第37話 『入国と一杯』
――巨大な一つの目玉が俺達を見つめている。
ニャセツ先生は言っていた、絶対に目を逸らしてはならないと。
俺は至って冷静にヤツと目を合わす事が出来ていたが、懸念は彼女達だ。
サラは唇を噛みながら必死に恐怖に耐え、ヤツと目を合わせている。
ルルとリリーナも同じだ。
体を強張らせて、冷や汗を垂らしながらも目を合わせている。
「――っ!」
ラキラキは、恐怖からではなく反射的に嫌悪感を感じ、首を背けてしまう。
「――バカ!」
しかしリリーナが咄嗟に彼女の頭を持ち、目玉の方向へと向き直させる。
すると、巨大な目玉はコチラをじっと見て......。
――白い光に包まれて、俺達は吸い込まれていく。
◇◆◇
気がつくと、俺達は広い空間に居た。
使われている建材が全く違うが、まるで空港のエントランスのようだ。
辺りに人気は無く、閑散としていたが受付は常駐しているみたいだった。
「ふぅ......。リリーナ、マジありがとうッス......。もうちょっとで目玉に食べられる所だったッス~!」
そう言いながら、リリーナに抱きついているラキラキ。
もうリリーナは慣れたもので、落ち着いてラキラキを宥めている様子だ。
「ここが、呪術国家ユーヴァンベルク......」
ルルは興味深そうに周りの様子を見ている。
「ここは入国管理局ですね~。とりあえず、入国審査を済ませましょうか~」
そうして俺達は生徒会長から貰った入国証明書を受付に提出し、管理局を出た。
「ここがユーヴァンベルクね! 凄い、空があるわ!」
「家も植物も見た事ない形ッスよ! アハハ!」
管理局から出ると、見渡す限り立ち並ぶ家々が見える。
建材は木材や石材、レンガなんかもある。
そして辺りには、見た事も無いようなカラフルな植物や木が立ち並んでいた。
特筆すべきはこの空だ。ここは確かに巨大な目玉の作った空間なのだろうが、青々とした美しい空と彼方で輝いている巨大な光源があった。
それに街を往く人々には、猫耳や犬耳のついた獣人が多いように見える。
「ん~。私が居た時とは、全然街並みが変わっちゃいましたね~......」
俺達は街を歩きながら話していた。
「そういえば、私達が目指してる場所ってどこなんスか?」
「全く......。遊びに来たんじゃありませんわよ? あくまで生徒会の任務として来ているんですから」
「う......。分かってるッスよ......」
苦い顔をしているラキラキに、ニャセツ先生が説明をする。
「私達は占星術師が住んでいる森、"酩酊の森"に行って予言の内容を聞くのが目的ですよ~」
優しい口調で言ったニャセツ先生に、ラキラキは元気よくお礼を言った。
そして俺は酒場を見つけると、皆に聞こえるように口を開いた。
「よかったら、まずは酒場で情報収集しませんか? とりあえずは俺が行ってくるので」
「うん。いいと思う。こちらの情勢を探るには酒場が一番」
「感謝しますわ。気を付けてくださいまし」
ルルとリリーナの言葉を聞いて、俺は一人で酒場の中へと向かった。
内部は首都ノワールの酒場と遜色無いと言っていいだろう。一般的な酒場だ。
結構繁盛している様子で、俺は口の軽そうで情報を持っていそうな人に話しかけた。
「よう兄弟。一杯奢らせてくれ」
「おう、いいのかよ! 太っ腹だなぁ! ん? 見ねぇ顔? さては聞きてぇ事があると見た」
黒髪の彼は俺が渡した酒を嬉しそうに受け取ると、ニヤリと笑ってコチラを見ている。
「ハハ。その通りだ。よく分かったな? これは期待以上の答えが聞けそうで嬉しいよ」
「何を聞いてくれてもいいぜ。なんせ酒が上手くて、気分がいいからな!」
彼はそう言って酒を宙に掲げる。
いつもは人見知りしている俺だが、知らない土地、知らない人の前だと以外と明るい人物を演じる事が出来るものだと思いながら、彼に質問をした。
「酩酊の森ってとこに行きたいんだが、何か気を付ける事はあるか? 俺はノワールから先程入国したばっかりでね、こちらの世事には疎いんだ」
それを聞くと彼は、目を見開いて驚いた。
「おいおい、お客人かよ......。そりゃあ、めでてぇ! なんせこの国は観光客はおろか、俺達が出ていく事が死刑に値するからな。ハハハ!」
触れずらい話題なので戸惑いつつも、彼が笑っていたのでとりあえず俺も軽く笑った。
「で、酩酊の森かぁ!――ちょっと待っててくれ」
そして少し離れたかと思えば、茶髪の男性を引っ張ってきて彼は口を開いた。
「先月、こいつと一緒に酩酊の森に肝試しに行ったんだよ。こいつも俺の証人になってくれると思ってな」
茶髪の男は鼻を赤くしながら、彼から俺の事情を聞いているようだ。
「えぇ! 外からやってきたんですか!? 僕初めて見ましたよ! しかも今日!? 珍しい事もあるもんですね~!?」
驚く茶髪の彼に対して、俺は適当に話を逸らす。
ユーヴァンベルクの人は占星術師の存在をどう思っているのかも分からない。
ここは慎重に行こう。
「ハハ。色々と事情が込み合ってな。しっかしこっちは食事も酒も上手い。外の世界と比べてもかなり上質だよ」
俺がそう言うと、黒髪の男は嬉しそうに笑って茶髪に話しかける。
「そうかそうか! おいおい、だからいつも俺が言ってるだろ!? ユーヴァンベルクの飯や酒も外の世界に負けてねぇってよ! 外の世界から来た彼が言うんだから間違いないぜ!」
俺はユーヴァンベルクの飯も酒も食べた事がないから知ったことではないが。
茶髪の男は、黒髪が肩を組もうとしてくるのを押しのけて、話し始める。
「それで、酩酊の森に行きたいんですって? 僕達が行った時はここからちょうど北に真っ直ぐ行って数時間かかったんです。ちょうどマノ村っていう所にある大橋を渡ったら、鳥居があるからそこが酩酊の森ですよ」
「なるほど。助かるよ」
そう言って、俺が茶髪の男に酒を注文すると彼は嬉しそうに笑った。
そして、今度は黒髪の男が話し始める。
「で、まぁ。ここからが本題だ。俺達は先日酩酊の森に行ったんだ。そっちは十分肝試しが楽しめたんだが、大橋がかかってるマノ村って所が、ちょっとな......」
「治安が悪いとか?」
俺がそう聞くと、静かに首を振った。
「違うんだ。むしろ逆だよ。村の連中は愛想も良くて治安もいい。だけどなんつうか――不気味なんだよ」
「不気味?」
彼は話していくごとに、段々と表情が硬くなっていく。
茶髪の男もその感想に同意しているようだ。
「分かる。なんか言葉にするのは難しいんですけど、親切過ぎて逆に怖いっていうか......。そう言っちゃうのは村の方々に失礼なんですけどね......」
暗い空気が流れると、黒髪の男は茶髪の背中を叩きながら笑った。
「ま、気のせいだろ! 俺達の言う事は気にするな。とにかくマノ村だ。そっから大橋で森にはいける」
「なるほどな。貴重な情報を教えてくれて感謝するよ」
聞きたい話は他にもあった。
少し急に話題が変わってしまうが、まぁいいだろう。
「そうだ。妹が占いにハマってて、今日雨が降ったら俺に悪い事が起こるっていうんだ。お笑い草だろ?」
もちろん俺に妹なんていない、適当についた嘘だ。
「おいおい。妹さん大丈夫か? そんなものを信じてるなんてユーヴァンベルクじゃ信じられねぇよ。ま、文化の違いってやつかね......。――ちなみに今日はずっと晴天だ。幸運で良かったな」
これで分かった。
ユーヴァンベルクでは占星術師の存在が広く知られてない。
それと、この国にも雨があるらしい。
「ハハ。アイツにもよく言っておくよ。色々教えてくれてありがとな! それじゃあ、俺は行くよ」
そう言って、俺は酒場の外へ歩いて行く。
「あぁ! 酒ありがとな! お前はいい奴だ! どこでも生きていける!」
「僕のお酒もありがとうございました!」
俺は二人に手を振って酒場を出た。
そして街を歩いている人が沢山いる中で、彼女達を探していると......。
「ね? いいでしょ? お姉さん達かわいいしさ、俺とお茶しない?」
一人の男がサラ達をお茶に誘っているようだ。
用はナンパという事だが......。
「だから嫌だって言ってるッスよね? 私達、人を待ってるんであっち行ってもらっていいッスか?」
嫌悪感で顔を歪ませているラキラキに対しても、男はめげずに続ける。
「お、その語尾なに? かわいいじゃん~! 声もいいね~。もっと君の声が聞きたいなぁ~!」
そんな風に一歩も引かないという様子の男。
すると、ルルが前へ出て......。
「――話が通じないなら、実力行使するしかない......」
彼女は頭に青筋を立てて、今にも男に魔法を発動しようとしている。
こ、これは流石に不味い......。こんな所で喧嘩なんてしたら問題になる......。
俺は急いで彼女達に近づくと、大きな声で言った。
「おまたせ~! 遅くなってごめんね~!」
俺を見て、ほっと安心している様子の彼女達。
そしてナンパをしてる男は俺を鼻で笑った。
「こんな男を待ってたの? しかも黒髪かよ? 君、さっさとどっかいってくれないかな? 俺、この子達とお茶に行きたいんだけど......」
彼の言葉を聞いた瞬間、四人が即座に戦闘態勢に入った。
本当に不味い。ここで問題を起こす訳にはいかない。本当に。絶対に。
俺は即座に男に近寄ると、通行人が見てない角度から首筋にナイフを突きつける。
「――死ぬか。去るか。選べ」
俺はなるべく威圧感が出るように低い声を出して、彼を脅した。
「ひっ......。こいつやっべ......。やっべぇよ......」
男は顔を青くして、そそくさとどこかへ走っていく。
その様子に俺は安心して胸を撫で下ろした。
流石に強引過ぎるやり方だったと反省したが、街中で大規模な魔法を彼女らが発動するよりはマシだろう。
俺は彼女達に向き直り、口を開いた。
「大丈夫だったか?」
そういうと、彼女らは嬉しそうに頷いた。
いや、皆の体の心配も勿論だが、街中で戦闘行為してないよね?
って意味だったんだけど、まぁそういう意味でも大丈夫そうだった。
そうして、俺は酒場で得た情報を話した。
するとニャセツ先生は興味深そうに話し始める。
「マノ村ですか~。大橋の事は知っていたんですけど~、私が居た頃は村なんて無かったですね~。その人達は気にしないでって言ったみたいですけど~、気掛かりですから油断しないように行きましょうか~」
ゆったりとした、子守歌でも歌ったら聞いた者が皆ぐっすりと眠ってしまいそうな声に、俺達は返事をした。
すると――
「きゃっ! ご、ごめんなさい! 服が......」
突如、俺の服は白い液体でベトベトになってしまった。
犯人は茶色の短い癖毛と、猫耳が付いているのが特徴の獣人の少女だった。
歳は俺達と同じくらいだろうか。
「いえ、大丈夫ですよ」
ユーヴァンベルクにもアイスクリームってあるんだなと思いながら、俺は自分の上着を一旦脱ぐ。
そして水魔法を使って水洗いをして、火魔法で乾かした。
「ほら、もう落ちましたよ。僕も貴方に気付く事が出来なくて申し訳ない。ちょっと多いでしょうが、これで代わりのアイスを買ってください」
そう言って彼女にお金を渡すと、嬉しそうに飛び跳ねていた。
「いいんですか!? ご迷惑をかけたのに! やった~! いただきまーす!」
そんな様子を見て、サラは小さな笑みをこぼした。
「ふふっ。ショータったら優しいのね」
別に見知らぬ土地に来て、俺が善性に目覚めた訳じゃない。
不必要なトラブルと衝突を避ける為の必要経費だ。
こういうのは少し過剰な方がちょうどいい。
「ん......。触り心地、最高......」
ルルはそう言いながら、少女の耳をモミモミと揉んでいる。
綺麗な毛並みの猫耳だ。
首都ノワールにも獣人はいるにはいるが、ここまで数は多くない。
だからルルにとっても物珍しい存在なのだろう......。
しかし彼女が耳を触られて嫌がっていないかと心配だったが、杞憂のようだ。
むしろ自分からラキラキにも近づいていく。
「触ってみますか?」
「いいんスか......! ――わぁ~! モフモフしてて天使の羽みたいッス~! 毎日揉みたいッスね......!」
続いてサラやリリーナも彼女の耳を触って、なんならニャセツ先生も楽しそうに触っていた。しかし流石に俺が触るのは、何らかの法に抵触しそうだったので断った。
「ふふん。これでアイスクリーム代は稼げましたかね! それでは私は用があるので、さよならです」
律儀な人だと思いながら、俺達は手を振って彼女を見送った。
「さて、それじゃあまずは、マノ村って所に行ってみましょう!」
そうして、俺達はひたすら北へと歩いた。
ユーヴァンベルクには馬車は無い。
しかし馬ではない、魔物っぽい何かが荷台を引く物はあった。
けれども移動用として使用されておらず、荷物を運んだりするのが一般的な使い方らしい。
なので徒歩で移動し、マノ村に着いた頃には夕方になっていた。
どういう原理か知らないが、この国のも昼夜の概念はあるようだ。
遠くから見えるとマノ村は、村というよりも一つの街のように思えた。
木造で作られた旅館達が立ち並び、煌々と明かりをつけている。
村の入り口に入ると、一人の女性が俺達に話しかけて来た。
「ようこそおいでくださいました。マノ村へ。もうすぐ【ゆいつえ】も出てくる頃ですし、危険ですので今夜はうちで泊っていきませんか?」
――彼らが言っていたように、不気味な笑みを張り付けて、そこに立っている。
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