第24話 再会⑤

 あっさりとした大胆不敵な提案に、専属護衛達は絶句した。王侯貴族に匹敵する地位の賢者メレ・アイフェスが、魔獣退治に積極的に名乗りをあげるとは予想外だったのだ。

 だが、アッシュは思い出した。


「……ああ、そういえばあなたには前歴がありましたね」

「前歴?」


 アッシュの言葉に、サイラスは怪訝けげんそうな顔をした。


「商人を護衛する傭兵ようへいとして、道中に魔獣を退治していました」

「俺が?」

「ええ」

「俺がそんな慈善事業ボランティアをするとは思えないけどなぁ」


 真顔でサイラスは自己否定をした。

 アッシュは呆れたようにサイラスを見た。傭兵業による魔獣退治がどう転べば、慈善事業なのだろうか。「割に合わない仕事」という意味なら確かに慈善事業だ。だが、この脳筋の賢者はずっと、その「慈善事業」をやっていたのだ。それはもしかして、荷馬車で大陸各地を移動する養い子のためだったのか――。

 アッシュは咳払いをした。


「サイラス様、矛盾むじゅんしてませんか?先ほどの提案はその慈善事業の最たるものですが?」

「これは慈善事業じゃないさ。俺が蒔いた種を刈り取っているだけだ」


 サイラスは、はっきりと言った。


「俺が考えずに行動した結果が、問題になっているなら解決するべきだ。イーレや地上にいる同僚の立場を悪くしたくない。エトゥール王の立場がこの件で悪くなるなら、放置する俺達も同様だよな?魔獣が跋扈している。討伐隊を派遣できない。討伐隊が戦力不足。討伐地域が不平等――」


アッシュに向かってサイラスは指を順番に折って指摘していく。


「それらの問題は、俺なら簡単に解決できる。そうだろう?」

「確かにそうですが……」

「ただし、討伐隊を率いるとかはごめんだ」

「その理由は?」

「足手まといの連中の子守は面倒で、尻拭いはしたくない」

「…………あなた昔も同じことをエトゥール王に言ってましたね」

「マジで?おお、記憶をなくす前の俺、えらいぞ」


 サイラスは手を叩いて、自画自賛をした。

 ふざけている。忘れ病になっても、本質は変わらないのか――困惑したアッシュはちらりとディムの反応を伺った。彼は考え込んだあと、意外なことに反対しなかった。


「確かにその案は、悪くない」

「ディム様、反対なさらないのですか?危険な行為ですよ?」

「別に反対する要素がない。カイルやシルビアが討伐に同行するならおおいに反対するが、サイラスは強いから問題ない。四ツ目の毒にもある程度耐性はある。それにつきあわされた東国イストレの件で、アッシュはわかっているのではないか?」

「ええ、まあ……」


 渋々とアッシュは認めた。


「サイラスがエトゥール城に滞在して、暇を持て余して侍女に手を出す方が問題だ」

「「……侍女に手をだす?」」


 露骨な表現に、アッシュとミナリオの視線がサイラスに集中した。過去のサイラスはそんな問題スキャンダルを起こしたことはなかった。


「え?俺、地上の一般女性相手に騒動トラブルを起こしてた?」


 言われた本人が焦ったように、ディムに尋ねた。


「安心しろ。未遂だ」

「ああ、よかった。イーレにぶっ殺されるところだったよ」

「それが、わかっているなら自重してくれ」

「わかったよ。そういうことは、遊べる相手にだけにしておく」

「……」

「……」

「……」


 その返答に3人は嫌な予感しかなかった。

 ミナリオがやや動揺したかのように言った。


「サイラス様、侍女には私の妹もいますので、くれぐれも手をだすことは……」

「へぇ、かわいい?」

「サイラス様っ!」

「はは、いいお兄さんをしているね。手を出さないためにも、今度紹介してくれよ」

「……ディム様」


 ミナリオは助けを求めるように、軽薄男を御せるはずのメレ・アイフェスを見つめた。

 ディム・トゥーラは気まずい雰囲気に、小さな吐息をつくと片手をあげて応じた。


「すまない、イーレを通じて、サイラスにはよく言い聞かせておく」

「……不安しかないのですが?」

「俺もいつだって不安だらけだ」


 大賢者メレ・アイフェスは真顔で返した。

 東国イストレ人であるアッシュが、告げた。 


「わかりました。サイラスが魔獣討伐をしていただける件は、エトゥール王メレ・エトゥールにお伺いしておきます。サイラス様が暇を持て余すのは回避した方がよさそうだ」

「英断だ」

「その時は、私が同行しましょう」


 その申し出に驚いたのは、メレ・アイフェス達だった。


「え、いや、でも――」

わすやまいならば、地理に関する案内人は必要ですよね?街や村の特徴や独自の風習も忘れているでしょう?」

「うっ、確かに……」

「各地の情報収集はどうするおつもりで?」

「ううっ……」

「とりあえず足手まといにならない私をメンバーにいれることは了承してください。尻ぬぐいは不要です」

「………………」

「あとは今回の素材を含め、アドリーの商業ギルドに対する交渉も我々に一任していただきたい。もちろん、エトゥール王への報告を含めてです」

「交渉とかの面倒ごとを全部引き受けてくれるってわけ?」

「そうです」

「おお、ラッキー」

「それに私が同行すれば、毎日の鍛練の相手がいることになります」

「採用っ!」


 サイラスは最後の条件を聞いて即答した。

 脳筋は、ちょろい――内心アッシュは不敬にもそう思った。


 むしろ、専属護衛の申し出の意図が読めずに、眉を顰めているのはディム・トゥーラだった。サイラスに振り回されることを忌避していたはずの専属護衛の方針転換の理由は何故なのか。

 アッシュは、メレ・アイフェスに突っ込まれる前に話をすすめた。


「ミナリオ、今回のことをメレ・エトゥールに報告を。素材のおろす先や量についても、指示か承認をもらうように。我々は当初の予定通り、こちらに一泊してからエトゥールの王宮に向かう」


 ミナリオは頷いた。


「了解しました。あの……エトゥールの方々への報告は……」

「無事合流したと、ウールヴェを飛ばし、すぐに引き戻せ。今回の件については、メレ・エトゥールの判断にまかせるといい。あの方なら上手く説明の言葉を選ぶ」

「了解しました」


 ミナリオは中断していた四ツ目の素材の積み込みを再開した。元凶であるサイラスも手伝い、3台目の荷馬車の出立には、そう時間がかからなかった。

 ミナリオの荷馬車が、移動装置ポータルの光の柱の中に姿を消すのを見送ってから三人は夕暮れのせまる小屋に戻った。





 その晩、ディム・トゥーラはサイラスが一人の時間を欲していることを察し、寝台のある個室をあてがった。


 アッシュは当然のように、外に面した戸口のそばを陣取り、剣を抱きかかえながら仮眠の体勢にはいっていた。完全に専属護衛としての本来の仕事に戻っていた。


 サイラスもディム・トゥーラも、体内チップが存在し不眠不休の活動が可能だった。だが、あえてディム・トゥーラはこの地に一泊することを選択していた。肉体の休息のためではない。イーレと再会するための心の準備の時間――サイラスはそう解釈したし、実際その気遣いに感謝した。

 さすが、支援追跡バックアップという対象者の心理的負担を軽減する技術に長けているだけある、とサイラスは思った。


 確かにサイラスは今回の記憶消失という事故アクシデントに密やかに動揺していた。

 師匠であるイーレが原体オリジナルの記憶がない再生体クローンであり、そのためにいろいろ苦労をしている姿を見てきていた。それに対して「たかが記憶ぐらいで」と考えていた面が今までのサイラスにはあった。


 だが、実際に当事者となると、視点が180度変わるのだ。


 「たかが記憶」とは、とても言えない。自分が歩んできた軌跡――記憶とはそういうものなのだ。自分の体験と感情の蓄積が、一部分だけ空白になっている。それは不快以外の何物でもなかった。自己の部分欠落とも言えた。


 記憶の消失は、今までの忘却と違う。興味のない人間の名前を記憶しないこととは、異なる。


 サイラスは自分自身の思考の変化にも戸惑っていた。

 イーレはどうやってこのような状況に耐えていたのだろうか。過去にそんな状態のイーレに心無い言葉を投げていたかもしれない。


 サイラスはベッドを一つ占拠しながら、考えこんでいた。

 この部屋ひとつとっても、見たことのあるような光景だ。根拠のない既視感デジャブにずっと囚われていた。落ちつかない。


 なぜ落ち着かないのか?


 部屋は真新しく、掃除が行き届いている。寝台もそのそばにある調度品も作られたばかりなのだろう。

 豊かに漂う檜の香りがそれを示していた。


 サイラスは寝台から起き上がり、あらためて部屋を見まわした。

 違和感を覚える調度品の位置を感覚で移動させる。

 花瓶や地方産物土産のような置物の位置調整をして、ちいさな満足を覚えた。


「何やってんだ?」


 物音に顔を覗かせたディム・トゥーラに、突っ込まれてサイラスはやや動揺した。


「あ、いや、その、配置にセンスがないというか、さ」


 サイラスはしどろもどろで言い訳をした。

 ディム・トゥーラはじっとサイラスを見つめた。精神感応者は嘘を見抜く。嘘はついてないぞ、とサイラスは自分に言い聞かせ、精神の安定をはかった。


 ディム・トゥーラは、入ってくると部屋にあった椅子に腰をおろし、指で寝台に座れと指示をした。

 何も怒られる行為はしていないはずだ、昼間のこと以外――その昼間の件の説教が始まるのか。


 サイラスは諦めて寝台に腰をおろした。


「少し話をしたい」

「…………説教じゃないのか……」


 ディム・トゥーラは片眉をあげた。

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