37.時間切れ
泣きじゃくる
体を操られていた時も、絢世に意識が全くなかったわけではない。むしろ、彼女の思考に同調していたのか、その感情は自分のもののように絢世の中へ流れ込んできていた。
クローヴィスに刃を向けた時から、彼に忘れられてしまったと知るまで、白羚の中には悲しみと絶望しか存在していなかった。重く暗いその感情が、今は解けているといいな、と絢世は思う。
「よかった……」
と、無意識にこぼした言葉を拾ったのは、それまで事態を静観していた獣耳の青年だった。
「まだだ。大事なのはここからだぜ。俺たちはこれから、あいつをどうにかしなきゃなんねぇんだから」
「どういうことだ」
尋ねたクローヴィスに、口角を吊り上げた
「あんたは覚えてねぇだろうが、あんたの国を滅ぼしたのは白羚の得た、闇の女神の呪いの力だ。国ひとつ容赦無く崩壊させられる力を、俺たちは管理者として、放っとくわけにゃいかねぇんだよ。だから俺は、翠羽に覚悟しとけって言ったんだ」
「覚悟、とは」
「もちろん、白羚を殺す覚悟さ」
薄荷色の冷たい目を、寄り添う二人に注ぐ彼。ようやく泣き止んだ白羚は、翠羽の言葉に耳を傾けているようだった。
「どういうことだ。どんな理由があれ、人殺しが許されるわけないだろう」
「へぇ、何? さっきその子傷つけたら許さないってキレてたじゃん」
「み、未遂だ。だから良いというわけではないが……」
腕の中から絢世が見上げると、
影月はどこか楽しんでいるように笑っていたが、一呼吸置いて出された答えは残酷だった。
「もうじき、呪いの月が満ちるから。そうなればこの国はそこの先生の国の二の舞だ。お前たちもみんな死ぬぞ、いいのか」
絢世や杏輔にはいまいち理解し難い言葉ではあったものの、彼の表情が冗談ではないと語っている。クローヴィスが食い下がった。
「何か他の対処法は無いのか」
「俺たちも探しちゃいたんだが、とうとうここまで来ちまったからなぁ」
胸の前で組まれた白羚の右手に、きらきらと輝く丸い紋様が浮かんでいる。円は完全ではなく、ちょうど満月に近づいた月のように少しだけ欠けていた。
綺麗なアクセサリーにも見えるが、華奢な少女の手を飾るにはどこか歪で、まるで締め付けているように絢世の目には映る。
「ああ、追いつかれたな。時間切れだ。翠羽、選べ」
影月の周りに、赤い光が集まり始める。彼はいつのまにか、美しい彫り物が施されたごく短い刀をその手に握っていた。
振り返った翠羽の顔を、赤い光が染め上げる。
「お前がこれで白羚を殺すか、それとも」
赤い紋様が輝く。
「……それとも、
収束した光の中には、大きな赤い翼を持つ女性が浮かんでいた。端麗な顔に物騒な笑みを宿した彼女は、ふわりと長い髪をなびかせ、影月の隣に舞い降りる。
「時間稼ぎはおしまいじゃ、影。残念じゃったな」
「なんだ、あんた気付いて……。っとに性格悪ぃババアだぜ」
「……
「妾はどちらでも良いのじゃぞ、翠羽。呪いの力さえ消えれば、小娘一人の魂の行方などどうなったって構わん。魂だけでも救ってやりたいと思うなら、お主が手にかけてやるんじゃな」
緑の瞳に隠しようのない動揺を浮かべた翠羽へ、畳み掛けるように明紅が続ける。顔を俯けた彼は、しばらくたってから震える手で影月から刀を受け取った。
「翠羽……、あたし、やだよ、まだ……」
「うん、……ごめん、白羚」
白羚がよろめきながら、翠羽から一歩、二歩と距離を取る。翠羽の手が鞘を払い、刀身が夕焼けの光にきらめいた。魂がどう、というのも絢世には違いがわからないが、翠羽がそちらを選んだ以上、明紅に任せるよりはマシなのだろう。
絢世は思わず目を伏せ、密着したままの杏輔の胸に顔を埋めた。
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