第49話 救出 1
「へっぶし……くしょん、はっくしょん、ルチア、はっくしょん!」
止まらないくしゃみに懲りずに階段を上がって来たのはアレキサンダーだった。ドアをバタンバタン開閉する音がし、一部屋一部屋ルチアを確認しているのか、豪快なくしゃみの音がどんどん近づいてくる。
ルチアは鍵の閉まらなかった扉を睨みつけ、のし棒を片手にクッションを鷲掴みにしてアレキサンダーを待ち構える。まず、アレキサンダーが部屋に入ってきたら、クッションを投げつけ、くしゃみを連発するアレキサンダーにのし棒をお見舞いする。何事も先手必勝!イメージトレーニングを繰り返しながら、のし棒を握る手に力が入った。
扉がガチャリと音をたてて開き、ルチアは相手を見ずにクッションを投げつけた。しかし、ちゃんと見ないで投げたせいか、思いもよらずアレキサンダーの反射神経が良かったからか、クッションは扉でガードされて床に落ちた。それだけでも埃は舞ったから、結果アレキサンダーはくしゃみ連発にはなったけれど、威力
は半減もいいところだ。
「入ってこないで!」
「ルチア……くしゅん」
アレキサンダーは、くしゃみをした反動で部屋の中に足を半歩踏み入れた。そのまま、くしゃみをしながら部屋の中央まで入って来てしまう。
「ルチア……僕と一緒に……くしゅん……逃げてくれ。ぐずっ……君を愛して……はっくしょん、いるんだ」
目は涙ぐみ真っ赤になっており、鼻水はダラダラ、くしゃみをしながらの告白は、ルチアの心に……全く響かなかった。
「前も言いましたけれど、私が好きなのはノイアーだから。一緒に逃げる意味がわからないです。というか、アレキサンダー殿下……いえ、アレキサンダー様が失くすのは、王太子という地位だけですよね。わざわざ外国に逃亡する必要なくないですか?」
「そんな、廃嫡は手始めだろう。王太子には手が出せないから、一般人に落として、それから投獄するつもりに決まっている!」
「つまり、投獄されてもおかしくないことをした自覚がある……ということですね」
アレキサンダーが上着を脱ぎ出し、それを見たルチアはギョッとしてアレキサンダーから距離を取ろうと窓際に寄った。アレキサンダーはさらにシャツまで脱いで肌着姿になると、脱いだシャツで鼻と口を覆った。どうやら、ハンカチくらいでは埃を防御できなかったらしい。
「いや、あれくらいで塩の利権を要求してくるような奴らだ。きっと僕を捕まえに来るに違いない!」
(思い込み、怖っ!)
どうやら、アレキサンダーは塩の利権よりも自分の方が価値があるとでも思っているようだ。
アレキサンダーは、一歩でルチアとの距離を詰めた。そして、ルチアがスウィングするよりも素早くのし棒を掴むと、ルチアの手からそれをもぎ取り投げ捨てた。
「ルチア、やっぱりおまえを置いて行くなんて考えられないんだ。僕について来てくれないか」
片腕を押さえられ、窓に身体を押し付けられた。
「い・や・で・す!」
「僕にはおまえしかいない!二人で新天地で暮らそう」
「一人でどうぞ!」
ルチアはアレキサンダーの手を振りほどこうとするが、筋肉はなくてもやはり相手は男だ。ルチアの力ではびくともしなかった。
(ここはフリーな手で顔を引っ掻いてやろうか?それとも股間を蹴り上げてやろうか?でも、のし棒ならまだしも、足で直に蹴るのは嫌だ!)
色々と考えた結果、ルチアはアレキサンダーの鼻と口を覆っていたシャツを勢い良くむしり取った。その途端、ルチアの顔めがけてアレキサンダーのくしゃみが炸裂する。それと同時に、ルチアを押さえていた力も弱まり、この機会を逃してはなるものかと、アレキサンダーの手から逃れようとルチアは精一杯暴れた。
顔をひっかき、脛に蹴りを入れ、それでもアレキサンダーの手は離れない。やはり股間に一撃しないと駄目なのかと、ルチアが覚悟を決めた時、バタバタと足音が響き、半開きだった扉が蹴り飛ばされた。扉の蝶番が壊れて、斜めになった扉が壁にぶつかり凄い音が鳴った。
「ルチア!」
埃が舞い上がり、アレキサンダーは慌てて肌着を捲し上げて鼻と口を覆った。薄っぺらくて筋肉のない腹筋と胸筋がルチアの目の前にさらされる。
「キサマ!ルチアに何をした!」
部屋に入って来たノイアーは、半裸のアレキサンダーを見て激昂し、腰に下げていた剣を引き抜いた。
(あ……あの剣)
あまりにも見覚えのある大剣に、ルチアは目眩を覚えた。そして、あの大剣に貫かれた前世の記憶がフラッシュバックしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます