第51話 死に戻らないその後 1
「お嬢様、お手紙が届いております」
侍女のアンが一通の手紙を持って私室の扉をノックした。
「入って」
アンが部屋に入って来て、三時のおやつを食べていたルチアの前に一通の手紙を置いた。
「お父様からだわ」
手紙にはシンドルフ家の蝋封がされており、少し右上がりの字は父親の見慣れた書体だった。
手紙の封を切ると、時候の挨拶から始まり、遠く離れたルチアの様子を心配する文章、侯爵家の近況報告と続き、そして本題であるアレキサンダーの話で閉められていた。
アレキサンダーの廃嫡はもちろん、海を渡った部族との間に縁談が纏まったとのことだった。アレキサンダーの妻になるのは、小さな部族の族長を務める四十過ぎの女性で、その部族は一妻多夫制を掲げており、夫の浮気は公開私刑(妻の裁量)になるくらい、夫の貞操が重要視されているらしい。アレキサンダーは、そんな族長の九番目の夫になる為、すでに海を渡ったとか。
「あらら、これは公開私刑確実ですね」
「公開私刑って、どんなことするの?鞭打ちとか?」
「さあ?私も詳しくは知りませんが、噂によると、アソコをさらして木の棒で打たれるとか」
「アソコって……下半身丸出しってこと?」
さすがにそれは精神的な私刑かもしれない。あまり想像したくないが、絵面としても情けなさ過ぎる。
ルチアが想像したのは、下半身丸出しで、木の棒でお尻を叩かれるアレキサンダーだったのだが、アンが言ったのはさらに強烈な内容だった。
「台の上にアソコを乗せて、木の棒で叩くらしいんですけど、乗せられるほどのモノをお持ちじゃなかったらどうするんでしょうかね。手で押さえたら手を叩いてしまいそうですし」
(うん?叩かれるのはまさかのあそこ?)
ルチアは手紙を封筒にしまい、それと同時に想像もストップさせる。
「まあ、浮気しなきゃいいだけだしね。年上の奥さんなら、アレキサンダー殿下の手綱をしっかりとるんじゃないかしら」
「そうですね。まあ、これであっちこっち手を出す癖は矯正されるでしょうね」
アレキサンダーとの関わりは切れ、ゴールドフロントとプラタニアとの戦争は起こらなかった。そして、ルチアを何度も殺したノイアーとは今世では恋人同士になれた。これは、死に戻りのループから降りられたということなんじゃないだろうか?
「お嬢様、ぼーっとなさってどうなさいましたか?」
「あ、ううん。なんでもない」
「さあ、そろそろおやつは終了して、夜会の準備をなさらないとですよ」
「そうね」
今日は、ライザ王女殿下の誕生日をお祝いする夜会が開かれる。色んなことがあり、ひきこもりに拍車がかかっていたライザだったが、最近では少しづつ公の場にも顔を出すようになっていた。
いまだに、ライザのノイアーに対する想いがどうなったのかはわかっていない。また、アレキサンダーを使った企みについても、純粋にアレキサンダーとルチアが話せば、ルチアがアレキサンダーを選んでノイアーと婚約破棄をすると思ったのか、それとも女癖の悪いアレキサンダーと二人にさせれば、アレキサンダーがルチアを襲って(自分の時のように)ノイアーとの婚約が破談になると思ったから企んだのかもわかっていなかった。
「お嬢様は伯爵様の正式な婚約者なんですから、堂々と出席なされば良いのですよ」
「うん、わかってる」
国民が、傷物になった(未遂)王女の嫁ぎ先に興味津々で、その第一候補がノイアーであると言われていることをルチアが気にしているんだろうと、アンはルチアを励ますように声をかけた。ライザの誕生日である今日、ライザの嫁ぎ先が発表されるのではないかと、まことしやかに噂されていたからだ。
アンの手により、きらめく宝石が散りばめられた濃紺のドレスを着付けられ、可憐さを最大限引き出すような化粧を施されたルチアは、まさに妖精のような儚げな美少女になった。口さえ開かなければ、誰もがその純情可憐な佇まいに騙されることだろう。
「お嬢様、素敵です」
「アンの腕がいいのよ」
そこにやはり正装に着替えたノイアーが現れた。今夜は軍服ではなく、ルチアと色を合わせた礼服を着ており、ノイアーの体格に合った礼服はノイアーのスタイルをより良く見せていた。髪型も整えられ厳ついながら男前がさらに上がっていた。
思わずお互いに見惚れてしまい、同時に照れくさくなる。ルチアのうなじから垂れるおくれ毛や、アンが頑張って作った胸の谷間、細いウエストなどは清楚な中にも女らしさが感じられ、正直誰にも見せたくないとノイアーは今まで誰にも感じたことのないモヤモヤを感じていた。片やルチアは、ノイアーの格好良さを全世界に言って回りたくてウズウズしていた。
「用意ができたようだな」
「はい。もう行く時間ですか?」
「ああ」
ノイアーはスマートにルチアに腕を差し出し、ルチアはその腕に手を添える。そのまま二人揃って屋敷を後にし、今日は馬車で王城へ向かった。王城の正面門は多くの貴族の馬車で渋滞が起きているから、ノイアーの馬車は軍部が使う専用の通用門から王城入りする。
「こっちの通用門からだと少し歩くが、あの馬車の列に並んだら夜会の初まりに間に合わないだろうからな」
「今日、本当に王女殿下のエスコートしなくて良かったの?」
婚約者のいないライザには夜会のエスコート役がいないからと、王妃直々にノイアーにライザのエスコートするようにと要請があったらしい。
「婚約者がいるのに、他の女性をエスコートするような不義理をする訳にはいかない。それに、婚約者がいなければ、親兄弟がその役目を負うのが通例だ。サミュエル殿下には婚約者はいないし、一番の適役はあいつだろ」
「不義理……まぁ、そうだけど」
義理だけかと、ルチアは唇を尖らせる。
「それに、こんなに美しい婚約者を、一人で夜会になど行かせられる訳がないだろ。今日の夜会は、誰になんと言われても側から離れるつもりはない。たとえ、国王や王妃に言われてもだ」
馬車が停まり、ノイアーが先に降りてルチアに手を差し出した。ルチアはその手を握り、フワリとスカートをたなびかせちい馬車から降り、ノイアーの手をしっかりと握ったまま、夜会会場となる王城大広間へ向かった。
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