第3話 ダンジョンと魔法
「...ふむ...。はて、どこから話したものか」と、頬をポリポリし始めるシエルさん。
しかし、そうして掻いた頬が砂山を崩すが如く、ボロボロと崩れ始める。
「え!?ちょっと!?なんか崩れていますけど!?」
「...どうやら、すべてを話せるほど、この姿でいられる時間はそう長くないようじゃな」
「大丈夫なんですか!?」
「問題はない。分かっていたことじゃ」というと、椅子から立ち上がり俺の胸に拳を当てる。
「...これは一体、何の儀式ですか?」
「安心せい。奏凪殿にとって悪いことをしているわけではない。さて、手短に話すと儂は1000年前、その恐怖の大王を封印したのじゃ」
「え!?」
恐怖の大王を封印した?まじかよ...このお爺さん、実はとんでもない人なのでは?
けど、そんな話...どこの歴史書にも載っていないぞ...?
「...あの恐怖の大王を...ですか?」
「あぁ。1000年前、数名の飛び切り優秀な仲間たちと共に奴と戦ったのじゃ。しかし、儂らは奴を倒せなかった。奴の力は儂らの想像のはるか上...太刀打ちなどできなかったのじゃ。じゃから、儂は倒すことを諦め、封印することにした。この身を犠牲にしてな。特級魔法【パンドラの檻】での」
「特級魔法!?」
魔法は第5級~特級魔法が存在する。
・第5級魔法はそこら辺の人でも練習すれば使えるレベルの魔法
・第4級魔法は冒険者として活動している中で自然と使えるようになるレベルの魔法
・第3級魔法は一般的な冒険者が努力でたどり着くことができる限界のレベルの魔法
・第2級魔法は秀才以上と呼ばれる冒険のみが使用できるレベルの魔法
・第1級魔法はごく一握りの天才と呼ばれる冒険者がたゆまぬ努力を続け、ようやくたどり着くことができる人間の限界の魔法と言われている
・特級魔法は覚醒者と呼ばれる人間という種の限界を超越した者、または古の血統を持つ伝承者しか使えない最上級魔法であり、使えるものは100年に1人しか現れないと言われている
「...もしかしてシエルさんって本当にすごい人だったりします?」
「どうじゃろうな。後世に儂の名が残っていないということなら、その程度のしがない魔法使いじゃったということじゃろう」
そんな話をしながらも、体は着実に崩れていき、いよいよ足も崩れ始めたため、椅子には座らずその場で座り込んで話を続ける。
「しかし、封印は完璧ではなかった。だからこそ誰かがその封印を解いたのじゃろう。その証拠に今から25年前に奴は復活したのじゃからな。...が、奴の様子を伺うにまだ完全に復活したわけではないということじゃろう。儂の予想ではダンジョンの活発化は奴の時間稼ぎ...。目的は自分の復活を邪魔されないことじゃろうな。さて、本題に移るとしようかの。奏凪殿、頼みがある。儂の肉体を復活させるのに協力をしていただけないかの?」と、真剣な面持ちでそんなことを頼んでくる。
突然のそんな話にやや困惑する。
それでも時間がないことを悟り、いったん考えることをやめ、素直に受け入れることにした。
「...といいますと?」
「儂は1000年前、奴を封印する際こうなる可能性も予想はしていた。じゃからこそ、この隠し部屋に自分の精神を封印していた。それともう一つ...。儂の肉体を復活させるためのアイテムを9個のダンジョンに隠したのじゃ。それを奏凪殿に回収してほしいのじゃ」
「...え?マジっすか?」
いやいや...絶対無理じゃね?俺はただのFランクネタ配信系冒険者だぞ?そんな大事な役目...俺には...。
「もちろん、タダでとは言わん。儂の精神の一部を託し、この元大賢者の儂が奏凪殿を全力でサポートする。...すまんな。先ほど奏凪殿に触れた際、儂は見てしまったのじゃ。奏凪殿が本当に心から望んでいる願い...を」
俺の本当の願い。
つまり...ガチダンジョン冒険者になること...。
この人がいれば...その願いが叶うのだろうか?
いや...迷っている場合じゃない。
わずかでもそのチャンスがあるのなら...。
賭けよう...。この人に。
「わかりました。協力します!どうすればいいですか?」
「ありがとう、奏凪殿。では、少しこちらに来てくれるかの?」
そのまま、ほぼ崩れかけたシエルさんの元に近づく。
「では、儂の精神を奏凪殿に移す。特級魔法【イグリスの鏡】」
その瞬間、シエルさんの体が発光し、その眩しさに思わず目を閉じる。
そうして、光が収まると目の前には完全に砂となってしまったシエルさん。
え!?消えた!?失敗したのか!?と思っていると、『どうやらうまくいったようじゃな』と脳内でシエルさんの声が響く。
「うぉ!?びっくりした!まじで俺の中に入ったんですか!?」
『うむ。その通りじゃな』
耳からではなく脳内に直接語り掛けられているこの感じ...すごく疲れそう
だな、おい。
さて、現状についてまずは整理を行おうとしていると、ダンジョンがガタガタと音を立てはじめ、そのまま地面が浮き上がっていく。
「ちょっ!?ナニコレ!?」
『恐らく、儂がいなくなったことで隠し部屋が閉じようとしているのじゃろうな』と、冷静に解説される。
「うわあ!大丈夫なの!?これ!!」
『問題はない。安心するのじゃ』
そのまま地面に伏していると、ものすごい重力に押さえつけられるような感覚に陥る。
「おおおおおおおおおお!!!!」
地面ごとドンドン上昇していき、体が押しつぶされそうになりながらも、数秒後にはシエルさんの言う通り、ちゃんと元居たダンジョンに戻るのであった。
「...戻った...?」
その瞬間、先ほどとは違う異臭が鼻をつんざく。
これは...死体の匂い?
そうして、立ち上がり足元を見ると...そこにはゴブリンの死体が落ちていた。
死んでる?もしかして、今ので死んじゃったのか?
しかし、すぐにそれは否定される。
ゴブリンの喉元には何かに食いちぎられたような跡があったからだ。
次の瞬間、「グルルルル...」と喉を鳴らすような音が聞こえる。
「...嘘だろ...?」
真っ黒な毛並みに真っ赤な目...。
更にまるでナイフのように尖った犬歯を見せつけながら、俺を睨みつけてくる。
図体は大型犬のそれだが、危険度はライオンの数倍と言われている。
通常であればダンジョン奥深くに眠っており、こちらが刺激しない限り、表に出てくるはずがないモンスター...。
そこにいたのは...4匹の【ハイエート】がだった。
「なんでこんなところに...」
大分お腹を好かせているのか、配信で見たときより少しやせているようにも見える。
今はとても危険な状態...ということだ。
というか、ハイエートはDランク以上のダンジョンに現れるモンスターだ。それも4体で群れで行動しているとなると、ソロで倒すためにはCランク以上の冒険者でないと難しいだろう。
つまり、Fランクの俺が単独撃破するなど不可能に近いと言っていい。
てか、なんでFランクダンジョンに居るんだよ!と、文句を言いたくなる。
『ほら、最近ではランク外のモンスターが現れたりとかニュースになってましたし...』
そういえば最近そんなニュースが流れていたなと最悪の伏線回収をしてしまう。
やばい。マジでヤバイ。
普通なら逃げ一択なのだが...正直、配信をしていたせいで大分体に疲れがたまっているうえに、ここはダンジョンの中でも深い地点である。
今更入口に戻るなど、こいつらが許してくれるはずもない。
『ほう。ハイエートか。久しぶりに見たの』と、まるで煎餅でも食っているのかと思うくらいのんびりとそんなことを言うシエルさん。
腰に備え付けていた小型ナイフを取り出し、構える。
しかし、その手は震えていた。
「いやいやいやいやいや!無理無理無理無理!」
『確かに奏凪殿一人であればまずかったかもしれんな。が、今は儂が居るからの。安心せい』と、心強いことを言ってくれる。
「...シエルさん!」
『...zzz』
「え?ちょっと!?シエルさん!?」
『おっと...すまぬな...。1000年眠っていたせいかのぉ...眠り癖がついてしまったようじゃ』
このじじぃ今寝落ちしたのか!?ふざけんなよ!こっちは命の危機なんだぞ!
『誰がじじぃじゃ!!』
え!?この心の声も聞こえてるの!?と、思っていると、四方向に散らばって完全に臨戦モードになるハイエート達。
「ど、ど、ど、ど、どうすればいいですか!?」
『うむ。奏凪殿、使える魔法はなんじゃ?』
俺が使える魔法なんて...第5級魔法が何個か...。
【目潰閃光】、【飛火玉魂】、【敏捷微増】、【悪臭散布】...くらいしか使えない。
しかし、そんなのランクDのモンスター相手に通用するわけがない。
『なるほど。よかろう。ハイエートの弱点は鼻じゃ。全身で唯一毛で覆うことができない場所じゃからな。まずは臭いにおいを出す魔法で奴の鼻を鈍らせることじゃな』
簡単に言ってくれるな!おい!
『仕方ないのぉ...。少し見ておれ。戦いというやつをな』
すると、次の瞬間、まるでゲームのプレイヤーを切り替えるが如く、俺が主観で見ているはずの画面がなぜか客観的な視点となる。
『なにこれ!?』
「少し、そこで見ておれ...5級魔法【悪臭散布】」と、唱える。
すると、俺の体から霧のように悪臭が放たれる。
「...まったく...相変わらず5級魔法は欠点魔法じゃのぉ...」
この5級魔法の弱点は術者にも有効である点だ。
しかし、人間の数万倍とも言われる嗅覚を持つハイエート達には有効なようで、涙目でキャンキャン言いながら辺りを駆けずり回る。
陣形が崩れた...!
「じゃあ、一匹ずつ行こうかの。まずは正面の奴からじゃな。しかし...ナイフでは体に切りかかっても固い体毛で防がれるはずじゃ。だから狙うのは鼻」
すると、まるでマジシャンの如く華麗なナイフ回しを見せる。
「ふむ...。体は決して悪くないな。これで最低ランクの冒険者じゃったか?はっきり言ってそれは奏凪殿がこの体をうまく使えていないからじゃな。そして、自身の特性も生かせていないのじゃろうな」
すると、ハイエートが涙目になりながら暴走をしてくる。
「何もナイフは切りつけるためだけにあるわけじゃないぞ」と、軽いステップで躱すと、そのまま空いたもう一方の手にもナイフを持ち、ナイフ同士をぶつける。
すると、その瞬間、全部のハイエートが動きが止めてこちらを見る。
その瞬間にナイフを振りかぶって思いっきり投げた。
ナイフは綺麗でまっすぐな軌道を描き、見事に鼻に命中し、そのまま倒れるハイエート。
「うむ...。悪くないな」
す...すげぇ...。
これがプレイヤースキルというやつか?
ゲームでもよく見る...。
同じキャラを使っているのに、まるで別のキャラを使っているように見えるほど強く見えるあれだ。
しかし、残念ながらあと3匹いるのだ。
が、そんなことはお構いなしにあっさりと残り2匹も同じ要領で倒すことに成功する。
残り1匹の段階で鼻が慣れてきたのか、奴もこちらを睨みつける余裕が出てきていた。
「右じゃな」
その瞬間、牙をむき出しに走ってきて宣言通り右によける。
すると、あっさりと躱すのだった。
「次は左じゃ...。さて、奏凪殿。接近戦になった場合、どうすればいいと思う?先ほどまでの手法は使えない。それにこちらが鼻狙いであることにも気付いているじゃろう」
突然そんなクイズを出されても!!
...しかし、確かにどうする?もう距離をとっての攻撃はできないし、それをさせないように動いてくるはず...。
恐らく、このまま躱し続けても先に体力が底を尽きるのはこちらだろう。
「答えはこうじゃ」
そうして、向かってきたハイエートにこちらも突っ込んでいき、目と鼻の先まで来たところで、手を突き出し、大きな拍手をする。
つまりは猫だましを炸裂させたのだ。
すると、何か攻撃されたと思ったのか、一瞬硬直するハイエート。
その瞬間、持っていたナイフで鼻を思いっきり突きさすのであった。
「きゅん!!!」と、かわいい鳴き声を上げながら血を吹き出し、倒れるハイエート。
「...ふう。一件落着じゃな」といった瞬間、いつもの俺に戻るのだった。
そのまま鼻息荒く地面に座り込む。
「すげぇ...」
『要は使い方次第ということじゃ。自分の利点をしっかり把握すること。そして、怯えを捨てて、相手をよく観察する。それだけでも現状よりだいぶ強くなったと感じるようになるはずじゃ』
つまり俺が俺自身をうまく使えていなかったってことか...。
なんだか、結構ショックを受ける。
『それにしても...いやぁ、一時的に入れ替わることができることを知れたのは大きいな』
...え?知ってたんじゃないの?入れ替われること。
『知らん。この魔法を使ったことなどないしの。まぁ、失敗したら一生奏凪殿の精神が戻ることはなく、儂がその体をもらうことになっていたのじゃが...。いやぁ、よかったよかった』
こ、このじじぃ!とんでもねーことしやがった!!
『誰がじじぃじゃ!そろそろマジで怒るぞ!』
「爺さんがマジでとか使ってんじゃねーよ!てか、もうマジで怒ってんだろ!」
『なんだ!爺さんはマジでと言っちゃいけない決まりでもあるのか!そんなものがあるなら見せてみろ!ほれ!』
「あんたは1000年前のひろ〇きか!」
『誰じゃ!それは!!』
そんなやり取りを終え、違う意味でも疲れた俺はそのまま天井を見上げながらゆっくりと呼吸をする。
「...」
けど、助かった...。
もし、シエルさんと出会えてなければ今頃俺は...。
「ありがとうございます」
『うむ。...あと、マジでじじいって言うなよ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。