黒い旋律

鷹山トシキ

第1話

 明智良二は、都会の片隅にある狭い部屋で、いつものように安楽椅子に深く座り込み、考えを巡らせていた。彼は刑事でも探偵でもない。ただの引退した学者だったが、その頭脳は今も鋭く冴え渡っている。外の騒がしさをよそに、良二の部屋は静寂に包まれていた。彼は謎めいた事件の情報を読み解くことが趣味であり、新聞や雑誌に掲載される事件を見つけては、独自の推理を展開していた。


 ある日、郵便で届いた一通の手紙が彼の平穏な生活を一変させた。手紙にはこう書かれていた。


「石ころに隠された真実を知りたいなら、暗号を解読せよ」


 同封されていたのは、無造作に見えるただの小石と、奇妙な記号が並んだ暗号文だった。これが単なるいたずらなのか、それとも本当に何か意味を持つのか。良二の興味は一気にかき立てられた。


 良二は手紙と小石をしばらく眺めた後、机に置かれたノートを手に取った。彼は、過去に解読した暗号やパズルの記録を元に、暗号文の構造を分析し始めた。彼の研究の成果から、暗号文がある種の古代の手法を使用していることを突き止めた。


「この暗号は分類される必要がある」と良二は呟いた。彼はまず、暗号をアルファベットと数字に分け、その後さらに細かいパターンを抽出しようとした。そこで気づいたのは、一部の文字が特定のリズムを持って配置されていることだった。まるで、それが何かを示す鍵のようだ。


「ふむ、これはただのランダムな文字列ではない。きっと何かのコードだ」


 良二は集中して解析を進め、ついに最初の一片を解読することに成功した。それは「一寸法師」と書かれていた。


「一寸法師? 童話の名前が出てくるとは…」良二は首をかしげた。この解読結果が何を意味するのかはまだわからない。しかし、彼は暗号文の他の部分にも同じパターンがあることを確認し、それを解いていくことで、次々に新たな手掛かりを得ていった。


 その過程で、良二は何度も頭を悩ませ、解読に失敗するたびに「この部分は何か他の意味があるはずだ」と自分自身に言い訳をした。しかし、解読に失敗する度に、彼は少しずつ新しいアプローチに妥協し、異なる角度から暗号を解くことが必要だと気付いた。


「生きるとは妥協すること、か…」良二は一度手を止め、これまでの自分の人生を振り返った。何度も困難な状況に直面し、その度に妥協を重ねてきたが、それでも自分なりの答えを見つけてきた。そして今回も、暗号解読の過程で、彼自身の生き方と重なる何かを感じた。


 最終的に、良二は暗号文をすべて解読し、その内容を理解した。それは、石ころに隠された秘密を示すものであり、特定の場所に向かうべきだという指示だった。その場所は、子供のころに遊んだ公園の近くの古い神社の裏手にある、隠された石碑の下だった。


 良二は、若い頃に何度も通ったその神社へ向かう決心をした。そこには確かに石があったが、ただの石だと誰もが思うようなものだった。良二はその石を注意深く観察し、暗号の手がかりに従って一部を押し込んでみた。すると、石が軽く動き、中から古びた巻物が現れた。


「これが…石ころの秘密か」


 巻物には、彼の祖先に関する驚くべき歴史が記されていた。彼の家系は、かつて「一寸法師」の物語に秘められたような不思議な力を持っていたこと、そしてその力が代々石に封じられていたことが書かれていたのだ。


「この石ころが…我が家の運命を握っていたとは」


 良二は巻物を握りしめ、祖先がこの石に込めた想いを感じ取っていた。だが、これはただの始まりに過ぎなかった。巻物の最後には、新たな暗号が記されており、それはまだ解かれていない謎を残していた。


 良二は安楽椅子に戻り、再びその暗号と向き合った。そして、笑みを浮かべながら呟いた。


「まだまだ、解き明かさねばならない謎は尽きないようだな…」


 こうして、明智良二は新たな謎に向き合いながら、静かにその旅を続けていくのであった。


 明智良二は江戸川乱歩の書いた『一寸法師』に登場した犯罪者を思い出した。殺人、火つけ、泥棒、恐喝など様々な悪事に手を染めた。死体の腕を呉服店の陳列場に飾ったり、被害者宅に送りつけた。子供の頃に大怪我をしたせいで両脚が極端に短くなっており、子供の体に大人の顔が乗った姿になっている。普段は義足をつけて身体的特徴を隠している。


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