第35話




 椿たちが汽車に乗り込んでいた頃。

 偶然にも西条宗介もまた汽車に乗っていた。

 今回も仕事のためだった。


(はぁ~。汽車の中くらいゆっくりできるかなっと……)


 宗介は最近、刺客の数が増え疲れていた。だが、さすがに汽車の中まで刺客がくることはないだろう。


(だが、寝るっていうのは危険だな……)


 宗介はあくびをして、ぼんやりと外を眺めていた。


(あれはなんだ?)


 目を凝らして見ていると、車が崖と汽車が接するような場所に停まっていた。

 そして中からは刀を持った男たちが数人出てきた。


(まさか!!)


 宗介は刀を握りしめて、退路を確保できるように汽車の車両と車両の連結部分まで来た。すると、ほどなくして隣の車両から悲鳴が聞こえた。


(まさかこんなところまで……!!)


 宗介は刀を握り締めた。

 連結部分に来た男が宗介を見ると、ニヤリと笑った。


「あいつだ!! 捕まえろ!!」


 そして、迷いもせずに宗介に向かってきた。


(くそ!!)


 宗介は、走って隣の車両に逃げ込むと、その車両を抜けて汽車の連結部分から汽車の屋根部分に上がり身を隠した。


「追え~~~!!」


 宗介が隠れていることに気付かずに数人は隣の車両に移っていった。


(ふぅ~。これで少し時間が稼げるか……)


 宗介がほっとしていると、最後の一人が上を見て、汽車の屋根に上がってきた。


(バレた!!)


 宗介は数歩後ずさったが遅かった。

 男は屋根に上って来ると宗介を見ながら言った。


「ここにいたのか……裏切り者の西条さんよ……」


 男はニヤリと笑うと宗介に斬りかかってきた。


(くっ!!)


 宗介の相手は手練れだった。


(くそ!! 足元が安定しないのは向こうも同じなのに!!)


 宗介は汽車の揺れに気を取られ、いつものように上手く身体がうごかなかった。


「痛ッ!!!」


 そうこうしている内に宗介の腕をかすめた。


 カシャーン!!


 宗介の腕からは血が流れ出し、刀は吹き飛ばされてしまった。


「西条……随分と手こずらせてくれたな。だが、これで最期だ!!」


(う……ここまでか……)


 宗介が目を閉じた瞬間!!


 カシャーン!!


「続きは私が請け負います」


 宗介はハッとして顔を上げると袴姿の華奢な背中が見えた。


「つ、椿?」


 宗介の目の前に椿が庇うように立ちはだかったのだった。


(どうして椿が……――これは夢か?)


 宗介は腕の痛みと疲労と、椿の姿を見た安心感で思わずその場に座り込んでしまった。


「お嬢ちゃん……――やるな」


 男が眉を寄せた。


「怪我人がいますので、手早く済ませます」


 椿が男性の方に踏み込んだ途端、男性が膝をついた。


「なんだ? 今のは?」


「まだ意識があるんですね。では、次は少々力を入れさせて貰います」


 そして、椿が再び仕込み杖を振り上げた後に、汽車の屋根から男の刀が滑り降りて谷底に落ちていった。

 椿は男性を左手で支えていた。


「落ちると命を奪ってしまうかもしれませんし……」


 椿は男性を連結部に運ぶと、宗介の元に急いで戻ってきた。


「すみません。意識をない方を先に汽車から落ちない場所に移したくて……宗介さん、少し痛いですが我慢して下さい」


 そう言うと、椿は着物から手拭を取り出し、宗介の腕に巻いた。


「大丈夫ですか?」


「ああ。椿、恩にきる」


 宗介が頭を下げると椿はにっこりと笑って宗介の怪我をしてない方の手を取った。


「立てますか? 抱き上げましょうか?」


 宗介は全力で首を振った。


「いい。いい。歩く! 歩かせてくれ」


「はい。では、とりあえず、成孝様たちのところに戻りましょう。手当させて下さい」


「すまない……」


 椿は宗介を連れて、成孝の元に向かった。



 ◇





 椿と宗介が成孝たちの車両に足を踏み入れた途端、成孝の声が聞こえた。


「椿、無事か?!」


「はい」


 成孝は椿の顔を見た瞬間に席を立ってこちらに向かおうとしていたが、そのまま驚いて立ち止まった。そして椿たちが近づくと声を上げた。


「西条……お前も乗っていたのか……」


 宗介が困ったように言った。


「ああ。また椿に助けられた」


 二人が動けずにいると椿は口を開いた。


「成孝様、宗介さんの傷の手当をしてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ」


 成孝の返事を聞いた椿は「ありがとうございます」と言うと、宗介を椿たちの座っていた席の前に座らせた。

 そして持ってきていた薬箱を自分の鞄から取り出すと、宗介の手当を始めた。

 成孝もその様子を黙って見ていた。

 椿は薬箱に入っている血止めを取り出した。


「うっ!!」


 傷に触れると宗介が痛みに耐えた顔で小さく声を上げた。

 椿はできるだけ素早く済ませる努力をした。


「椿さんは傷の手当も出来るのですね」


 ハリソンの言葉に椿が宗介の手に包帯を巻きながら答えた。


「はい。ケガは慣れていますので」


 椿の言葉を聞いた宗介も成孝もハリソンもせつなそうな目をした。椿はそんな3人の様子には気づかずテキパキと薬箱を片づけた。



 そうこうしている内に汽車が駅についた。

 先程の不届き者は無事に警官に引き渡した。

 この駅で降りる人は多かったようで、汽車の中は閑散となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る