16 世界の行く末を変える戦争

 オラーツィオ・アウルムを、織田信長だと仮定して。

 いちばんあり得そうな結末は、やはり本能寺の変のような謀反ではないかと考える。


 本能寺の変というのは明智光秀が徳川家康や足利将軍家サイドやそのほかいろいろな人にそそのかされた結果だ、という説がある。


 オラーツィオ・アウルムだって、いろんな人に恨まれているのは間違いない。ただ次のアウルム王国の王という立場ゆえ、だれも手出しができないわけで。


 そして本能寺の変を起こした明智光秀は、あっさりと農民に竹槍で刺されて死んでしまうわけで。


 つまりここから導き出される答えとしては、だれかをそそのかす側に回ればいい、ということだ。


 えーっと。えーっと。だれかそそのかして動きそうな、アウルム王国側のキャラクターっていたっけか。

 しばらく考えて、オラーツィオ・アウルムの設定は「孤高の人」「慣れ合わない」「周りを絶対服従させる」といった感じであると思い出す。


 つまり、周りに気を許す人などひとりもおらず、わりと可哀想な人であるということだ。

 間違えても部下を「金柑頭!」と言って蹴飛ばすような「かわいがり」はしないのだ。

 すべてをひとりでこなせるから部下になにかを任せる、ということをしないのだ。

 本能寺の変は起きそうにない。


 きれいな詰みあがりであった。


 だとしたらハニートラップはどうか。暗殺者の美女を差し向けて、情事の真っ只中に殺してしまうのだ。さすがに情事の真っ只中ではよろいを装備してはおるまい。


 じゃあ暗殺者の美女って誰だ。


 きれいな詰みあがりであった。


 オラーツィオ・アウルムにチートスキルを与えなかったとはいえ、ここまでの完璧超人を殺す方法なんてさっぱり思いつかない。なにかないか。なにかないか。現代知識で無双できないか。


 うんうん唸って思い出したのは、野坂昭如の「てろてろ」という作品であった。

 この「てろてろ」という小説は、テロリストたちが主人公で、いろんな人の殺し方が出てくる。その中に、「砂糖にガラスを粉にしたものを混ぜて、それを長期間食べさせて内臓から殺していく」というものがあった。


 アガット国って、南のほうで砂糖穫れるんじゃなかったっけ?

 じいやに尋ねてみると、「その通りでございますぞ」と言われた。

 じゃあ、と作戦を提案する。


「それは無理にございましょう」

 ナンデ!?


「オラーツィオ・アウルムは毒殺を恐れて、献上品は確実に安全なもの以外口にしないとか。砂糖は要するに白い粉でありますから、最も警戒するものの一つでしょう。ましてや敵国から送られてきたものであればなおのこと」


 きれいな(略)。

 なんかないかなー! オラーツィオ・アウルムをピンポイントで狙う方法! あーあ! この世界にさいと●プロダクションがあったらデ●ーク東郷を差し向けてもらうんだけどなー!


 唇を尖らせて考える。美少女だから許される仕草である。


「いまは兵力の回復と、敵軍をおびき出す方法を考えましょうぞ。いつまでもオラーツィオ・アウルムを単体で仕留める方法を考えてもどうにもなりませんぞ」


「そうですね……そうだ、街道の問題が解決したいま、蒸気機関の共同開発を持ち掛けて、それでいったん和睦したふりをして仕留めにいくというのは」


「ですからアスト姫様、いったんオラーツィオ・アウルムは忘れましょう。敵はアウルム王国軍であって、将を射んとする者はまず馬を射よという言葉どおり、オラーツィオ・アウルムを支えているアウルム王国軍を弱らせる策を考えるべきです――」


 誰かがドアをノックした。「入りなさい」と声をかけると、技術ギルドのギルマスが入ってきた。


「アスト姫様のお目にかけたいものがございます」


「分かりました。じい、見に行きましょう」


「はっ」

 というわけで技術ギルドの裏庭にきた。そこにあったのはなんというか、スチームパンク風の、蒸気機関で動く乗り物だった。


 あの、すごく個人的な意見なんですけど、スチームパンクってなんていうか……蒸しパンっぽい名前じゃないですかね?


 それはともかくギルマスの説明を聞く。もうこれは実用段階らしく、石炭をくべてやればふつうに自動車として動かせるらしい。かがくの ちからって すげー!


「なるほど……素晴らしいです。乗ってみたいです!」


「もちろんでございます。後部座席にどうぞ」


 乗ってみる。ポッポォー! と音がして、まるでラ●ュタのド●ラ一家の自動車と蒸気機関車の追いかけっこのシーンみたいに動き始めた。ただしとても煙い。


 しばらく技術ギルドの庭をぽっぽ一号(いま勝手につけた名前である)は走り回った。

 煤だらけになって降車するとじいやにハンカチを渡された。これよくじいやが洟かんでるやつ? と、不信の目で見つめると「おろしたてですぞ」と言われたので信じて顔を拭く。真っ黒である。


 煤まみれのギルマスに、兵器に転用できないか相談してみる。いますぐに、とはいかないかもしれないが、大砲を載せて戦えるようにできるかもしれない、とのことだった。


 これがあれば馬に引かせたチャリオットなど敵ではない。移動しながら大砲が撃てたらファランクスだってボコボコにできる。さながら上位の武器で下位のオサイ●チをボコるごとし。


 現代知識でチートするのに成功して、ニコニコと屋敷に戻ってくると、メイド長の小脇に抱えられて風呂場に連行された。そんな、犬洗いじゃないんだから。


 服も髪も煤まみれであった。


 ふと、田中信行が子供のころ飼っていたヨボヨボの老犬を思い出した。

 まさにこんな感じに薄汚れていて、でも歳が歳だったので風呂に入れたらビックリして死んじゃうんじゃないか、ということになり、犬は薄汚れたまま歩けなくなり、薄汚れたまま天寿を全うしたのであった。毛並みにはいつも寝ているスノコの跡がついていた。


 珍しくせつない田中信行の記憶を思い出してしまい、ちょっとだけションボリする。


 風呂から上がってくると、猫が脱衣場で寝ていたので、服を着て髪をゴシゴシしたあと、猫の太ももをぺちぺちして遊んだ。猫は元野良だというのにたいそう大人しい。


 髪をメイド長に梳いてもらいながら、なにかアウルム王国軍に圧勝する手はないか聞いてみる。


「さあ……私はメイドですのでねえ。戦争のことはさっぱり存じませんで」


「そうですか、そうですね……」


「でも、アスト姫様が煤まみれになるくらい頑張っているのは素晴らしいことだと存じますよ。ただ本当に煤まみれになるのには反対ですけれども」


「ありがとう。頑張ったかいがあります」


「アスト姫様、私に手伝えることはそう多くありませんが、私はアスト姫様の味方ですよ」


 ◇◇◇◇


 夜、布団のなかで考えた。

 終わらない戦争で民が疲弊することは避けたい、と思う。


 しかし戦争を終わらせる手がわからない。田中信行では詰将棋三手詰めでうーうー言うのと同じだ。


 田中信行の考えたヒーロー像が考えれば考えるほどクソで、もっとこう……もふもふ神獣とスローライフ! とか、貞操概念逆転! とか、催眠アプリで美少女同級生と! とか、そういう楽しいお話を書くべきだった、と反省しきりである。


 でも主人公がクソの「アウルム王国列王記」を書いてしまったのも、その物語の序盤で死んでしまうザコに転生してしまったのも変える方法のない現実だ。


 だから、作者として、序盤を面白くするために精いっぱい抵抗するしかない。


 きっとオラーツィオ・アウルムは「なんでアガット国がこんなにしぶといんだ?」と思っているはずだ、田中信行の書いた物語では三カ国連合軍なんてなかったし、蒸気機関だってなかったし、アガット国の衛士団が銃器をもって王都ドムスを取り囲むシーンなどなかった。


 きっとなんとかなる。

 そう信じるしかない、そう思って眠りに落ちる。


 翌朝まだ日が昇る前にメイド長にたたき起こされた。なんだなんだ、と目をこすりこすりしていると、じいやが一通の手紙を持ってやってきた。


「オラーツィオ・アウルムからの手紙です。姫様が御自らお開けになるべきかと」


「わかりました」

 シーリングワックスを剝がす。中からは黄金比にカットされ、美しいすき込みの入った、見るからに高価な紙に書かれた手紙が出てきた。


 ――オラーツィオ・アウルムの字だ。田中信行が想像したオラーツィオ・アウルムフォントの文字を追いかける。


『アウルム王国に恭順の意を示さねば、お前の命はない。

 すでに都カメオスには間者が入っている。それらに殺されたくなくば、アガット国をアウルム王国の属州とせよ。

 これは提案でなく命令である。逆らえばお前だけでなく、アガット国の民も攻撃する』


 これはアウルム王国とアガット国がぶつかったときに、アガット国が負けることを確信しているような内容である。


 むかむかする。


 たいへん、むかむかする。


「じい。蒸気機関チャリオットはどこまでできていますか?」


「大砲を搭載できるようになった、とギルドマスターからの連絡にはありましたが」


「さすがにこの手紙を見て、いつまでも穏やかにしているわけにはまいりません」

 わたしはじいやに手紙を渡した。

 じいやもむかむかする顔をしていた。


「我々が軽んじられていると思ってよろしいのでしょうか」


「そうです。アウルム王国は我々を虫けら同然に思っているのです。属州になんかなるものですか。いますぐ蒸気機関チャリオットを量産せよと命じてください。全面戦争です。わたしも出陣します」


「しかし姫様、それだけは……」


 わたしはにっと笑った。

「世界の行く末を変える戦争を、見ないわけにはいきません」

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