26 この世界は美しい
オラーツィオ・アウルムの軍がドラゴンに襲われていると報じられて一時間ほど経った。
アガット国衛士団は、わたしアストリッド・アガットを先頭に、カメオスの都を出た。
ゴブリン程度の魔物しか知らなかったが、田中信行のことだ、ドラゴンと言って想像するのはモンハンのリオレウスとかそのあたりだろう。
横を馬で進むシャルルによると、夏になるとドラゴンは南の果ての火山から出て、北の冷涼なところに向かうのだという。そして今年はその渡りのルートがアガット国近くの平原を通っており、ルート上に人間がいたのでちょっとした栄養補給、となったらしい。
いやそんなヤバいもんと戦えるの?
リオレウスで済めばいいが、古龍みたいなのが出てきたら勝てる気がしない。モンハンライズは上位に上がったところで諦めてしまった。Xのフォロワーとマルチプレイしたりもしたが、接待モンハンだったのでぜんぜん強くなれなかったのだ。
焦げた空気がじり、と鼻を突いた。
ずっと向こうで、オラーツィオ・アウルムの軍が、まさにドラゴンと戦っていた。
ドラゴンが咆哮すればオラーツィオ・アウルムの軍は怯み、翼から強風が吹き出て兵は吹き飛ばされ、近寄るものは鋭いかぎ爪で八つ裂きにされ、炎が轟轟と口から放たれる。
まさに絶対強者との戦い、という印象であった。
これ、勝てるの?
オラーツィオ・アウルムの軍は投石機や鉄砲をドラゴンに向けているわけだが、石を投げても軽く、サラダせんべいのごとく軽くかわされているし、鉄砲の弾が当たってもばちん! とぶつかるだけでダメージを与えられているわけでなさそうだ。
「押せーッ! オオトカゲに道を塞がれるな! 王孫の墓参りに向かうのだあ!」
オラーツィオ・アウルムの怒号が、ドラゴンが羽ばたく合間から聞こえた。
「どうなさいますか、アスト姫様」
「ドラゴンを倒しましょう」
やるしかない。わたしは震える自分の右手の甲をぎっと噛んで、銃を構えた。
「ドラゴンの翼の柔らかいところを狙います。飛べないドラゴンなどただのトカゲ」
「用意、放て!」
アガット国衛士団から銃弾が放たれる。ドラゴンの翼の、柔らかそうな膜のところを、弾丸がバスバスバスと貫き、ドラゴンは悲鳴を上げ墜落した。
「いけーっ!」
オラーツィオ・アウルムが軍を突撃させる。ドラゴンは飛べなくなったので、なんとか歩いて逃げようとするが、基本的に空を飛ぶ生き物のようで歩くのは端的に言って下手くそだ。
ドラゴンは沈黙した。
人間の勝利、である。
「アガット人……」
オラーツィオ・アウルムが我々のほうを見る。
「損害が大きかったようですね」
「損害が大きいなんてもんじゃない。半分くらい死んだ。ちくしょう、どうしてこんな」
オラーツィオ・アウルムは、ボロボロと泣いていた。
「精鋭部隊だったのですか?」
「そうだ。墓参りに行くだけだから、父上の目を欺いて少人数で出たのが仇になった」
「本当に、墓参りに来るおつもりであったのですか」
「俺は生来ウソつきだが人の生きる死ぬでウソはつきたくない。だいいちアガット国など滅ぼしてもフランチェスコは戻ってこない」
「――弔いをしましょう。司祭がいます」
そういうわけで、オラーツィオ・アウルムの軍の、死んでしまった兵を平原に埋める。いずれ美しい花の咲く栄養となるだろう。
シャルルが聖典から人の死を悼む詩歌を唱えた。
みな、悲しい顔をしていた。
◇◇◇◇
「そんな理由で、アウルム王国軍をカメオスに入れたのですか!?」
おもいっきりじいやに驚かれた。ノットエレガント、ということらしい。
「もう完璧に戦意を喪失されています。大丈夫ですよ」
「しかし、相手はオラーツィオ・アウルムですぞ!? なにをするか分からない、冷酷無比にして無双の軍神、オラーツィオ・アウルムですぞ!?」
「いいではないですか。今のところは悪いことをしようとはしていませんよ」
「今のところ、ではないですか! いつ悪さをするか分からないではないですか!」
じいやがキーキー怒るのはともかく、わたしは独断で、生き残ったオラーツィオ・アウルムとその精鋭部隊をカメオスの城壁の中に入れて、怪我の治療を受けさせていた。
わたしにはオラーツィオ・アウルムが、悪いことをするとは思えなかった。
死ぬには幼すぎる息子と、たくさんの兵を失い、オラーツィオ・アウルムは大変気落ちしているように見えたのだ。
わたしは衛士を連れて、オラーツィオ・アウルムの手当をしている施薬院に向かった。施薬院では医師や薬師が忙しく立ち働き、ドラゴンと戦い傷ついた人々の治療に当たっていた。
オラーツィオ・アウルムは、右腕がうまく動かなくなったらしい。
これでは寝首を搔くことなどできないだろう。
「お加減はいかがですか?」
「……この国の施薬院は、みな親切だな」
オラーツィオ・アウルムはそう呟いた。
「右腕の動かぬ俺など、父上は何の価値もないというだろう。アウルム王国では身体の動かないものは最底辺だ。生きる価値など、仮に王族であっても存在しない。だれかに面倒を見てもらう必要のある人間など、生きる価値もないのだ」
「アガット国なら、そういう人間も受け入れますよ」
「……どうだか」
オラーツィオ・アウルムは薬湯をぐいっと飲み干した。
「まずい」
「薬ですもの」
オラーツィオ・アウルムはやっと笑顔になり、そして一つため息をついた。
「もうこの右腕は、なにをしても動かないだろう……と、医師に言われた」
「気の毒なことです」
「アストリッド・アガット。わが父に手紙を書いてほしい。オラーツィオ・アウルムは、ドラゴンと戦い、もう身体の動かない人間になった、と」
「そうすると、戦争は終わるのですか?」
「終わらぬ。父は俺が人質として差し出したフランチェスコが死んだのは、毒を盛られてのことだと思っているはずだ。きっと父の軍がカメオスに攻めてくる」
「では手紙を書く理由はなんなのです?」
「アストリッド・アガット。そなたが誠実であるという証明だ。兵のうち、軽傷で済んだものを帰還させて、原状を説明させるついでに、そなたからの手紙を持たせたい」
「……分かりました。手紙を書きます。もう少し身体がよくなったら、ぜひフランチェスコのお墓に行ってあげてください」
「うむ。そなたは優しいな」
オラーツィオ・アウルムに優しいと言われてもあんまり嬉しくないのだが、しかしオラーツィオ・アウルムはこの手を使ってフランチェスコをこしらえたに違いない。
可哀想なオラーツィオ・アウルム。
「な、なんだその憐みの目は。俺がそんなに可哀想か」
「いいえ。幸せと縁遠い人生を歩んできたのだな、と思っただけです」
「お、俺は幸せだった! フランチェスコを産んだ女は娼婦だったが、俺を愛してくれていたし、あちこちの属州から後宮に妃を迎えることも決まっていた!」
「女だけが幸せですか。それでいいのですか」
「な、な、なんだとぉっ!?」
オラーツィオは分かりやすく怒っていた。
またしても気分は「オラーツィオよわ~い♡ざぁこ♡ざぁこ♡」であった。
でもオラーツィオにしか分からない孤独や悲しみは間違いなくあって、それを思うと一方的に憐れむのはおかしい気もする。
しかしオラーツィオは相変わらずいけ好かない金髪野郎なので、親身になって悲しみを受け止めてあげよう、という気にはならない。
なんだか悲しい気持ちで施薬院を出る。
わたしは、このオラーツィオという哀れな男を創造した張本人である田中信行の転生先だ。
オラーツィオという男は、こんなにも闇を抱えていたのか。
「アウルム王国列王記」を書いているときは、完全無欠の無双ヒーローだったのに、いまではすっかり弱っている。
やはりオラーツィオは戦わねば存在価値を示せないタイプの男なのではないか。
しかし片腕が動かないとなれば武器を手に取ることはできないだろう。
なんとか、こいつを幸せにしないと、田中信行がこの世界に転生した意味はないのではないか。
ライトノベルの神は言った、田中信行のやるべきことは「アウルム王国列王記」を面白くすることだと。
そのために、田中信行はアストリッド・アガットとして、アウルム王国の攻撃に抗い続けた。無茶なこともたくさんした。それでも、ライトノベルの神の思し召しに従い、物語を面白くするべく頑張り続けた。
でも、もう田中信行に戻る気はない。
田中信行でいたら、この世界をじかに見ることはできない。
この都カメオスで暮らして、グラフィックは次第に美しくなった。イメージとしてはニンテ●ドーDSからニン●ンドースイッチに進化した感じだ。
世界の詳細部分がハッキリ視覚として分かるのは、やはりこの世界のイメージがしっかり出来上がりつつある、ということだろう。
この世界は美しい。
あんな、自分を貶める世界になど、戻るものか。
田中信行は現実を恨んでいた。
この異世界で、アストリッド・アガットが死ぬまで暮らすのだ。
屋敷に戻る道中、わたしは道路の段差につまずいた。
頭をしたたかに道にぶつけて、そのまま気絶してしまったようだ。
視界がクリアになっていく。
そこにいたのは、ライトノベルの神様だった。
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