第21話 『空席とオムライス』


 深夜、人気の無い道を茶髪の少年が歩いている。


 僕はノワール学園の1-Aに所属する生徒だ。

 魔法も勉学も人並み、だからと言って何か他に好きな事がある訳でもない。

 曖昧な将来に漠然とした不安を抱えている、ごく一般な学生だと言える。


 頭の中が過剰に悩みで埋め尽くされそうになると、僕は真夜中であろうと寮を抜け出して、街を歩いて気分転換をしていた。

 月明かりで照らされる大通りを、ただひたすらに歩く。

 歩いているとクラスの人気者であるショータ君の事が頭に思い浮かぶ。


 常に落ち着きを持っていて、クールで爽やか。

 魔法も勉学も体術も僕とは比べ物にならない程の実力だ。

 もしかしたら学年一の力量をもっているかもしれない。


 僕は学園に入って数ヶ月が経つが、明確な友人と言える者は作れなかった。

 だからこそクラスメイトだけで無く、1-Cのアレク君とも交流のあるショータ君に少しだけ憧れを持っていた。


 もちろん女子とはあまり交流が無い。サラさんやリリーナさんは、積極的に周りと意志疎通を図ろうとしてくれるので純粋に嬉しい。

 ラキラキさんは......。心の底が見えないようで、そこはかとなく怖い。


 そうやってクラスの皆を思い浮かべていると、彼ら彼女らの良い所が沢山思い浮かんできて、僕も皆みたいに頑張ろうと思えた。


 けれど現実問題、僕が彼らみたいになる事は出来ないだろう。

 普通の仕事に就いて、普通の生活をする。


 僕は顔を上げると、少しばかり月に見とれていた。


 ふと、路地裏の方から音がしたような気がする。

 通りは月明りで薄っすらと明るいが路地裏は完全に闇に包まれていて、何だか気味が悪い。

 それでも、なぜか暗闇の奥から目が離せない。額に冷や汗が伝う。


「......ぁ」


 聞こえた。微かだが明確に人の声だと分かる。


 家を失った者が路地裏に住み着くのは珍しくない。

 しかし今回は何かが違う気がした。

 

 絶対に進むべきじゃない事は分かってる。

 

 それでもこの先に行けば、何かが変わるかもしれないと僕は思ってしまったんだ。


 ――焦燥感に駆られて、僕は路地裏へと吸い込まれていく。 

 

 人々が寝静まった真夜中のある日、一人の少年の悲鳴が街に反響した。



◇◆◇



 呪術師騒動から数日経ったある日、教室へ行くと人が少ないように見えた。

 違和感を感じていながら、ぼーっとクラス全体を見渡しているとラキラキに話しかけられる。


「ショータも気づいたッスか? やっぱりおかしいッスよね」


 彼女は紅い尻尾をご機嫌に回しながら、ニコニコとしている。


「あぁ。こんな一気に生徒が休むなんて、偶然じゃないよな」

「はい。他のクラスも見てきたんスけど、差はあれど何人か来てないみたいッスね」


 もしかしたらまだ、呪術師の仲間が何処かにいるかもしれないと考えたが、周辺から呪術の反応はしない。まぁアレクが襲われた件も学園内から何の気配もしなかったので、俺のセンサーは役立たず......。

 そんな事を考えていると、ニャセツ先生が教室へ入ってくる。


「――は~い。皆さん、聞いてくださ~い」


 先生はニットを着て、マイペースな雰囲気だ。

 常に目を閉じているのに何故だか周りが見えているのもいつも通りだった。


 俺達は席に着く。やはり空席が何個か出ているようだった。


「とりあえず落ち着いて聞いてくださいね~」


 そう言われて、生徒達はこの場にいないクラスメイトの話だと直感する。


「――この場にいない生徒たちは、失踪しました」


 唐突の聞きなれない言葉にどよめきが流れる事は無かったが、俺も含めてクラスメイト達は驚愕した。失踪。つまり居場所も生死も分からない。

 彼らは忽然と消えてしまったという事らしい。


「そして失踪した生徒達に共通するのは~、寮に住んでいない。もしくは夜中に外へ出歩いた事で~す。ですので、今日からは学校の敷地外へは出ないようにしてくださ~い」


 先生の砕けた口調であっても、事の重大さはヒシヒシと伝わって来た。


「どうしても外出したい場合は先生か、寮長に申請して複数人で行動するようにしてくださ~い。何か質問はありますか~?」


 すると一人の女生徒が手をあげる。名前は確か......。

 確か......。まぁとにかくその彼女が質問した。


「狙われているのは、この学園の生徒だけなのでしょうか......」


 彼女の発言に、先生は少し悩んだ様子を見せて答えた。


「この学園の生徒だけじゃありませんよ~。突然の失踪者の増加は、この首都全体で起こっています」


 あまりの驚きにクラス全体にざわめきが走る。

 クラスメイト達は不安そうに周りの人と話し込んでいた。


 そんな様子を見かねたニャセツ先生が、自分の胸の前で手をパチンと合わせると、クラスは鎮まる。


「大丈夫ですよ。騎士団全体が失踪者の捜索と原因の特定に全力を注いでいますから。皆さんのやる事はこの学園で学び、力を蓄える事。もしかしたら、皆さんの力が必要になるかもしれませんが、今はまだその時ではありません」


 先生はこれまでの空気に区切りをつけるように微笑むと、口を開く。


「さて――では授業を始めましょうか」



◇◆◇



 昼休み、俺達は食堂で昼食を食べていた。

 周りに聞き耳を立てると話題は王都の大量失踪事件で持ち切りだったが、この四人はそんな空気もお構いなしに楽しそうに昼食を食べていた。


 サラは特大に盛り付けられたカレーライスを美味しそうに平らげている。

 ルルは珍味が好きなのか、おもちと一緒に塩コショウを振りかけた砂肝を一つ一つ口の中へと放り込んで噛みしめている。

 意外な事にリリーナはシチューとサラダを注文し、微笑みながら満足気に食べている。


 そしてラキラキは、トロトロの卵に包まれているオムライスを頬張っていた。


「ん~。美味しいッス! サラとルルはオムライスにかけるの、ケチャップとソースどっちが好きッスか?」

「私は断然ケチャップよ! チキンライスの炒められたケチャップと、加熱されてない生きたケチャップが合わさったらもう! 最高だわ!」


 サラはそう言いながら妄想だけでも恍惚としていて、よだれを垂らす。

 そんな様子に異を唱えるのはルルだった。


「いや、ソースが至高だよ? 濃厚なソースがトロトロの卵とライスに染みていく様子を想像してみて......」


 彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら、口の端に少しだけ濡らしている。


「む。確かに美味しそう......。でもでも二つの形態のケチャップが合わさった私のオムライスの方が美味しいわ!」

「ソースとケチャップの親和性の方が、ソレより上だと思う」


 二人は互いに頬を膨らまして、火花を散らしながら見つめ合っている。


「アハハハ! へぇ~。以外ッスね。二人は勉強中も訓練中も阿吽の呼吸って感じッスから、趣味嗜好、全部一緒ってイメージだったッス」

「まぁ、ワタクシとラキラキだって違う所だらけじゃないですの......」

「ふ~ん」

「な、なんですのよ」


 実質『ワタクシ達も阿吽の呼吸の相棒ですわよね』と言ったも同様なリリーナに、ラキラキは口元を緩ませながら生暖かい視線を送る。

 そんな視線を居心地の悪そうに受け取るリリーナ。

 

「じゃあ、リリーナはどうなの?」


 サラとの睨み合いに一段落着いたのか、呟くように疑問を呈したのはルルだ。


「ワタクシは......」


 リリーナは両手の人差し指を合わせながら、言いよどんでいた。


「――マヨネーズッス!」


 何故か身を乗り出しながら、宣言するかのように叫んだのはラキラキだった。


「何で貴方が言うんですの!」

「だってあってるッスよね......?」

「まぁ、あってますけど......」


 そんな様子をサラとルルは静かにして、微笑みながら見守っていた。

 二人の視線に堪えられなくなったリリーナは口を開く。

 

「だって、美味しいんですもの......! まろやかになって美味しいんですの!」

「うんうん。美味しいよね。マヨネーズ」

「そうよね。私も気分転換で偶にかけたりするわよ?」

 

 そう言いながら、サラとルルは生暖かい目でリリーナを見ている。


「何だか釈然としませんわ! じゃあショータはどうなんですの!」


 四人の輪の外で会話を聞いていたつもりの俺は、急に視線が集まって驚く。

 しかし、聞かれた以上素直に答えた。


「俺は、何もかけない......!」


 おぼろげな記憶の中を探りながら話し出したが、何かをかけていた記憶が無いので、俺は何もかけずにオムライスを食っていたという事だ。


 そんな俺に対する反応は三者三様で......。


「そんな......。嘘でしょ!? まさかこの世界にオムライスに何もかけない人がいたなんて......!」


 ショックが大きすぎたのか心ここに在らずのサラ。


「そっか。じゃあ今日からソースをかけるって事でいい?」


 流れで自分の派閥に誘い込もうとするルル。


「確かにその分、卵とチキンライスの味が引き立つでしょうから、ありですわね」


 自分なりの理由を見つけて納得しているリリーナ。


「あ、ちなみに私も何もかけない派ッス」


 確かにラキラキのオムライスを見たら、その上には何もかかっていない。


 そんな四人の反応を受けると、俺は一つの視線を向けられている事に気づく。

 

 ――振り向くと、黒い長髪が揺れていた。

 

 眼鏡をかけた少女は走って近づいてくると、急に俺の手を両手で握り始める。


「あぁ! 君が噂に聞く一年生か!」


 彼女は息を荒げながら夢中になって俺の手を握っている。

 触る範囲は手、腕、体と次第に広くなっていく。

 遂に全身をくまなく触り、撫で、時にはドアをノックするように叩いた。


 俺は困惑しながらも、何をしているのか尋ねようとした瞬間――


「ちょ、ちょっと!? 何勝手にショータの体を触ってるのよ!?」

「お触り厳禁......」

「きっと何らかの法に抵触してるッスよ!」

「貴方!? 早くショータの体から手を離して下さる!?」


 そんな唐突な彼女の行動を見て、不満を叫ぶ彼女らは、サラを始めとしてリリーナに終わった。

 抗議の声がかかって我に返った少女は、俺から離れて弁明する


「いやぁ。彼の肉体が魅力的だったから、つい......」


 その瞳に嘘の色は無く、本当に反射的に行動を起こしたようだ。


「それで済んだら騎士団はいらないッスよ。不審者は騎士団に突き出すッス」


 ラキラキは冷たい目で彼女を見下しながら、どこからともなく取り出したロープを用いて手足を縛ろうとする。


「ま、待ってくれ! 怪しい者じゃない! 私はセフェル! 所属は2-Bと薬研究部だ!」


 焦りながら自己紹介をするセフィルという少女は、どうやら二年生のようだ。


「先輩でしたのね。これは失礼な言動を......したのは貴方の方ですわね......!」


 セフィルはリリーナに手のひらを突き出して何かを制止する。


「年功序列なんて私の前では必要ないさ。気軽にセフィルと呼んでくれると嬉しい」


 彼女は堂々とした様子で、四人の冷たい視線を微塵も気にしていない様子だった。


「セフィル。やっていい事と悪い事があると思いますわ」

「セフィル。ショータに謝りなさい」

「セフィル。ショータの半径10mには近づくなッス」

「セフィル、おて」


「う。そこまで言われると私でも傷つくよ」


 セフィルはそう言いながら、足をついてルルの掌に自分の掌を乗せる。

 するとルルは嬉しそうに頬を緩ませてセフィルの頭を撫でる。


 彼女はその妙な姿勢のまま、視線を俺に向けて話始める。


「悪かったね、ショータ。君の体をまさぐったのは私の実験の為なんだ」

「実験?」

「あぁ。私の実験には大量の魔力と高い身体能力を持っている人材が必要。だから君は、サンプルとして理想の個体なんだよ!」


 彼女の顔は満面の笑みが浮かんでおり、悪気は無さそうなのだが全く褒められている気がしない......。そして他の四人は険しい顔でセフィルを睨んでいた。


「まぁまぁ、そんなに怒らないでくれると嬉しいな。今日の放課後、君達も一緒に私の研究室に来るといい。面白い物を沢山見せてあげよう」


 そう言うと踵を切り返して、歩いていく。


「それじゃあ、また後で」 


 そうやって人混みに紛れて、どこかへと消えていった。


「ショータ、どうする? 行っちゃうの!?」

「うん、行こうかな。薬研究部にも興味があるし」


 何か新しい魔法に使えるかもしれないしな。

 そう俺が言うとルルも続いて口を開く。


「あ、わたしも興味ある」

「それなら私も行くッス! リリーナもついでに」

「ついでって何ですの!」


 ラキラキの言葉に頬を膨らませて怒っている様子のリリーナ。


 そんなこんなで俺達は放課後、薬研究部に赴く事になった。

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