14 蒸気機関を開発しよう
なんとかカルブンクルス属州と同盟を組み、街道の往来を邪魔するアウルム王国軍を追い出さねばならないのだが、そんなことでのたうち回っているうちに冬が過ぎて春になった。
なんと、アガット国の冬は恐ろしく短いうえに、雪も全く降らなかった。豪雪地帯のクソ田舎に住んでいた田中信行としては「ヒャッホウ!」という感じだ。
春になってすぐ、フランシスが鉄砲200丁とサツマイモの苗を持ってきた。しかし代金をすぐ払う目途が立たないと言うと、「なんと分割払いが可能です!」と笑顔で言われた。テレビ通販か。
きっと分割払いにすると手数料もたんまり取られるのだろう。そこで一つ提案してみた。
「技術を売ることで対価としていただくことはできませんか?」
「技術……ですか。どういったものです?」
「食べ物を長期間保存し、輸送も簡単にする技術です」
というわけで缶詰工場を紹介すると、フランシスはすぐ缶詰工場を視察しに行き、素晴らしい技術だ、と絶賛してくれた。さっそく故郷にフルーツの缶詰工場を建てる、と言って、お代はいらない、ということになった。
フルーツの缶詰かあ。牛乳寒天が恋しい。缶詰みかんがドチャッと入ってるやつ。ただみかんの缶詰めはみかんをアルカリにドボンして薄皮を取ったところに酸をぶち込む、という方法で作るので、この世界で作るのはまだ難しいかもしれない。
「あのフランシスがタダでいいってんだから、缶詰ってのはとんでもない技術なんだね」
心配だからと仲介役を買って出たマリューが変な感心の仕方をしていた。
カメオスの城壁内に畑の土を運び入れて布の上に盛り上げ、サツマイモを植える。田中信行の親戚が庭に養生シートを敷いて、その上に土を盛ってサツマイモを育てていたので、それと同じやり方でやってみることにしたのだ。
その親戚はチューナーレステレビでYouTubeの動画ばかり見るうちに陰謀論に毒されて、立派な家庭菜園に感心したら「だっていつ戦争起きるか分かんないんだよ!」と言っていたのだが、まさか本当に家庭菜園が戦争の役に立ってしまうとは思わなかった。
ツナ缶もドンドコ運ばれてきた。開けて品質を確認すると、フレークではなくブロックだったが、味は日本のツナ缶と大差ない。
籠城ばっちこいの態勢が出来上がった。
しかし現状やるべきなのは籠城ではなくなっている。一つなにか上手くいけば別のなにかが問題になる。どうしたものだろう。
「アウルム王国に書状を送ろうと思います」
「アスト姫様、およしになったほうがいいんでないですか? もしアスト姫様がオラーツィオ・アウルムの後宮に入るなんてことになったら大変ですわよ」
メイド長が心配顔をしている。
「ラブレターではないから安心してください。街道の往来を妨げているアウルム王国軍を撤退させてほしいというお願いです」
「ますます心配ですわ。もしそれでオラーツィオ・アウルムが、『俺様の後宮に入るなら考えてやるガッハッハ』って言い出したらどうなさるんですか」
「ずいぶん後宮が話題になりますね」
「ああ、アスト姫様は忙しくてまだきょうの新聞をお読みでないのですね」
メイド長が新聞をすっと取り出して渡してくれた。アウルム王国の王都ドムスに、オラーツィオ・アウルム王太子のための巨大な後宮が建設されているのだという。
これはあれか、後宮ミステリが始まっちゃうやつか。寵姫同士の嫉妬や傲慢から殺人事件が起きる流れか。あんまりそういうの好きじゃないんだよなあ。
こういう「あんまりそういうの好きじゃないんだよなあ」という悪癖のせいで、田中信行は読むべきライトノベルを読み損ねていたような気がする。それはともかく。
世界各地から美女を集めた夢の後宮を作る気なのだ、オラーツィオ・アウルムは。
オラーツィオ・アウルムってハーレム展開するんだっけ? と原作者である田中信行になって考えてみるも、背景として軽くこういうのも描いておこうか、くらいの軽いノリで書いたような気がしてきた。
どうせハーレムもの書くならもっとハッピーなの書け田中信行!!!!
世界中からさらわれてきたプリンセスを集めた後宮なんて、ハッピー成分1ミリもないやんけ!!!!
憤りながらメイド長に新聞を返す。
「どうしてそんなにお怒りで?」
「オラーツィオ・アウルムは、きっと不幸せな後宮を作るのだろうな、と思うと怒りが湧いてしまって。なんとかオラーツィオ・アウルムのもくろみをくじかなくては」
「素晴らしい、その意気です。同じ女として応援いたしますわ」
「いえ、後宮の建設でなく、アガット国の独立、という意味です」
メイド長は目をパチパチして、「……いまお茶をお持ちしますね」と言って出ていった。どうやらメイド長はオラーツィオ・アウルムが後宮を建てるというのに怒っていたらしい。
はあーあ、とため息をつく。すぐお茶が出てきた。適温だ。
アウルム王国軍を撤退させるにはどうしたらいいだろう。
……じいやが来ないな。
結構な歳だし、腰でも痛めたかな。
あるいは……と恐ろしいことを想像して、ふるふると頭を振った。じいやがいなくなったら誰に執政官をお願いしたらいいのか。
誰かにじいやはどうしたのか聞きにいこうとしたら、じいや本人が飛び込んできた。
「アスト姫様! 技術ギルドが素晴らしい発明をいたしましたぞ!」
技術ギルドというのは蒸気機関の開発を依頼していたところである。
「じいはそれを見に行っていたのですか?」
「ハイ! じいは感激のあまり泣きそうですぞ!」
例によってじいやはすでに泣いている。またしてもハンカチで洟をかんだ。ハンカチを洗濯するじいやの奥さんが不憫である。
というわけで、じいやの案内で衛士ひとりを連れて、技術ギルドに向かう。
そこにあったのは、いわゆる「おさるの列車」であった。
「これは出力を抑えた試作品なので、いずれもっと大きくて人間も運べるものを作るつもりです」
要するにSLだ。技術ギルドの職員が釜に石炭をくべて火をつけると、シュシュポポと蒸気を上げておさるの列車は動き出した。かわいい。
「素晴らしいではありませんか。早期の実用化に期待していますよ」
「ありがとう存じます、アスト姫様。それからこちらもご覧ください」
見せてもらったのは石油の精製現場だった。
「蒸留する温度で性質の違う油が採れることが分かってきました」
「なるほど……こちらも実用的な使い道が見つかるように頑張ってくださいませね」
「しかしですな」
「……はい?」
「アスト姫様は実用化実用化と申されますが、実用的であることはそんなに大事ですか?」
「どういうことです?」
「新たな技術が生まれ、世の中が便利になっていくことを否定するわけではありませんが、技術を求めてさまざまな学問が発展することこそ、いちばん大事なことなのでは?」
頭の中に、名作漫画「動物のお●者さん」の名台詞「金を出さないといえば文部省、文部省といえば金を出さない」というのがかすめていく。
やるぜやるぜ俺はやるぜ。頭の中をソリ犬が駆けていく。
「だからアスト姫様には、金にならない事業も大事にしていただきたいのです」
「なるほど……確かにその通りです。戦争で焦って近視眼的になっていました」
「いえアスト姫様、さまざまな技術を実用化してアウルム王国と戦う力をつけるのではなかったのですか!?」
じいやが慌てる。そりゃ慌てると思う。
「ごめんなさい、蒸気機関が開発されてシンプルにすごいと思ってしまって。いまこの国はアウルム王国との戦争でにらみ合いをしているところなので、なるべくなら実用的なものを作ってほしいのは変わりませんが……学問の発展はよいことなので」
じいやがやっと安心した顔をした。
技術ギルドの職員は誇らしげな顔をしている。
とにかく蒸気機関の実用化と、石油精製でなにか実用的なものを開発することをお願いして、屋敷に戻った。
為政者というのは大変なんだなあ。
執務室の椅子にかけてぼーっと天井を見上げる。
お昼ご飯にはソバが出てきた。ずるずるすすって天ぷらが欲しいなあ、と思う。
食事のあと少し休もうと、執務室のソファに座ってため息なんぞついていると、なにやら廊下が騒がしくなり、お昼を食べに使用人用の食堂に行っていたじいやが慌てて入ってきた。
「ビックリした、なにごとですか」
「アウルム王国から書状が届いてございます! オラーツィオ・アウルムからです!」
「ハァ?」
ちい●わのキャラクターのようなセリフが出た。受け取った、きれいな紙の便箋のシーリングワックスをぺりぺりはがして、中の書状を取り出す。
たぶん祐筆が書いたのだろうが、嫌味ったらしいほどきれいな字で、蒸気機関を共同開発しないか、というようなことが書いてある。蒸気機関の開発権を共同にするなら、カルブンクルス属州への街道の往来を妨げている兵士を撤退させる、とも書いてあった。
「じい、ちょっとこれを読んでみてくださいませんか」
「エッ、恋文なのでは!? 後宮にこいという手紙なのでは!?」
「違います。おそらくアウルム王国の諜報員が技術ギルドに紛れ込んでいますね」
じいやはちょっと安心した顔で手紙を受け取った。いや安心することではないのだ。アガット国の手柄を横取りされかけているのだから。
「共同開発、ですか。アウルム王国の言いなりになってはなりませんぞ」
「その通りだと思います。蒸気機関の発明は我が国の手柄です。手柄を横取りされてはいけない。だいいち共同開発の見返りが『カルブンクルス属州に向かう街道を邪魔する兵士の撤退』では、明らかに釣り合わない」
「では……どうされます?」
「断って、武力行使で街道の兵士を始末しましょう。それがきっかけでアウルム王国が攻めてきても、こちらは籠城の準備ができているのですから」
「いよいよおやりになりなさるか」
「ええ、ここからは反撃します」
どうやら本気で戦争を考えねばならないらしい。
久しぶりに田中信行を褒めたくなった。田中信行は、オラーツィオ・アウルムに、チートスキルなどを与えなかった。つまりオラーツィオ・アウルムも、ただの人なのだ。
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