転生される世界で、甦る記憶に後悔を染める

天海湊斗

一章 転生ワクチン

第1話 始まりの悪夢

 

――あるどこかの世界で――


「お前は…とんだ愚か者だっ…!」


 女はそう言って、少年を後ろから刺し殺した。



    ◆◆◆



 ――日本 20XX年 4月


 キーンコーンカーンコーン…


「はーい、席についてー!HR始めますよー」


 担任のよく通る声。それと同時に、教室内でざわざわしていた空気が、すんっと静まった。

 入学式から早一週間経った土曜日。1日寝ていられるはずの休日である今日は、明日のある国家的な計画のために、特別授業が行われることになっている。

 髪を耳にかけ、頬杖をついて眠そうにする少女―七瀬玲ななせ れいはついこの間、ここ、東京の私立星乃宮高等学園しりつほしのみやこうとうがくえんに入学した。いわゆるお金持ちが多く通うこの高校は、もちろん教師も生徒も様々な面でレベルが高く、制服や校舎も綺麗なのであった。


「さて、今日の特別講座では、明日の転生ワクチンについて…」


 朝の連絡が終わったのか、教師は、全国の高校で同時配信される講義の前説明を始めていた。

 玲は黒髪のボブヘアーが耳から落ちて制服の襟にかかるのを、気だるげに指で払いながら、ぼんやりと窓の外を眺める。

 『転生ワクチン』。その言葉を聞くたびに、ここはなんとおかしな世界なのだろう、と私は頭の隅で思う。




 この世には、無数の世界が存在するとされている。世界は宇宙単位で作られており、すべての世界が〈〈全次元界ぜんじげんせかい〉〉という領域にあるという。

 基本的に全ての世界は独立しており、お互い干渉し合うことはほとんどない。隣り合っている世界同士でも、肉体を必要とする生命体にとっては世界を渡ることなど不可能であるからだ。そもそも、異世界というものが存在することさえ知らない世界もあるという。


 しかし、異世界をつなぐ術は、全くないわけではない。


 通常、生命体が死んだとき、その魂は肉体から離脱し、〈魂を管理する世界〉と呼ばれる空間で全ての記憶や情報が洗浄され、どこかの世界で新しく生まれる肉体に受肉することで、生まれ変わりを果たす。

 しかし稀に、何かしらの強い感情や意志を持って死んだ者の魂が、〈魂を管理する世界〉へ行かず、他人の肉体に勝手に受肉することがある。受肉した魂は、ほとんどの場合、既存の魂―オリジナルから肉体の主導権を奪い、強制的に共有された互いの記憶や能力と共に、その肉体で再び生を得る。これは、魂が前世の記憶や能力を継承して転生したという意味で魂継転生と名付られており、一般的には転生と呼ばれている。なおこの時、オリジナルは無念にも肉体から強制離脱―つまり殺害されてしまうのだった。


 魂というものは、光速以上の速さで移動することができるのだ。そのため魂の状態であれば、自分の意志で世界を渡ることが可能である。よって、転生をする魂には、世界を渡って受肉するものもあった。というか、ほとんどがそうなのであった。


 ただ、ここで一つ問題があった。稀にとはいえども、死後にどこかの世界を彷徨う魂は多くある。〈魂を管理する世界〉へ向かわず、転生するための受肉体も見つけられず、どこかの世界へ未洗浄の多くの魂が溜まってしまうのだ。それは何か、よくないことがあるらしい。


 …この世界を創ったとかいう神々は、ここをゴミ箱にでもする気なのだろうか。私はため息をついて、心の中で愚痴る。


 私のいるこの世界は、通称〈転生される世界〉と呼ばれる。そしてこの世界の住民は、異世界の魂が転生しやすい体の構造にされている。そのため、この世界にはさまざまな世界から集まって来た、多くの転生者がいるのだ。


 …本当に意味がわからない。それならばなぜ、もともとここに生きる人間に、自我を持つ魂を与えたのか。

 私たちだって、『満足笑顔で転生されます!』なんて思想を持ち合わせているわけではない。そんなの、『笑顔で死にます!』って言ってるのと同じだ。転生されることに抵抗があるのは当たり前じゃないか。まじで意味わかんねぇ。


 そして冒頭に戻ろう。『転生ワクチン』。これは、日本の研究者たちによる必死な研究で編み出された、被転生に対抗する作戦だ。


 研究者は、転生に関する2つのことを明らかにした。


 1つ目は、転生されやすい体の構造について。この世界の生命体の体には、魂の器―ベッセルが2つあるという。

 通常の世界の生命体には、ベッセルというものは存在しないらしいが、基本的に肉体に宿る魂は一体につき一つだ。だから、転生されると、主導権を奪われたオリジナルは肉体から追い出されるという。これでは結局、離脱した魂が減らないのだ。

 一方、ベッセルを2つ有する私たちは、一方に自身の魂を宿し、もう一方は転生された時用(まじで意味わかんねぇ)に空にされている。これならば、転生時に、オリジナルが肉体から離脱することがない。しかも、死んだときにはベッセルが融合し、離脱する魂は一つとなってしまうそうだ。


 …神々はきっと、私たちのことなんてどうでもいいとでも思っているのだろう。


 そして2つ目は、肉体の主導権の奪い合いについて。

 どんな世界の魂でも、私たちも例外なく、魔力というエネルギーを持っている。世界によって方法は異なるようだが、魔力量を増やすことも可能だ。もちろん魔力量の多い魂は何においても強い。つまり、肉体の主導権を勝ち取るのは、いつも魔力量の多い方の魂なのだ。異世界人は魔法という術を使う鍛錬をしたり、何かしらの敵を倒したりして魔力を増やすという。

 一方私たちは、そんな魔法を使ったり、敵と戦う機会など全くない。だから、魔力を増やすということができないのだ。そもそも可能な方法が存在したとしても、この世界の生物は、生まれつき(人によるが)の魔力量が少なすぎて何もできない。


 …どうしようもなくムカついてきてしまう。この世界の住民が魔力を増やすには、感情のエネルギーの積み重ねが必要だという。しかし、今私は猛烈にイライラしているが、これで増える魔力量など微量すぎて話にならない。結局は生まれつきの魔力量がどのくらいか、くらいのことが私たちの運命を決めるのだ。だがそんなわずかな魔力量しか持たないこの世界の生命は、なんかすごい冒険やら戦いやらを経て莫大な魔力量を得た魂に転生され、そのままあっけなく主導権を握られてしまうのだ。


 だからといって、そのままおとなしく諦めようというわけではなかった。


 狡猾で優秀な研究者たちは思いついたのだ。『転生される前に転生されよう』と。


 この世界の人間は、魔力量が少ないとはいえ、この世界の多くの動物に劣るほどではない。だから、この世界に彷徨う多くの動物の魂を使って私たち人間の空のベッセルを埋めてしまおう、と。それできっと転生されにくくなるだろう。と考えたらしい。

 倫理的にどうなのかという話もあったが、それを考えるとキリがないとかなんとか言って、うやむやにされていた気がする。


 ただ、一つ(プライドの)問題としてあるのが、この計画を実行するのには、結局転生者の力を借りる他はないということだった。


 『大賢者 ロエル』。この名前を知らない日本人はいない。どうやら日本に転生して来た者たちの中で最も強い(つまり魔力量が多い)人間で、6年ほど前に当時11歳の少年に転生したらしい。

 だがその素性はほとんど知られていない。プライバシー保護とか言って人前では仮面なんかを着けて素顔を見せない。転生者なら今本人は17歳じゃないだろうに。

 そして、彼は〈魔法創成マジック・クリエイト〉とかいう魔法を使うことができるため、今回のためにわざわざ創らせたという。…暇なんだろうなぁ。


「――ぃ、ねぇ、玲ってば!」

「わっ!?」


 突然体が飛び跳ねるような感覚がした。顔を上げると、目の前に一束の明るい茶髪を揺らした少女が仁王立ちしていた。他クラスにいたはずの、幼馴染の香坂薫こうさか かおるだ。


「…あれ、薫?どうしたの?」

「どうしたのじゃないよっ!もう帰るよ?ていうかずっと寝てたの?」


 薫に言われて、玲は目をぱちくりさせる。

 眠気が覚めている。朝あんなに眠かったのに。すでに太陽は空高くのぼり、校庭の桜を輝かせていた。そして教室には玲と薫の2人の他、もう誰もいなかった。


「…もうっ!帰るよ!」

「あ、ごめんって。準備するからちょっと待って……。」



    ◇



 学園の近くには大きなマンションが数軒あり、学生の多くはここに住む。玲は薫と二人で生活を共にする、501号室に入った。そして薫はすぐにキッチンへと向かう。


 「お昼ご飯これから作るからちょっと待っててー」


 玲は、もうデリバリーでいいのではと思ったが、それを口にはしなかった。料理については全て、得意な薫に任せている。自分でも何もしないのはどうかとは思うが、私にはどうも料理は向かない。


 ピンポーン


「はーい」


 代わりに玲は玄関の方へ戻る。

 ドアを開けると、目の前では二人が待っていた。一人はギャル味のある活発な少女、もう一人は気弱そうな小柄の少女。隣の502号室に住む、橘彩華たちばな あやか神崎紬希かんざき つむぎだ。二人と玲たちは中学からの友達である。


 …料理が得意な薫の昼ご飯を食べに来たのだろう、と簡単に推測できた。


「いいでしょー?みんなで食べたらもっと美味しく感じられるーとか言うし」

「あやちゃん…。夜ご飯は、二人で頑張って作るんだよね?」

「えー、やっぱりうち無理だと思うー。んーじゃあ紬希!よろしく!」

「えぇぇ…。」


 扉の前で繰り広げられる二人の会話を黙って聞きながら、彩華もやってみればいいのに…と自分を棚に上げて考える。

 ぼーっとしていると、「とりあえず上がるねー」と言って彩華はスタスタ食卓へ歩いて行った。


「えっと、玲ちゃんごめんね…。今日も…」

「いいよいいよ、私も君らと同じ立場だし。薫の作る料理がすごいんだよ」

「…玲ちゃんも全任せなのはちょっとどうかと思うけどね。」


 ちょっと毒づいてから紬希も中に入っていく。…ギャップだなぁ。


「ご飯できたよー。座って玲ー。…ってか私いつからみんなのお母さんになったの!?」


 リビングでは、薫が三人を見て呆れていた。…今日のお昼ご飯もすごくおいしかった。



    ◇



「じゃーねー。明日の朝また来るねー!」

「薫ちゃん、玲ちゃん、ごめんね…。おやすみ。」


 あれから、夜までこの部屋にいた二人は、結局晩ご飯も薫の手料理を食べて帰って行った。

 …明日、日曜日だし遊びに来るのか。

 二人を見送ったあと、薫はくるりと回ってキッチンへ歩いて行った。


「さーて、洗い物しよーっと。」

「あ、私もやるよ。」


 私だって料理しなくても、皿洗いとかの手伝いくらいはする。


「手伝いね…」

「ごめんって」



 二人で水場に立って皿洗いをしていると、先ほどまで淡々とニュースを放送していたテレビが突然、軽やかな音楽を流し出した。今日の夜中から明日の朝方にかけて行われる転生ワクチンの特集番組だった。


「転生ワクチン、もうすぐだよね。寝てる間にやるんだっけ?どうなるんだろうねー。」

「明日の朝起きた時にわかるでしょ。」

「ちなみに玲、今日寝てたみたいだけど、授業の内容わかってるの?」


 内容…。かなり初期の方に眠った気がするから、ほとんど聞いてないだろう。…そういえば、転生ワクチンについてのプリントが配られていた気がする。


「今日の授業より前から言ってたけど、なんか副作用があるらしいよね。」

「……?副作用?」

「あーっ、もうっ、やっぱりわかってないじゃん!」


 曰く、『副作用として、転生に使用された魂の動物の身体的特徴の一部が人体に出現する可能性がある』とか。身体的特徴ってなんだ…?


「…あんまり大きな副作用とかにならないといいけど…。」

「そうだね。新しく創られた魔法とかで日本の割にはあんまり安全確認がちゃんとされてないらしいしね。」

「授業聞いてないのにそんなことは知ってるんだ…。」

「なんか…ごめんって。」


 そう言って玲は全部の皿を棚に戻した。その時。


 ――グラッ


「!?」


 突然視界が歪んだ。思わずバランスを崩し、玲は床に手をついて倒れる。


「玲っ……!?」


 一瞬のことだったが………めまいか…?今はもう視覚は正常にはたらいている。


「玲大丈夫??」


 薫が玲の顔を眉を下げた表情で覗き込む。すると今度は、猛烈な眠気が玲を襲った。


「……大丈夫。……でも、ごめん、ちょっと、もう寝るね」

「う、うん。…じゃあおやすみ。何かあったら、ちゃんと起こして言ってね?」

「わかった。……おやすみ、薫。」


 玲は自室に入ってすぐに、ベッドに倒れた。



    ◇◇◇



 深夜の東京上空に、一人の赤髪の男が浮かんでいた。


「ロエル様。準備はもう済んでおります」

「わかった。ありがとう。」


 男は小声で何かを呟いた。その瞬間、日本を大きな魔法陣が覆った。光り輝いたそれは、数秒して消え去った。



    ◇◇◇



 ―支配しろ 抑圧しろ 制圧しろ―


 突然、玲の頭の中で声が響き渡った。

 …体に力が入らない。ここは、どこだ…?周りは…真っ暗だ。何も見えない。

 平衡感覚がない。というか、無重力空間のような場所にいるのか、体が浮いているような感覚があった。


 ―支配しろ 抑圧しろ 制圧しろ―


 その声は、何度も何度も響き続ける。一人の声ではない。何人か、いや、もっと多い…、そして…重い…!


「ぐぅっ…!」


 体にかかる重圧感。浮遊感と混じり合って、不快な感覚だ。

 

―支配しろ 抑圧しろ 制圧しろ―


 不快で孤独、そして、得体の知れない恐怖。 

 どこともわからない空間の中、だんだん玲の息が荒いものに変わっていく。


「はぁっ、はっ…、ひゅう…」


 どうしようもなく苦しい。体は動かない。真っ暗な空間。そして、頭の中を埋め尽くす声。


「うっ、………ぁあああああああああ!」


 玲は苦しみを振り払うかのように声を上げた。




 そこで玲は、目が覚めた。

 体は………動く。息は、先ほどまで全力で走っていたかのように乱れている。息を整え、ベッドから起き上がりカーテンを開くと、すでに外は太陽に照らされ明るくなっていた。


「あれは…夢、か…。」


 朝っぱらから悪夢を見たな。そう一人で呟く。ひとまず玲は、窓を開き、外の空気を吸って気分を入れ替えた。

 そうして、昨日のことなどほとんど忘れていた玲は、何も考えずに部屋の扉を開いた。

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