中のか祝福される光景が目に浮かぶわ”
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