第7話 日ノ宮の解呪師たち
今日の解呪は月之院からの要請だ。ということは、国から依頼されたものでかつ応援が必要なくらい大掛かりなものということになる。
わたしと凛は巫女装束に身を包み、指定の場所に到着した。
日ノ宮は伝統を重んじていて、解呪の際には必ず形式にのっとって行う。
ちなみに月之院はそんな古い伝統には固執しないスタイルらしく、「ありえない」とよく父がこぼしている。
指定された場所は緑が豊かな大きめの公園で、周辺は閑静な住宅街だ。富裕層が暮らす街だけあって、大きな一軒家が立ち並ぶ。
「凛様! さすがお早いご到着ですね」
少しして、日ノ宮一族の解呪師たちがぱらぱらと集まってきた。
二十代から四十代までの男性が全部で七人、揃いの浅黄色の袴をはいている。
女で高校生のわたしたち姉妹は目立つ。
「凛様、今日も美しい!」
「さすが、その千早もお似合いですね」
一族の男性たちは凛を見つけるなり、賛辞を口にした。
皆、当主の妻になる凛に取り入ろうと必死だ。
「みなさん、ありがとうございます! でも姉を差し置いてあたしが千早を着ていいのかと心配で……」
凛がわざとらしくしおらしい態度で解呪師たちに話す。
凛が来ている千早は、鬼の紋が入った特別なものだ。
鬼の顔をかたどったこの紋は、最高術師であることを示しており、当主の妻にだけ着ることを許されている。
「何をおっしゃいます! それは当然のことです!」
「そうですよ、あなたは柊様の大切なご婚約者様なんですから」
いつの間にか解呪師たちが凛を取り囲んでいる。「でも……」と目を伏せる凛に、一人の解呪師がこちらを睨んで言った。
「またあの姉に何か言われたのですか!?」
いつものくだりが始まり、わたしは身を固くした。
「またあの無能ですか……」
追随するように別の解呪師が侮蔑の目を向ける。
「お可哀そうに……。無能に妬まれているのですね。あなたは日ノ宮の光だ。私たちが守りますから安心してください」
「おまえみたいな無能が凛様を妬むなんて、浅ましいぞ!」
ここぞとばかりに凛に寄り添う者、わたしを罵る者で場は騒がしくなる。
わたしはただ口を閉じ、下を向く。
「何とか言ったらどうなんだ、この無能!」
「――っ!」
腕のあたりに石が飛んできて、痛みを堪える。
(解呪の仕事が始まるまでの我慢だ)
何とか言ったところで、笑い者にされるのはわかっている。私を下げ、凛を上げる。あの人たちは凛のご機嫌をとりたいだけだ。現に凛は皆に囲まれ愉悦の表情でわたしを見ている。
皆、凛を喜ばせるのに手っ取り早い方法を知っているのだ。
(いつものこと……いつものことだわ)
これがずっと続くわけじゃない。だからひたすら耐えればいい。
「姉は柊様のことが好きだったの。だから妬まれても仕方ないわ」
悲しそうな表情で皆の同情を誘う。そしてわたしに目を向けると一族たちは一斉に大笑いした。
「お前が!? 柊様を?」
「どこまで浅ましいんだ!」
「お前みたいな無能、柊様が相手にするわけないだろう」
「鏡を見たことがあるのか? 愛らしい凛様と比べるほどもない!」
なんでそこまで言われなきゃいけないのか。
わたしの淡い初恋は踏みにじられ、笑われ、罵倒される。
「まあまあ皆さま、想うだけなら自由でじゃないですか」
くすくすと割って入った凛に、カッと顔が熱くなる。
「凛様はお優しいですね」
「まあその通り、想う
ぷっと吹き出しそうに言った一人を起爆にして、また皆が笑い出す。
「それを言ったら俺だって凛様を想っていいはずだ」
「俺もだ」
「まあ、みなさん、ありがとうございます! でも柊様に怒られますよ? 柊様ってばやきもち焼きなんですから」
「これは、お熱いですね!」
頬に手をあて、困ったように微笑む凛を皆が囲み、楽しそうに笑う。
凛は満足して、わたしに勝ち誇った顔を向けた。
車の止まる音がして、凛を囲んでいた解呪師たちは一斉に一列になる。柊ちゃんが到着したのだ。
公園の入口には黒塗りの車が止まっており、後部座席はすりガラスになっていて中が見えない。
運転手は車から降りると、後部座席のドアを開けた――瞬間、空気が変わる。
紫の袴、鬼の紋が入った装束を纏い、柊ちゃんが車から降りる。
美しい白金の髪は、鬼姫の血を濃く継いでいる証らしい。ショートボブで目元が隠れがちな彼は、とても儚げで美しい。
皆その美しさへ釘付けになるとともに、当主としての威厳に圧倒される。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返り、まるでスローモーションが流れていくようだ。
「柊!」
その静寂を破ったのは凛だった。
皆が頭を下げる中、走って柊ちゃんの元へ行く。
「凛。今日も君の力が必要だ。僕を支えておくれ」
凛が側に辿り着くと、柊ちゃんは目を細め、穏やかな声色で言った。
寄り添う二人がお似合いだと、皆からは溜息が漏れる。
(本当にお似合い……)
柊ちゃんのことはもう何とも思っていないと言ったら嘘になる。だって初恋の人なんだから。
凛と婚約して以来、柊ちゃんと話す機会はなくなった。当主である柊ちゃんに気軽に会えないのもそうだが、わたしも何となく避けていた。こうして解呪の仕事のときに、ときどき姿を目にするだけ。柊ちゃんもわたしに目を向けることなんてなかった。
解呪師たちが整列する末尾に並ぶわたしは、二人をぼんやりと眺めていた。
(ようやく心の整理ができてきたのかもしれない)
二人が並ぶところを見て、二人は本当に愛し合っているのだとようやく理解して。
「――っ」
柊ちゃんがこちらに視線を向け、目が合う。
久しぶりに目線が合い、心臓が跳ねた。
(えっ……)
柊ちゃんは目を逸らすことなく、そのままわたしの方へと歩いて来る。
ドキドキと鼓動が早くなっていき、柊ちゃんの足がわたしの前で止まる。
「柊ちゃ――」
声をかけようとしたわたしの言葉を遮り、柊ちゃんは信じられない言葉を口にした。
「僕の婚約者を虐めているようだね?」
見たことのない冷たい表情でわたしを見下ろす。一瞬、何を言われたのかわからなくてわたしは石のように固まった。
一族の解呪師たちがわたしを罵るのは、凛の機嫌を取るため。柊ちゃんだけは幼馴染としても、当主としてもわたしをそんな目で見ないと信じていた。――この瞬間までは。
「日ノ宮一族にとって大切な凛を害するなど、日ノ宮を追い出されたいのか?」
凛の前では昔のまま穏やかに笑っていた柊ちゃんが、わたしを厳しい表情で見下ろし、当主として糾弾している。
(ああ、わたしは幼馴染ですらなくなったんだな)
柊ちゃんへの初恋さえも砕けた瞬間だった。
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