第16話 第1回メレ・アイフェス集合会議③

「まあ、イーレ様、奇遇きぐうですね。私も初耳ですの」


 不意にカイルの背後からイーレに対して声がかかった。

 もちろん、声の主はファーレンシアだったが、そこに込められた温度は、明らかに氷点下であり、カイルが凍死するレベルだった。


「カイル様、婚約式の前に顔を怪我されたという話は事実ですか?私は当時、全く知らないのですが、おかしなことですね」


 カイルが何か答える前に、ファーレンシアはちらりと専属護衛達に視線を向け、追求の相手をあっさりと変えた。


「ミナリオ」

「……メレ・エトゥールには、報告をあげております」


 当時現場に居合わせた専属護衛のミナリオは、遠回しにファーレンシアに伝えなかったのはエトゥール王の判断だ、との意味をこめたが、その言い訳は事態の悪化を招いた。


「なるほど。お兄様に報告をあげるほどの出来事があったというのですね」

「うっ……」


 メレ・エトゥールの妹姫は、さすがに兄の性格と行動パターンを知り尽くしていた。


「そして私の耳に入ると、私が激しく動揺する類ですね?ミナリオ、アッシュ、カイル様はどのような状況で怪我けがをしたか私に説明しなさい」

「……ファーレンシア」

「カイル様はしばらく黙っていてください」


 カイルはピシャリと言われた。

 観念して説明のために一歩進み出たのは、意外なことにアッシュの方だった。


「ご説明します。婚約の儀で、特別な市がたっていたので社会勉強と称して、カイル様は街中の散策を希望されました」

「あら、ズルい」


 ファーレンシアの漏れでた言葉に、当事者のカイルは驚いた。黙ってろ、と言われたことを忘れて思わず伴侶に突っ込んだ。


「えっ?それってズルいことなの?」

「ズルいですわよ。女性の方は、ドレスや髪や装飾品などの最終チェックの多忙の中、男性にそんな余裕があるなんて……私だって市を見て見たかったです」

「ゴメンナサイ」


 一人だけ楽しんだのは事実なので、カイルは素直に謝った。


「それで?」

「突然、カイル様が拉致られ、行方不明になりました」

「「は?」」


 イーレとファーレンシアは同時に驚きの声をあげた。


「犯人は四つめ使いでした。不可思議な遁術で、カイル様と共に姿を消してしまったのです」

「ああ……アードゥルの瞬間移動テレポーテーションね」


 事情を察したイーレは、額を抑えて埋めいた。

 アードゥルはイーレの原体であるエレン・アストライアーと夫婦であったという過去があった。アードゥルは己の知らない間にクローン再生を施されたクローン体であるイーレの存在に激怒していた。


 今はもう解決した事案とはいえ、イーレとアードゥルの関係性は複雑極まりなく、周囲の人間が最大限に気を使うことでもあった。

 しかも、アードゥルはイーレの弟子であるサイラスを東国で殺しかけている。


「幸いミナリオがクトリ様に作っていただいた『位置表示機能』とやらの腕輪で場所が特定できましたので、かけつけることができました」


 皆が最大の功労者である少年姿の賢者を見つめた。

 いきなり注目されたクトリの方が慌てた。


「いや、僕は皆さんのリクエストに応じただけで……あれは単純なただの追跡システムですよ」

「しかし、あれがなければ我々は途方に暮れたと思います」


 アッシュは淡々と語った。


「四つ目使いから、カイル様を奪い返しましたが、すでに頬を切られたあとでした。この事態は、我々が四つ目使いより怖い存在に立ち向かわねばならない事実を示しておりました」

「四つ目使いより怖い存在?」

「当時、婚約式の成功に命をかける城の侍女達です」

「…………………………………………」

「…………………………………………」


 説明を受けた二人の女性は黙り込んだ。

 特にファーレンシアは複雑な表情を浮かべた。侍女達がファーレンシアの婚約の儀に燃えていたことをよく理解していた。

 初社交を騒動のために、台無しにされた分を取り返そうとした侍女達の並々ならぬ熱意をファーレンシア自身が感じていたからだ。

 そこへアッシュの独白が続く。


「私ごとですが、この失態に侍女達に八つ裂きにされるか、切腹かの究極の選択の場合、私は間違いなく後者を選びます」

「…………確かに八つ裂きにされますね……」


 ぼそりとファーレンシアが肯定し、エトゥールの内部事情に疎いイーレの方が思わぬ二人の発言にギョッとした。

 当事者であるミナリオも、アッシュの言葉にうんうんと頷いている。


「ちょっとカイル、エトゥール城の権力図ってどうなっているのよ?」

「普段はセオディア・メレ・エトゥールの支配下だが、ある時期と分野に関しては、女官長以下侍女達が最高権力を持つことがある。逆らうことは許されない。メレ・エトゥールから忠告を受けた」


 カイルは真顔で答えた。


「カイル様は第3の道を選びました」

「第3の道とは?」

「毛嫌いをしていた世界の番人に頭を下げて、癒していただくことで事件の隠蔽を計りました」

「隠蔽とは、人聞きの悪い」


 カイルがアッシュの言いように、むくれた。


「秘匿や隠し立てという表現の方がよろしいですか?」

「アッシュ、僕は言葉遊びがしたいわけではない。もう少し専属護衛として主人の立場に気をつかうとかないの?」

「ご不満でしたら、いつでも解雇していただいて結構です」

「ヤダ」


 カイルは専属護衛の退職願望を蹴り飛ばした。


「カイル、あなたが世界の番人に頭を下げるほど、切羽詰まっていたとは驚きです」


 それまで黙って聞いていたシルビアが、無表情のままつぶやいた。突っ込みが正確すぎて、カイルは呻いた。


「シルビア、君ももう少し同僚の立場として、言葉を選んでよ」

「時間が無駄ですので」


 エトゥールの王妃は、義弟に対して遠慮は皆無だった。そもそもシルビアは、世界の番人に肩入れする傾向があった。

 カイルは溜息をついて懺悔した。


「実際、切羽詰まっていたよ。ファーレンシアの一生に一度の婚約の儀だし、僕の顔の傷で水をさしたくなかった。晴れの舞台のファーレンシアの笑顔を守りたいというのは当然じゃないか。世界の番人に頭を下げる方を選ぶに決まっている」


 ファーレンシアが顔を真っ赤にしているのを、カイルは気づいてなかった。

 さりげなくイーレはファーレンシアのそばに移動して、彼女にささやいた。


「ファーレンシア様、しっかり。カイルの無意識無双に負けないでください」

「イーレ様、勝てる気がしません。心臓がドキドキして卒倒しそうです」

「末期ですね……」


 イーレは気の毒そうに、ファーレンシアを見つめた。

 カイルは、無自覚に人を魅了する悪癖があった。エトゥールの姫から、果ては敵国カストの有名な大将軍まで、カイルの素の言動により人生を変えたと言ってもいい人物が多数存在している。


「と、いうことは、やはり当時は世界の番人のみの癒しの技術で、今回は世界の番人と同調するカイルの規格外の癒しの技術になりますね。やっぱり、数段パワーアップしているという仮説が成立します。同調のせいでしょうか?」

「どうやって証明するのさ。僕が自傷して傷が治る時間でも計測する?」

「「「「やめてください」」」」


 綺麗に専属護衛達、医療担当者、伴侶の唱和が揃った。


「ごめんなさいね。この子達、研究馬鹿だから、仮説とか証明とか反証を検討するのが大好きなのよ。本当に馬鹿は死なないと治らないわね。いえ、この連中に限っては死んでも治らないかも」


 子供姿でありながら上司の立場であるイーレが関係者に詫びるが、その言葉はフォローを装って、明らかにフォローではなかった。


「…………イーレ様、『この子達』という複数表現は、誰を指しますか?」

「カイルでしょ、クトリでしょ、ディム・トゥーラでしょ、アードゥルにエルネスト……」


 ファーレンシアの質問に、イーレは指折りつつ問題児候補生の名前をあげていく。


「…………賢者のほとんど、と言うことですか?」

「あら、ほんと。びっくりだわ」


 イーレは、すっとぼけた。


「シルビア様は?」

「シルビアは中立よ。彼等ほど、ひどくないわ」

「…………イーレ、比較対象の男性達の研究馬鹿度合いがひどすぎるので、私が中立どころか世間一般的にはカイル達寄りと判断されそうなので、不本意です」


 シルビアは真顔で切実な抗議をした。


「ああ、そういう誤解も生まれるわね。由々しき事態だわ」

「サイラス様とイーレ様が、含まれていませんが……?」


 アッシュが片手をあげてイーレに質問をふる。


「私とサイラスは、頭を使って理論を検証するより、本能で行動する方が好きなの」

「…………つまり?」

「脳筋」


 カイルが答えて、次の瞬間イーレに殴り飛ばされた。





「え〜〜と、しばらくリルには聖堂の客間に滞在してもらう、仔竜を預かっている人はマメに観察報告をあげて共有する、僕はディム・トゥーラと連絡がとれないか試みる――多分、無理だけど」


 カイルが今後の方針の結論を告げるが、クトリが内容に突っ込んだ。


「ディム・トゥーラとの連絡が無理というのは?あなたなら観測ステーションまでの念話は、お茶の子さいさいでしょう?」

「ディムが最近、僕を遮蔽シャット・ダウンするのが上手くなったの」

「つまり無視される、と…………」

「落ち込むから、やめて」


 カイルは唇を尖らせた。


「と、いうことは、観測ステーションでカイルに知られたくない何かが進行中ってことですか」

「不吉なことを推測するねぇ」


 イーレはクトリの推測に賛同した。


「ありえるわね。だって、中途半端な情報をカイルに与えたら、カイルが不安定になるでしょ?すぐに帰還できないなら、絶対に回避すると思うの。遮蔽も納得だわ。あの支援追跡者のカイル至上主義を舐めちゃいけないわよ」

「そういえば、そうですね」

「もしもし?君達は僕をなんだと思っているの?」

「「ディム・トゥーラを悩ませる問題児」」


 イーレとクトリの即答に、カイルは撃沈した。

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