無重力の火

・・・




 うかばないと、うかばれない。

 しずんだままじゃ、すくわれない。



 そう言ってたあの子は今どこで何をしているのか。

 ずっと前に魔法少女として最初に所属した後方部隊で一緒だった同期の眠たげな子。


 小さいころから一緒だった幼馴染と離ればなれになって、ほんの少しだけ寂しさを覚えていた私の心の穴を、ほんの少しだけ埋めてくれた子。


 結局、私が先に固有魔法に覚醒して前線に行ったから、それからどうなったのかは知らない。


 薄情だろうか。

 私の固有魔法は『浮遊』、浮かび上がる魔法。

 あの子の影響もきっと少なくはないのに。


 沈まないようにあがいてた同期のあの子も、固有魔法に覚醒して希望してた前線に行けたのか。それともまだ後方部隊にいるのか。


 魔法少女は覚醒すると固有魔法登録とともに魔法名が公表される。

 だから、新しい覚醒魔法少女が出るたびに、この子かも、と意味もなく思う。


 認識阻害により名前も分からない。ずっと会ってないからちゃんと顔も覚えてるか怪しい。

 ほんの一時期だけの、友達とも呼べないようなそんな間柄。


 結局見つけられなくて、少しずつその記憶も遠い思い出になり始めて、それでも今もたまにそれをなぞる。





 なんてことを幼馴染に話したら「え……浮気してたのか……?」とかのたまいやがったんだけど。

 いや私らただの幼馴染でしょうに、なにバカなこと言ってるんだか。



 ……ああもうほんと、私の幼馴染はバカだ。


 阿呆ではない。バカぢからとかの意味のほうでのバカだ。むしろ頭自体は良い。

 でも色々と度を越してるというか、思い切りが良すぎるというか。本当に紙一重。


 周りにも結構迷惑をかける。そんなバカだけど、不思議と許せてしまう。

 それは彼女の人間性にもあるんだろう。


 自由奔放で裏表が無い、誰よりも仲間思いで優しい。

 要領も良いくせに、頭の使いどころがちょっとおかしくて抜けている天然。



 そして、正真正銘の対魔獣戦闘の天才。



 彼女の名はマリー・アッシュフォード。

 対魔獣組織でたった七人しかいない第七等級魔法少女の一人で、第八部隊隊長。

 この国に生まれた人間とは少し違う、金髪碧眼の『発火』の魔法少女。


 私たちの国の代表的な最上位魔法少女であり、生まれ故郷だった亡国の期待も一身に背負っている。

 少しバカだけど誰よりも頼れるリーダーで、途轍もなく強い小さなヒーロー。



 私よりも少し年下で、近所に母親と一緒に引っ越してきた、元難民の母娘。

 だから少し年長の私にお世話する役目が押し付けられた。それだけの関係だった。


 明らかな腫れ物。コミュニティに馴染めるわけない厄介な奴ら。

 私の出身は微妙に田舎だったから、あの子たちはそんな風に思われてたわけだ。


 まぁ私も正直めんどいなって思ってた。

 それがいつの間にやら、私にとってこんな重たい存在になってたっていう、ね。




「どうしたマイベストフレンド?」

「別に何も、というかその呼び方ちょっと鬱陶しいんだけど……」


「え」

「……え?」



 この世の終わりみたいな表情。

 おそらく本気じゃないんだろうけど、いまワタシ本気で傷ついてます的な顔。

 いつものことだしどうせ演技なんだろうけど。



「そんな……ワタシは……ヒメのベストなフレンドじゃないのか……?」

「……」



 ……演技、だよね?



「……」

「……」


「……」

「……まぁ」


「……」

「ベスト……ではあるけど……」




 ……おいそのドヤ顔やめろ。

 無言で両手広げてハグ待ちをするな。しないからね。


 しないってば。



「……」

「……ハグはしないからね」



 バッサリと切り捨て。そしたら少し面白いくらいにしょんぼりされる。

 表情があっという間にコロコロ変わる。ホントこの子は大げさ。


 付き合っててぶっちゃけめんどいという気持ちは少なからずあるけど、それがそこまで嫌じゃないって感じ。

 それは幼馴染の友達だからなんだろうなって、なんとなくまぁいっかって思える。


 ちょっとだけ心地よい、そんな空気感。



「しないのか……」

「いや、友達でも普通はそうベタベタしないでしょうが」


「親友でもか?」

「親友でもよ」



「ああ、でもそうか、ヒメは私を親友と思ってくれてるんだな。ありがとうな」



 ……。



「ちっ」


「ははは照れるな照れるな。それじゃワタシはパトロール行ってくるぞ!」



 してやられた感。ホントこの子のどこがバカなんだと。

 小賢しい小悪魔系メスガキだよ、この子。


 それでも、なんか憎めないのがちょっぴり悔しい。

 私はいつもこの顔に騙されるんだ。これで何回目やら……。



「……というかまたパトロール? 非番でしょ?」

「ん、ああ。探し物ついでだしな」


「?」



 ……ふと、変だなと思った。


 この子が休みの日にパトロールすることは別におかしくない。

 みんなを守るヒーローを自認するこの子が、街の様子を見て回るのは何も珍しい話じゃないから。


 でも、何か引っかかった。

 ぼんやりと、浮かび上がるような違和感。




 ……ついで?


 二の次?




「……えっと、探し物って?」

「ん、ああ探し物というか、探し人というか」


「え」



 人を探してる? 誰を?

 この子が、ヒーローとしての活動よりも優先することが、その誰かを、見つけるってこと?



「……。んー……まぁヒメになら話してもいいかもな……」



 そう言ったこの子の表情は大人びて、どこか上気していて。


 なにやら、ためらうように口ごもる。

 それは、まるで恋する乙女のような……。



 ……え、うそ。


 まさか? あの、マリーに?


 ウソでしょ?





「ワタシは、見つけたんだ。ワタシの信じるべき、あのお方」





 熱に浮かされるような、恋する表情。

 その姿に、今までの何も知らないような女の子の姿は無い。


 そんな、ずっと、子供だと思ってたのに、まさ、か――







「夢の中で」


「……夢落ち!!」



 ずっこけた。

 関西の芸能人もびっくりのずっこけ方をしてしまった。


 いや、まぁいいんだけど。



「夢ってあんた……」

「ははは。まぁでも救われたのは事実だ」



 ……。


 まぁでも……この子は隊長としていろいろな喪失も経験している。

 私もそうなのだから、そのストレスも相当にヤバく、半端なものではない。

 こうして明るく振舞っているのも、私たちなりの処世術というべきもの。


 断じて忘れてはならない。だけど決して引きずられて沈んではならない。

 沈んでしまった者に、何かを掬い取れることはないのだから。

 浮かれてはならない。でも浮かんでなければ、浮かばれない。

 みんなわかっているんだ。沈んだらダメだと。だから必死に明るく振舞う。


 一応、そういうストレス解消のための自由活動は対魔獣組織としても奨励されている。

 その心のケアの方法は人それぞれ。趣味に没頭する子もいれば、趣味が無くて専門家のカウンセリングを受ける子もいる。


 私は魔力を使わない種も仕掛けもあるマジックが好き。

 それを動画に取ったり、誰かに見せたりして持て余す不満や承認欲求を解消したりしてる。



 そして、この子……マリーはヒーローとしての自分に固執していた。


 目覚めた魔力が誰よりも強かったから。

 その活動をもって、より多くを助けられる存在であろうとした。


 本当は強がりで見栄っ張りで、泣き虫の弱い子なのに。


 小さなころから一緒にいる私だけが知ってるあの子の姿。

 私が支えてあげなきゃいけないのに。


 ……。


 はぁ。私ってダメだなぁ。沈んじゃダメなのに。




「ふぅん……それって男の人?」

「あ、いや、それがな……いかんせん上手く思い出せなくてな……」


「ダメじゃん。まぁ夢なら仕方ないけど」

「でも、確かに居たんだ。ワタシはその方に助けられた」


「なるほど、ねぇ……。マリーほどのヒーローを助けられるって、王子様ってより神さまって感じよね」




 私もこの子も信じる神様が特にいるってわけじゃないけど。

 何でもできるこの子を助けられるくらい凄い存在なんか、それこそ魔法少女の最上位の『執行』以外には考えにくい。


 そこまでいったら、もうだろうってね。



 ……ほんとは神さまなんかじゃなくて、人がこの子のことを助けないといけないのに。


 そう、ほんとなら、私がそうなれるように頑張らなきゃいけないのに、ね……。



 ……。




 ……?




「……そうだ」

「?」




。ワタシは確信している」




「……え?」




 なんのこと?


 夢の、話じゃ……?


 燃えるような熱。それは静かで、熾火のような、ほの暗い明り。

 そのまなざしは、どことなく、狂気じみているような。



「ワタシはあの日から違和感を辿り続けている。忘れそうなら思い続ければいい。思い出せないなら思い出せる全てを確かめればいい。そうすればおのずと思うべきものが浮かび上がるのだから」


「マリー……?」


「難しいけどな。作為的なものも感じる。だけど……ワタシの熱はこの程度で冷めたりはしない」




 暗い炎が見える。にじみ出るような狂気を感じる。


 いったい、何が……? あの日……?

 スタンピードの時のこと……?


 あの時は珍しくマリーも私も失敗続きで、少しばかり記憶が混乱してた。

 あとから来た応援の第九部隊の人たちに報告などを補完してもらって何とかしたって感じだったと思うけど……。


 何にもなかったと思う。なかったはず。なのに。



 ……。




「……」





 ふと、脳裏に昔見たお祭りの風景が浮かんだ。

 今はもうやってない、ランタンや気球を飛ばすお祭り。


 火をつけ炎を受けてふわりと浮かび上がる。重力を失い、無重力の空へと。

 どんどん遠ざかり、小さくなり、消えていく。


 そこに、子供の私は、この小さな金色の友達の姿を幻視したのを、思い出した。





「……マリー」


「……」



 ……いつの間にか、うつむいてしまっていた。

 ふと、顔を上げて正面に目をやると……。



 なぜかそこには、両手を広げてハグ待ちの体勢を取るバカの姿が。

 何してんの……?




「大丈夫」

「……」


「ワタシはどこにも消えて行かないぞ。だからヒメは私の帰る場所であってくれ」


「……なにその恥ずかしいセリフ。バカみたい」

「あいるびーばっく」


「……バーカ」



 ……まぁ? 私は友達だし?

 たまにはハグされてやってもいいだろう。そういう文化の国から来た子だし。


 そんな気持ちでおずおずと近寄る。







「ふはは! 捕まえたぞ心の友よ!!」


「ああああ!! いや、ちょ、力強い!! うざっ!!」






 やっぱホントこいつバカ!!!






・・・

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