第六話 プロローグ? そのよん




 船着き場にいた観光客に見守られながら、乗船が完了する。そのあとすぐに一八かずやたち三人は、予約リザーブされている特等船室にいた。


(いつもいつもわたしは、やーくんからもらってばかり)


 通常のフェリーであれば、本島北部にある運天港経由で何カ所か港を経由するが、この船は那覇の港へ直行する便のため、これよりしばらくの間はゆっくりできる。ここでなら有名人である千鶴ちづるも肩の力を抜くことができるというわけである。


(だからこそ、感謝の言葉は口にしなきゃ駄目だよね?)


 母、日登美ひとみは持ち込んでいる私用のノートパソコンで、那覇支店のスタッフと通話で打ち合わせをしているようだ。那覇にも美容室を持っており、週に数回八重寺島と那覇を行き来している忙しい生活を送っている。


「ねぇ、やーくん」

「どうしたの?」


 千鶴が一八に近寄ってきて、耳元でささやきかける。


「さっきの警備員さんって、やーくんでしょ?」


 千鶴の言うところの『さっきの警備員』というのは、フェリー乗り場で観光客の女性二人に注意を促した女性のことである。


「わかった?」

「だってやーくん、わたしの隣りにいなかったもの。だからいつもありがとう」

「いいえ、どういたしまして」


 ←↙↓↘→


「姉さん、母さん、もう到着してるよ」

「ありがとう一八、ゆっくりできたわ」


 仮眠をとっていた日登美は降りる準備を始める。


「姉さん、ほら、起きて」


 口元から銀色の滴が危うく垂れそうになっていたところを、絶妙のタイミングでハンカチを使って拭う。


(しょうがないな。でも、こんな特別な姿を見せてくれるのは家族だけなんだよね)


 重そうな目蓋を無理矢理開けようとするが、三白眼のようなどんよりした目が精々なのだろう。ファンサービスというのはどれだけ気力、体力を消耗するのだろうか? 一八は末恐ろしく感じてしまう。


 特等船室の扉が開くと、人の気配は高速船からなくなっていた。おそらくは一八たち以外の下船が終わっていたようだ。


 フェリーを下船した先で、大きめの黒いワンボックス車が待っていた。一八たちが近寄る、自動的にスライド型の後部ドアが開く。運転席には見覚えのある女性が座っていた。


「おはようございます。日登美社長。千鶴さん、一八君もおはようございます」

「おはよう、京子けいこさん。お店に直接、……あ、一八はどうするの?」


 京子という女性は那覇店のチーフで、こうして迎えにくる役目でもあった日登美のマネージャー的存在でもある。


「うん。僕は部屋で降ろしてほしいかな? 姉さんは?」

「わたしはそうねぇ……。明日学校だからシャンプーしてもらおうかしら?」


 千鶴は京子の前と言うこともあるのだろう。さきほどの口調からすっかり直っていた。


「それじゃ、一八だけ部屋で。お願いできる?」

「はい。日登美社長」


 予定通り一八だけマンションに降ろされる。とはいえ、美容室あお那覇店は隣のタワーマンションである。駐車場から直接エレベーターホールに行けるため、車で行った方が近いのである。


 鞄からマイバッグを取り出して、ポストを確認してごっそり入っていた郵便物を取り出してマイバッグに流し込む。終わると、一八はひとつため息を吐く。


(今日も多い。これは仕分け大変だな-)


 あとで怖い郵便と、怖くない郵便に分別しなければならない。千鶴は有名人だから仕方のないことなのである。彼女は諸処の事情から、名前を隠すことをしない。だからこうして、直接届いてしまうわけであった。


 エレベーターに乗り込み、最上階のひとつ下、十九階で降りる。ここは左右に部屋があるだけ。最上階はワンフロア丸々一世帯になっているそうだ。


 左のドアをキーロックで開ける。入って靴を脱ぎ、くるっと回して揃える。回れ右をしてまずは千鶴の部屋へ。ドアを開けて唖然ぎょっとする。


「……なぜに四日で汚部屋になるの?」


 洗濯機のある場所へ行き、洗濯かごを二つ持ってくる。干してあった布の手袋を両手に填めると、再度千鶴の部屋へ戻っていく。


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