#4 ラヴ コネクション


「つまり? 奉景お姉さまは」

「自殺で死んだ。で、何の因果かその死体に俺が入って」

「まずあなたは誰ですの」

 前略。俺はこうなった経緯を目の前の少女――朔月に説明していた。


「俺は三田サンダ 奉景ハルカゲ。信じられないだろうけど、ってか証明もできないけど……異世界の人間だ」

「異世界? 別の国ということですか?」

「いいや……どう説明すりゃいいんだろ」

 多世界解釈とかそういうことから説明するとややこしくなるので。

「少なくともこの世界ではない、別の時空から意識だけ飛ばされてこっちに来た」

 とそれだけ言ったら、怪訝な顔をされた。

「別のジクウって……さながら空想ファンタジー小説ですわね」

 この世界にもファンタジーって概念あるんだ……。

「ちなみに言語はあなたの都合のいいように翻訳されてるから、厳密なニュアンスが異なる場合があることは付記しておくわね」

 思いっきり異国な世界観でも相手の言ってることがすらすらわかったのってそういうことか。シス子の注釈に納得してそれはさておき。

「そもそもまず、別のジクウとやらがあったとして、そこでのあなたの身体はどうしたのです?」

「電車にひかれて死んだ」

「…………」

 頭のおかしくなった奴を見る目で俺を見る朔月。

 違うってそんなんじゃないって! と身振り手振りで弁明しようとする俺に対して、彼女は少しだけ悩んだ素振りをして告げた。

「……その、電車ってなんですの?」

 この世界には電車などないらしい。

「その、電車ってのは電気で動く車みたいなもんで……」

「デンキ。西方の『紅茶の国ブリテン』あたりでは最近普及しているらしいアレですわね」

 そんなふうに口にする朔月に、俺はしたり顔でぼそっと言った。

「……俺の世界では割と当たり前な技術だけど」

 すると彼女はものすごく正気を疑うような目で尋ねた。

「マジで言ってますの?」

「うん。マジで」


「ってそれはどうでもいいんですの。……まさか、お姉さまが別人になっていたなんて」

「話を強引に戻したな。まあ別人だからなんとも言えないが」

 この世界では体が同じでも中身が違えば別人らしいからな。

 この子からしてみれば、「お姉さま」と呼ぶくらい慕っていたお姉さんがしばらく会わないうちに別人になってしまっていたのだ。その心中は察して余りある。俺から言えることはなにもない。

 ……いや、でもなぁ……。


「なに悩んでますの? ハルカゲさん」

「奉景でいいよ、朔月ちゃん」

「……奉景さん、わたしはもう十八歳ですわ。子供扱いしないでくださいまし」

 うーん、微妙な距離感。あと合法ロリだったのかよこの子。

 それはともかく、俺は軽く笑って告げた。

「俺、このままじゃ死刑になるっぽいんだよな」

「死刑。まあ当然ですわね」

「……でもさ、俺、まだ死にたくないんだよ」

「一度死んだのに、ですの?」

「いや、いいんだけどさ」

 一度死んでしまえばもう気楽なものだ。これ以上の痛みはきっともうないのだから。

 けれど、本能的な死への恐怖は克服したとしても「生きなくてはならない」理由は出てくるものだ。

「ワンチャンもう一度意識が入れ替わって、君のお姉さまが帰ってくるとしたら?」

「そんなことがありえますの?」

「ありえるというかそうしようと思ってる。時間は必要だけどね」

「……あり得るなら、あってほしいですわね」

「本人が望むかどうかは別としてだけど、生憎と俺には『向こうの世界』に帰らなきゃいけない理由があるから。……そのために協力してほしいなー、とか」

 へへへ、とすごく控えめに告げた。

「なにをすればいいんですの?」

「いや、俺が別人になっちゃったことを言わないってだけでいいから」

「つまり……成りすますってことですの?」

「そうなるな」

「奉景さんが、奉景お姉さまに?」

「……そうなるな」

「…………フッ」

 鼻で笑われた。

「なにがおかしい」

「いやいやいや、何もかもがおかしいですわ!」

 失笑しながら朔月は続ける。

「まず、口調っ! お姉さまはこんな下品な言葉遣いしませんわ!」

「ぐっ」

「それにヘアケアもなってませんわ! こんなボサボサした髪のお姉さま見たことありません!」

「うっ」

「肌も汚いですわ!」

「ぐえっ」

「性格も悪辣至極!」

「ちょ、やめ」

「そもそもお姉さまの著書も読んだことないくせに!」

「途中から俺の悪口になってねぇか!?」

 ぜー、はー、と息を切らす俺たち。「ともかくっ」と朔月は俺をびしっと指さして告げた。


「それでもお姉さまに成りすますというのならッ! わたしが稽古をつけて差し上げますわッ!」


 ひゅう、と空っ風が吹いた。

「い、いや、そこまではいいや。俺は大丈夫だから」

「第一に、あなたはお姉さまほどの文章を書けるのですか?」

「……え?」

 疑問符。それに、シス子が答える。

「この国では芸術が評価されるのよ。現に、元の奉景は文芸の才能で評価されて皇妃の地位についたとされているわ」

「あー。一瞬『著書』って言ってたのも」

「そうですわ。奉景お姉さまが書いた本ですわ。それすら知らずに成りすまそうと考えておりましたの?」

 あっけらかんと言い放つ朔月に、俺は苦笑した。

「だから言ったろ? 俺は別の時空から来たんだ」

「あっっっきれましたわ」

 酷い侮蔑の感情が見え隠れしていた。その上で、朔月は俺の腕をつかむ。

「行きますわよ」

「どこへ?」

「書庫ですわ。――お姉さまの本を、見せてあげますわよ」

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